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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十三、涼州刺史

 確かに昭武城の外壁の一部は崩れていた。

 そしてそれは巧妙に偽装されており、城に入って間もない漢の兵らに見抜くことはできなかった。


 ときの声で動揺する者、酔いつぶれて動けない者、動きだす者。

 様々な動きが昭武城をかきみだしていく。


 中でも有効な動きが出来たのは三名。

 隴西太守の孫羌。

 北地郡の軍を率いる成回。

 そして董卓だ。


 孫羌は姑臧で合流した隴西軍千三百を率いており、唯一の参加太守である意地もあるのか、軍規は厳しくしていた。

 そのため、隴西軍はすぐに動かすことができた。

 孫羌の配下扱いの董卓は自身の五百を率いることを認められており、それもすぐに集合した。


 問題は成回だった。

 引き連れているのは漢陽郡の兵だ。

 漢陽郡の兵は州の治所があるためか装備が整っているのが特徴だ。

 ただ率いていたのは、漢陽太守から軍権を預けられていた部将の巴才はさいとかいう男だったはずだが。


「緊急事態ゆえに俺も遊んでいるわけにはいかなくなった」

「遊び?」


 いつになく真剣な成回だ。

 まあ夜襲され、城内に敵が入り込んでいる状況で真剣にならない方がおかしいが。


「これより漢陽軍は俺が率いる。まったく情けないが北地軍は酔っぱらっておるからな」

「?」


 そんな簡単に軍権を委譲はできないだろう。

 董卓の直接の上司の孫羌でも、董卓の隊を勝手に接収して指揮することなどできない。


「まあ、孫太守殿はともかく、他の部将程度では気付かなかったのは仕方ない。お主は違和感を覚えていたようだが」

「貴方様は」


 目の前の男は、北地の一部将などではない。

 もっと上の。


「俺の名は成就せいしゅう。字は伯泰はくたい。涼州刺史をしている」


 涼州刺史。

 涼州の太守たちを監督する役目を持つ役人である。

 官位の格を示す官秩は六百石。

 二千石の太守よりは低い。

 後の時代になると軍権や警察的な役割も統合した州牧という役職ができるが、まだこのあたりではそこまで官職としては高くない。

 だが、この刺史の報告いかんで太守たちの出世あるいは免職も左右されるので重要度は高い役目である。


「北地郡の名のある部将ではない、と?」

「成回という北地の部将はおる。俺は名を借りた。というか親族だ。まあその詳細は戦いの後にしよう」

「では成刺史。ここからの指揮はいかがします?」


 孫羌の問いに成回あらため成就は答える。


「総指揮はこのままお主でよいだろう。混沌とした戦場にさらに混乱をもたらすわけにはいかん」

「では引き続き、私が」

「うむ。ただ一つ提言をさせてもらおう」

「提言、とは?」

「仲潁を別軍として外にいる羌の本隊に切り込ませ、我らで城に紛れた敵を潰すのがよいと思わんか?」

「……ッ!危険ですな」


 孫羌の反応が当たり前だろう。

 いくら敵に攻められているとしても、頑強な城壁を出て敵の本隊と正面から戦うなど正気ではない。

 まして今は夜。

 月影も見えない闇の中、戦うことなどできはしない。


「……私は陽動、ということでしょうか」


 董卓の出した結論はそれだった。

 少数の隊を出して敵を引き付け、その間に潜んでいる敵を討つ。

 後は態勢を整えて、陽動隊を救援し決戦する。


 その間に陽動がやられる可能性は高いが。


「というように敵も思うだろう。俺はな仲潁。お前の率いる軍がこの涼州連合軍で最も精鋭である。羌の奴らを止める、あるいは倒す可能性があるのはお前だけだ、と思っておる」


 成就の目は本気だった。

 董卓は息を吐いた。


「信頼されている、と思ってよろしいか」

「仲潁!本気か」


 孫羌は本当に董卓のことを心配しているようだった。

 成就にしろ、孫羌にしろ、本当に董卓のことを信頼しているのだ。


「孫太守。私が今、このように兵を率いて戦えるのは太守のおかげでございます。恩を返すときは今」

「馬鹿な。俺がここででかい顔をしていられるのはお前のおかげだ。お前が兵を連れて来てくれた。それがどれほど俺の役に立ったか」


 うわああ、という悲鳴がそこらからし始めた。


「時間は無いぞ。外での戦いよりも、中の狭いところの戦いの方が厳しいかもしれん」

「……わかりました。しかし仲潁、隴西軍から百、いや二百の騎馬を連れていけ。ここでは騎馬は使えぬし、兵の数よりも武勇がいるゆえな」

「ならば、漢陽軍より巴才と三百を分けよう。頼りなげに見えるが、この男、使えるぞ」


 細々としたことを決めるには時間が足りなさすぎた。

 董卓は預けられた隴西軍二百と漢陽軍三百を連れて城門の前に集まった。

 千人将、といえば聞こえはいいが実際は下級役人の私兵と正規軍の混成でしかない。

 漢陽の巴才は刺史の命令なので貴方に従います、と言ってくれたのは良い点だ。


 敵は南側から侵入してきた。

 だが、敵羌族の根拠地は張掖の北にあると董卓は目していた。

 つまり、これもまた陽動。

 敵本隊は昭武城の北にある合黎山ごうれいさんから降りてきたはず。

 夜の山越えなど大軍でできるわけもないため、その軍は数千であろう。

 そのうち、どれほどを城攻めに割いているかはわからないが、兵数差が三倍などにはならないだろう。


 高所に陣取る二倍の敵。

 なかなかの難事である。


 まずは敵を引きずり出さなければならない。

 有利な状況を相手が簡単に捨てるとは思えないが、そうしなければ戦いにならない。


 ある程度の目算ができると、董卓は門を開け兵を進めた。


「張済」


 と、最も信頼している男の名を呼ぶ。


「なんだ大将」

「俺は緊張している」

「おいおい、あんたが一番しっかりしててもらわんとならんぞ」

「だが、それと同時にこう沸き上がる気持ちもある」

「沸き上がる?」

「そうだな。野心、とでも言おうか」

「野心?」

「俺は太守と刺史の信頼を得た。そして、この戦いを切り抜ければそれは絶大なものとなろう」

「あ、ああ。そうだろうな」

「下級役人ではすまぬぞ、その大功は」


 成り上がる、ということに董卓は貪欲であったと張済は思い出した。

 そも、羌族で成り上がるために草原に出て、実際に多くの羌人の信頼を得た。

 そして今、涼州の中でも出世の糸口を掴みかけている。

 本人は出世が遅いと悔しがっているようだが、名家の出てもなく、武人の家柄でもない若者が、武を拠り所に爾立さんじゅう前に臨時とはいえ千人を率いる将になっているのだ。

 武威の名家の張家生まれの張済でさえ、それは簡単にいくものではない。


「俺はあんたを信じている。だから急くなよ、とは言っておく」

「そうか。そうだな……少し焦っていたやもしれん」

「わかってくれれば」

「だからといって疾き風のごとき進軍をせぬわけにはいかん。やるぞ、張済」


 張済の話を聞いているのかいないのか、董卓は城外に飛び出した。

 仕方ねえなあ、とぼやきながら張済は部下らに進軍を命じた。



 その様子は夜襲を見守っていた滇那軍からもよく見えた。

 烏吾はその動きを滇那に伝える。


 しかし、滇那はすでに気付いていたようだった。


「三千のうち、千を割いて陽動か。敵の将は胆が太い」


 面白げに笑う滇那を見て、烏吾はどのように対応するか聞こうとした。


 その時、一筋の矢が烏吾の軍の陣地に放たれた。

 その矢に何かがくくりつけられているのが烏吾には見えた。


「いったい何が……矢文、か?」


 その直後、烏吾の陣地から一隊が出陣した。

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