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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十七、天蓋に北極紫微のきらめきを見る

「なかなか意気軒昂のようだな、我が友よ」


 ガアカはそれでも昼間に堂々と待っていたが、こいつは違った。

 夜中にいきなり董卓の前に現れたのだ。


「そちらこそ意気軒昂のようだな、我が友」


 羌族とのそれとは違って、こいつとの関係は完全に秘密である。

 今ここでそのことを知っている可能性があるのは、湟中義従に所属している王国くらいだろう。

 彼でもその本当は知らないはずだ。


 今、并州で猛威を振るっている鮮卑の大人。

 檀石槐。

 その本人が目の前にいた。



 羌族先零派と合流した漢軍董卓隊は五千となり、張掖居延属国の草原を行軍していた。

 居延城にいたる道というものはなく草原を自由に渡るのみだ。

 それでも張掖郡から続く黒河の源流が居延城のさらに奥まで続いており、船舶での兵糧などの輸送は上手くいっている。

 これらを運ぶ輜重部隊がいないことで騎馬中心の董卓隊は、羌族の騎兵に匹敵する速度で行軍できていた。

 急ぐ理由がある。

 昭武城で夜襲をかけ、そして撤退した羌族滇那派の本隊は董卓たちの半日から一日先を進んでいるはずだ。

 即ち、敵が本拠地に戻って体勢を整える前に襲うことができる。

 休めるのは夜だけだった。

 檀石槐がやってきたのは、その貴重な休息の時間である夜のことだった。

 もうすぐ滇那の拠点が近い。

 最後の休息になろうかというタイミングだ。

 あるいはそれを狙ったか。


 董卓も就寝しようと考えはじめた時だった。

 そこに先ほどまで姿を見せなかった王方が呼んできたのだ。

 王方はやらせている仕事の関係上、こうして夜中に1人で呼び出させることがある。

 なのでなんの疑問も懐かずに天幕の外に出た。

 夏になるのに、この西涼のさらに北の果ての夜は冷たい風が吹く。

 天蓋には煌めく星が無数に瞬いている。

 あの星々を繋ぐことで意味のある星宿となると聞くが、どれをどう繋ぐのかわからぬ。


「北に一点、動かぬ星がある。海に住む者はそれを陸なき海上での目印にするという」


 覚えていた声とは幾分太さが増したようにも思ったが、やはりそれは聞いたことのあるものだった。


「海など見たこともあるまい。俺もお前も」


 声の方向を見ると頭を下げている王方と、1人立つ檀石槐が居た。



 お互いに意気軒昂という挨拶をしたあと、董卓は自分の天幕に友人を招き入れた。

 頭を下げたまま動こうとしない王方も引きずるように中に入れる。


「寒かったろう」

「そうだね。西涼は寒いな」

「どこか攻めていたのか?何年か前に雁門のあたりを襲っていただろう?」

「うむうむ。雁門の守備兵は古くから防御に携わっていたからか、なかなかに手応えがあったよ」


 四年前に檀石槐率いる鮮卑軍は并州雁門の長城を越えて侵略した。

 守備兵、住人合わせて数百人を殺し、略奪の限りを尽くしたと聞く。


「あれはどうやって長城を越えたのだ」

「城を破るには攻城兵器を使うか、内応者を使う方法が考えられる」

「そうだな」


 と檀石槐の話を聞いて、姑臧の顔泰のことを思い出した。

 郡の功曹であった顔泰は忍氏族の迅に惑わされ城の門を開けてしまった。

 だがまあそんな妖術使いのような奴が何人もいるわけがない。

 いや、いてたまるか。


「けれど、僕ら鮮卑は攻城兵器を使う能は無いし、雁門の中に異民族に内応する者もいない」

「だろうな」

「そこで。君が役にたった」

「は?」


 急に自分のことを言われ、董卓は面食らった。


「君のところに人をやったよね。王方かれとか、去年は南架宜なんかぎを送ったはずだ」


 董卓に武功をたてさせるためか、邪魔者を消すために檀石槐は何回か鮮卑の部隊を隴西に送り込んできていた。

 董卓は深く考えずに練習と思い撃破していた。

 敗残兵は送り返していたが。


「残った兵を漢の領土に残していたのか」

「時間がかかった。まあおかげで漢の領土の中に鮮卑の拠点をいくつか作れた。涼州は友達のおかげで入りやすいからね」


 檀石槐は同盟者ともだちを涼州内に確保している。

 董卓もそうだし、湟中の北宮伯玉もそうだ。

 その伝手をたどって漢の中に兵を送り込んできていたのだ。

 十年近くをかけて、だ。


「頭の出来が違うな」

「いや、やろうと思ったことを無理を通してやっているだけ。実際君のところに送られると帰ってこれぬ、と恐れられていてね」

「そう言われてもな」

「実際、君は優秀だ。的確に倒してほしい雑魚を潰して、騎馬も兵も返してくれる」

「今回は雇ったがな」


 まだ姿勢の低い王方をちらりと見る。


「もっと引き抜いてくれてもよかったんだよ?」

「馬鹿言え、兵隊一人食わせるのにも金がいるんだ」

「それは漢人の考え方だよ。食べ物は奪えばいい」

「それではいかんよ。俺は漢人として出世するつもりだからな」

「まあ考え方は人それぞれだから。それに君は結果も出してる。ね、董従事殿」

「相変わらず耳が早い」

「僕は今、幽州の遼東属国というところを攻めてる」

「そいつは、ずいぶん遠いところを」


 ここが漢の西北の外れである涼州の張掖居延属国であり、その東に并州、さらに東に幽州がある。

 遼東属国はその幽州の真ん中くらいにある属国で、漢に服属した異民族が暮らしている。


「あそこらは鮮卑と同族の烏丸の縄張りだからね。兵の補充に丁度いいし、烏丸がちゃんと僕に従ってくれるか見極めることも大事。それに君のところから漢の領土を通り、そこまで行軍できるかも試してみた」

「攻め一つに様々なことを詰め込むのだな」

「僕はまあ凝り性なんだろうね。で、それはともかく、本拠地から離れて遠征した都合上、本拠の并州近くから目を反らす必要があったんだ」

「それで滇那を焚き付けたと?」

「いや、正確に言うと何かしようとしていたのは気付いていたけど止めなかった。稚拙な略奪なんて早期に鎮圧されると思ってたんだけど」

「予想外に規模がでかくなったと」

「そうそう。これは下手したらでかい討伐軍が組まれてしまう。本隊はともかく漢にいる別動隊が巻き込まれてしまいかねない」

「討伐軍は組まれたが?」

「まだまだこれくらいなら大丈夫。けど三輔地方、ことに長安で組織されたらもう無理。十万規模の大軍で鎧袖一触だ」

「ふむ。そうか、お前が漢を倒すとしたらそれが起こる前に長城を中から開けて雪崩れ込む策を取るということか」

「ま、そのつもり。試験は上々、あとはもう少し漢の中に浸透させたい」

「そのためにこれ以上、異民族が暴れるのはまずい、と」

「その通りだよ。それに并州刺史の段熲が異様に優秀でね。刺激したくない」


 そうなのだ。

 段熲は偽りの詔書で騙し討ちをする悪賢さもあるが、羌族との正面からの戦いでも勝てる強さもある。


 また、檀石槐が遼東属国を攻めていると知るや并州から一路、涼州への援軍として動いている。

 これはまだ涼州諸郡軍の面々は知らないことだし、檀石槐も遼東属国から強行軍でここに来ているため、まだ確実な情報とは握っていない。


「忙しいのだろ。ここで駄弁っていていいのか?」

「遠くから友人が来ているのだからつれないこと言わないでよね」

「早期に羌の侵攻を止めたい我が友は何をするつもりだ?」

「騎兵三千を連れてきた」

「助かる」

「本当はあと三千ほどほしいだろ?」


 漢軍から二千、羌族先零派が三千、鮮卑から三千、あわせて八千。

 敵の推定戦力が一万。

 良い戦いにはなるだろうが、戦力の差は大きい。


「まあ本音を言えば、な」

「くくく。二倍の敵を相手に打ち勝つ董従事殿にはそれで充分だろう?」

「よせ。あれは敵が弱かっただけだ」

「軍の弱点はやはり大将だからね。頭がなければどんな屈強な大軍でも烏合の衆だから」

「そうだな」


 檀石槐は少し笑う。


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