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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十六、約束の援兵

「足りぬ」


 行軍の途中、董卓の呟きを聞いたのは張済だけだった。


「あ?兵の数のことか?」


 張済の応えに董卓は頷く。


「俺の今までの身分を考えれば二千でも多い。だが羌の本隊と戦うにはまったく足りぬよ」

「だよなあ」


 昨年まで三百でなんとかやりくりしていたころに比べれば、その五倍、六倍の兵が董卓についてきている。

 それらを指揮することに董卓自身の不安は無いが、やはり数は足りない。

 相手の数は一万は確実にいる。

 まったく足りない。


 兵の数の振り分けがおかしいというのは董卓も感じている。

 ほぼ無人の城を解放するのに一万二千、羌の本隊と戦うのに二千。

 それが漢の軍の判断だ。


 董卓のことを捨て駒にしたと言われても頷ける兵力差だ。


「だが、これをなんとかすれば俺の評価があがる。せっかく手に入れた州の従事という職をもっと活かさねばならん」


 その状況は張掖居延属国ちょうえききょえんぞっこくに入ったあたりで変化を見せた。


 三千はいる騎馬隊が草原に整列していたのを張家兵の斥候が発見し、董卓隊はその手前で足を止めねばならなかった。


「羌の本隊か……思ったより手前に出ていたな」


 董卓はもっと奥、砂地と草原の境目あたりに天幕群があり、羌族はそこに駐屯していると思っていた。


「隊長!目の前の羌族から使者が来ております」

「会おう」


 董卓は決めかねていた。

 問答無用で攻撃を仕掛ければ五分五分で勝てるかもしれない。

 しかし、ここにいるのはおかしいという気分がどうも抜けない。

 その迷いの中で向こうから話がしたいと言ってきて助かったのは事実だ。


 応急の陣地に天幕を拡げ、そこを本陣とした。

 真ん中に董卓が座り、左に李傕、郭汜、樊稠の子飼いを並べ、右に王国、姜旦、巴才ら外様の将を置く。

 そういえば王方が居なかったが、まあ何かしているのだろう。


 天幕に入ってきた人物を見て、董卓は複雑な感情を懐いた。

 その一番多くを占めていたのは驚きだったか。


『久しぶりだな、西潁シーエイ

『……ガアカ殿……』


 先零氏族の戦士長ガアカだった。

 会うのは十年ぶりとなろうか。


『旧交を温めたいが、まずはそちらが不安に思っていることを解決いたそう』

『こちらが不安に思っている、ことか』


 もし、先零氏族が向こうに付いたとなると相当厳しい戦いになるかとは思うが、それはないと董卓は感じた。

 目の前のガアカからそういう敵対する意志が感じられなかったためだ。


『我ら先零羌を中心とした騎兵三千、西潁にお味方いたす』


 董卓の背筋に電撃が走った。

 思わず董卓は前のめりになって、ガアカの顔を見た。


『まことか!』

『無論、まことよ』


 展望が開けるとはこのことだ、と董卓は晴れ晴れとした気分になった。

 一万対二千はもう負けが確定しているが、そこに羌族の三千が加わればどう転ぶかわからなくなる。


『恩に着る』

『これはな、我らとそなたの約束の話なのだ』

『あれ、か』

『うむ。漢帝国と羌族は戦い続けてきた。そしてこれからも戦い続けるだろう。……だがな、我らはそなたについていくと決めた。そのために羌の同族と戦うことも厭わぬ』

『俺は王にはならん、と言ったぞ』

『構わん。そなたの出世はすなわち、我らが漢の中で発展する、ということだからな』


「なぜ、太守様や刺史様の前に出てこないのか?」


 と横から口を挟んできたのは巴才だ。

 漢陽軍を率いる部将であり、涼州刺史の成就の信頼厚い軍人である。

 それゆえに、本隊ではなく別動隊に合流したガアカたちに不信感を持っているようだ。


 まあ、他の面々は董卓と羌族の関係の詳細こそ知らないが、羌の騎兵を使っていることから付き合いがあるとは思っているだろう。

 巴才はこの戦ではじめて会った。

 そのために董卓も巴才も互いの人となりをよく知らない。


「漢陽郡の巴才様ですな。私は先零の餓何ガアカと申します。我々は滇那率いる羌の一団とは対立しております」

「お、おう」


 急に丁寧な漢語を使いはじめたガアカに、巴才は面食らったようだ。

 そういえば、この男は漢の文化にもある程度通じている、ということを董卓は思い出した。


 今までの会話は羌の言葉で行っていたから、巴才は聞き取れずに余計に不信感を募らせてしまったのだろう。

 それを解消するためのガアカの漢語なのだ。


「漢帝国に逆らう羌族を退治るために参戦しようとした、のですが」

「のですが?」

「やはり我らは漢にまつろわぬえびすでございます。重職たる太守様や刺史様にまみえるわけには参りますまい。そのため旧知の董従事になんとか旗下に加えてもらおうと馳せ参じた次第でございます」


 やや古めの言い回しだが、流暢な漢語に巴才はすっかり相手を羌族だと見下す気分を無くしたようだった。


『そんなへりくだった言い方をせずとも』


 自分達を夷だの、まつろわぬだの言わなくてもよいのに、と董卓は思った。

 それが漢人の共通認識だとしてもだ。


『ふ。言葉だけで敵対や不信を払えるのならいくらでも言うてやるよ』


 なるほど、言うのはタダか。


 小声で交わされた董卓とガアカの会話のことはまったく気にせず巴才はうんうんと頷いていた。


「なるほどひなの異民族といえど、慎みを持つのだな。いや、貴殿らを誤解しておったようだ」


 巴才の機嫌は治ったようだ。


「巴才殿、この羌族三千が我らに加わってくれるようです」

「うむうむ。いくら剛力の貴殿といえどやはり数の差は覆すのが厳しいとは思っておった。羌族同士で潰しあってくれればそれはそれでよい」


 なかなかひどいことを言っている巴才のことはスルーして、董卓は会談を終了した。

 部将や配下が三々五々、持ち場に戻っていくなか董卓とガアカは歩きながら話をした。


「夷分を倒した、と聞いた」

「情報が早すぎる」


 董卓が従事に任命されたことも知っていたようだし、羌族の情報収集能力は馬鹿にできない。

 巴才のように頭から異民族を見下していると、いつか手痛いしっぺ返しを受けるだろう。


「あれは力を名声を追い求め過ぎた」

「力と名声を追うのは悪いことではあるまい」

「そのために氏族を危険にさらすのは違うだろう」


 何があったのか。

 ガアカはその詳細を話してはくれなかった。

 だが、よほどのことがあったのだろうと董卓は感じた。


「その結果、戦士長に選ばれなかったと?」

「膂力はさほど違いはなかったな。弓の腕も、馬術もな」

「ならば何が」

「私の父親が狼凱ろうがい様の守役だった。それだけよ」


 縁故で戦士長が選ばれるか、と夷分は怒っていたとガアカは当時を思い出して言った。

 まったくその通りだな、奴の怒りもわかる、とも言った。


「俺はそう思わん」


 董卓の言葉に「なぐさめはよせ」とガアカは返す。


「狼凱殿はひとかどの武人だ。その判断に縁故など関係ないだろう」


 その感想は、張烈や樊隗邑はんかいゆうなど様々な武人を見たために得た物だ。

 ガアカと夷分、その二人の差は単純な力によるものではない。

 それは気迫とか人格とかいうものだ。

 まとまらないがそういうことを董卓は言った。


「そうか。お前が言うならそうなのかもしれぬ」


 心の底のへばりついた何かを落としたように、ガアカは笑った。


「頼りにしている戦士長殿」

「存分に頼るとよい、王帥殿」


 董卓隊にガアカ率いる羌族連合が加わって後、さらなる援軍が董卓の前に現れることになる。

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