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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十二、昭武城夜戦

 漢軍の駐留しているのは張掖郡の昭武という城である。

 黒河という河のほとりにある城で、残る酒泉郡はこの河の流れをたどっていけば労せず入れる。


 張掖郡の奪還もうまく行き、涼州から羌の脅威を取り除く日も近い、と漢人たちは確信していた。


 そうでない者もいたが。


「兄貴、入ってもいいかい?」


 董卓が執務室代わりに使っていた昭武城の一室に訪ねてきたのは李傕りかくだった。

 まだ若いし、粗暴だが実戦を重ねることで武将として急激に成長していた。

 年上も多い羌の騎馬兵もうまく統率しており、なかなかの拾い物だと董卓は思っていた。


「どうした?」


 入室してきた李傕は、一人の騎兵を連れていた。


「こいつなんだが」

「確か先零から来たグハネだったな」


 董卓の有する羌人騎兵は、董卓を支持する様々な氏族から送られてきていた。

 このグハネは先零氏族から来ていたはずだ。


「私の名を?」

「なんだ?当たり前だろう。豪帥たちが氏族の大事な若者を俺に預けてくれたのだ。一人一人のことを把握するのは当然だ」

「さすが兄貴」


 李傕が妙に尊敬の様子を見せたので照れ臭くなり、董卓はグハネに聞いた。


「それでどうした?李傕の指揮がまずいから隊を転属したいとでもいうのか?」

「いえ、李隊長は勇猛果敢であり、羌人のごとく鼻が効きます!」

「だそうだ。良かったな、李隊長」

「お、おう……じゃなくて。ほら、こないだ俺に話してくれたことを兄貴にも話してくれよ」

「はい。実は……」


 とグハネが話し出したのは、姑臧の城を取り返した時に出会った敵の将についてだ。


「先零の戦士長候補?」

「はい。戦士長のガアカ様とその座を争った名高い戦士。そのイブン殿があの城にいたのです」


 先零の戦士長ガアカ。

 董卓が初めて羌の地を旅した時に出会った優れた戦士だ。

 豪帥の狼凱を除けば、先零で最も強い男。


 そのガアカに匹敵する戦士が敵側に居る。

 そして姑臧で戦った中に彼がいたという。


 あのときのことを思い起こし、董卓は敵の将の中で誰がイブンだったか見当をつけようとした。


 姑臧の裏門での戦い。

 はじめに門から出て、孫羌の兵にぼこぼこにされたのは若い将だった。

 彼はまあ才がある方だとは思うが、戦士長候補になるほどではない。


 では次に出てきた者か。

 ガアカと同じくらいの年かさの男。

 確か李傕たちに散々に翻弄された騎兵を率いていた。


 最後に出てきたのは若いが剛直な戦士だった。

 ごり押しながら孫羌の兵を蹴散らしていったのが印象に残っている。

 まあ董卓の矢に射たれて落馬したことも記憶している。


 そういえば、その落馬した奴を助けたのも壮年の将だった。

 その後すぐに撤退していったのもそいつの指示だったようだ。


 判断力から見れば、おそらくそいつがイブンだ。


 そこで董卓はハッと気付いた。

 そう、相手は羌族。

 そして董卓の配下にも羌族はいる。

 それも様々な氏族から派遣された羌人たちだ。

 今のグハネがイブンを知っていたように、情報を集めればある程度敵の陣容がわかるかもしれない。


 そんなことは初手の初手にやっておくべきことだ。

 孫子なら敵を知り己を知らば百戦危うからずとかいう所だろう。


「グハネ。とても参考になった。よく知らせてくれた」

「は!お役に立てて光栄であります」

「李傕もよくグハネの話を聞いてくれた。助かったぞ」

「お、おう」

「李傕、グハネ、もし敵方のことを知っている者がいたら、それがどれほど些細なことでも俺に伝えてほしい。それが俺の助けになる」

「わかったぜ兄貴」

「了解であります」


 その時だった。

 昭武城の外が揺れた。


 いや、揺れたように思った、のだ。


「今のは!?」


 李傕が慌てて窓の外を覗こうとするのを董卓は抑えつけた。


「馬鹿者、敵に狙われるぞ」

「て、敵!?」

「今のはときの声だ。夜襲はあると思っていたが、こうもあからさまにやられるとはな」


 夜襲が有効なのは相手が警戒を解いている夜に攻撃するからだ。

 しかし、たとえ警戒が薄くとも堅い城壁の中にいる相手には効果は薄い。

 静かに攻撃しても壁に阻まれては意味がない。

 それよりも、こうやって相手の態勢が整ってないうちに大音声で怯ませてなしくずし的に戦争にもつれ込ませるのは悪くない。


「敵襲ですか!」

「お前たちは持ち場に戻れ、酒盛りをしている奴らは蹴飛ばせ。俺もすぐに出る」


 さて、どれほどの味方が酔っていないのか。

 厳しい状況には慣れているが、どうするか。

 胸中の不安を蹴散らすように董卓は獰猛な笑みを浮かべた。



 鬨の声をあげさせた滇那を烏吾は見ていた。

 何かを聞いている。

 その鋭い耳で。

 それだけはわかった。


「動いたのは……三つか。おおよそ二千というところか?」

「わかるのですか?」


 城外から中の酒盛りの喧騒が聞こえるのだ。

 城壁を揺らす鬨の声に反応した者、それが率いる兵士らの数を知ることなど彼女には簡単なのかもしれない。


「王帥、どうか我らに出陣を命じください」


 そう言ってきたのは且凍かつとう氏族の冒玄ぼうげんという将だ。

 且凍氏族は二十年ほど前に漢に反乱を起こした氏族だ。

 その勢いは凄まじく、三輔地方を襲い関中をことごとく略奪するほどであったという。

 この乱は南匈奴、烏丸、鮮卑とも連動した大乱であったらしく、漢の名将である馬賢や武威太守の趙沖が命を落としたのもその一連の戦の中である。

 乱そのものは、左馮翊さひょうよくであった梁並りょうへいによって羌族の内五万戸を投降させ移住させたことで終結した。


 その戦いの中、焼当氏族が壊滅させられたことで、乱の発端となった且凍氏族、傳南でんなん氏族は羌族のなかで非難されていた。


 その且凍氏族を率いているのがこの冒玄である。

 元来、且凍の豪帥であったのは冒玄の父である冒配ぼうはいであったが、忍氏族の迅の誘いを彼は断った。

 羌の中での復権を目標とする冒配は危険な反乱に巻き込まれたくなかったのだ。

 しかし、冒玄は違った。

 大乱に身を置くことで氏族の地位を上げようとした。

 父を害し、氏族を統率した冒玄はあらためて迅に協力し、そして今ここにいる。


「よかろう。且凍冒玄の武辺、見せてもらおう」

「ありがたし!では早速」

「何か策はあるのか?」


 滇那は冒玄に聞く。

 戦神を宿す彼女は、己が知らぬ軍略、知謀を渇望している。

 そのために戦いに身を置く気分もある。


 もしこれで馬の勢いのままに突撃する、と言ったらがっかりするだろうな、と戦神の外側にいる滇那は思う。


「我らがあげし鬨の声の方向の裏に回り、城壁の崩れから侵入。漢の弱兵を切り崩しまする」

「なるほど、初めにこの城を落としたのは且凍氏族であったな」

「左様にございます」

「取られることを想定してわざと弱点を作っておいたか」

「はい」

「抜け目が無いな。よし、行け!」


 且凍氏族の兵が意気揚々と出陣していく。


「我らにも出番をいただけませぬか」


 烏吾は滇那に願ってみる。

 彼女は烏吾を見た。


「今夜は敵を潰そうとは思っていない」

「え?」

「あまりにも鮮やかに武威と張掖が取られた。その指揮をする者の手の内を見てみたいと思ったのだ」


 そういえば、食糧不足で敵は痩せ細ると彼女は予測していた。

 その予測を上回る敵将がいる、ということか。

 それを見に来た、と。


 烏吾の胸中にわき出たそのじくじくとした感情が、その相手への妬心であることを、彼はまだ気付いていない。

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