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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十一、延熹6年

 風までも凍りつくような冬が和らぐと姑臧の城は慌ただしくなってきた。

 調練の声、というか悲鳴が城内にこだましている。

 北地郡の成回は部下に厳しいらしく、よく訓練をしている。

 それを見に行った李傕は「兄貴の手下でよかった」と感想を述べていた。


 街道が歩けるようになると、ついに涼州各郡の軍は出陣した。

 こちらが仕掛けられるということは、向こうも同じだ。

 なるべく早く、武威郡の諸城を奪還しなくてはならない。

 顕美けんび休屠きゅうと宣威せんい武威ぶいの四県は羌族に襲われたままだ。

 冬の間、董卓も張家兵や鮮卑兵に探らせていた。

 どうやら、守備兵はいないようだ。


「ここだけに兵が置かれていた。その意味を考えねばならない」


 なぜ滇那はそうしたのか。

 ここにいた羌兵はかなりの精兵だった。

 勝てたのは、向こうが城を有効に使えなかったこと、油断を誘ったこと、こちらが策を用いたこと、これらの複合効果だ。

 城ごとに同じ兵数が置かれていて、それらが連繋して守備しているとなったら苦戦は必死なのだが。

 その気配はない。


 姑臧の城に漢軍を集めて包囲する?


 いや、それはない。

 城を囲むには二倍、三倍の兵が必要だという。

 おそらく、漢軍と羌軍の数は互角。

 ならば城に籠っている方が圧倒的に有利だ。

 それに涼州諸郡はまだ兵を動員できる。

 城の内と外で包囲している敵を逆包囲し、挟撃できるはずだ。


「隴西の若造」

「……成様、いかがしました?」


 考えに意識を取られて、この北地の将が近付いてくるのに気付かなかったのはちょっと悔しい。

 あの軍議以来、妙に董卓のことを気に入っているような素振りをこの男は見せている。

 董卓の直接の上司は隴西太守の孫羌だが、その孫羌もこの北地の将に対し遠慮しているような素振りだった。


「お前の見立てでは各県の城に羌兵はいない、ということだが」

「はい。冬になる前に撤退……いえ、奪い尽くしていったようです」

「ふむ。お前はどう見る?」


 何かを見透かすような成回に董卓はしっかり答えた。


「何も無い武威郡を無駄に歩き回らせることで、我々を消耗させようということでしょう」

堅壁清野けんぺきせいやだな」


 堅い壁で守り、その外側をまっさらにしてしまえば攻めてきた敵は壁に阻まれ、補給も出来ずに敗れてしまう。

 これを堅壁清野という。

 後の時代に似たような焦土作戦とも言われる戦争も行われた。

 羌族は武威郡の全てを奪うことで似たような状況を作り上げたのだ。


「しかし羌族は気付いていません」

「ん?何をだ」

「相手にしているのが漢民族だということです」

「ほう?」


 成回は興味深そうな顔をする。


「漢民族にあって羌族に無いもの、それは後方です」

「後方とな?」

「ええ。漢陽や武都、北地、安定は司隷しれい扶風ふふうと接しています。そして扶風は前漢の都である長安のある京兆尹けいちょういんと繋がっております」

「ふむ。そうだな」

「羌から見れば無尽蔵に送り込まれる兵と飯は、その戦意を失わせるに充分な効果を持つでしょう」

「くくく。無尽蔵とは良いな。なるほど後方とは厚みだな。我らの後ろに拡がる漢帝国。それは我ら涼州の兵を退けても次々に投入される、ということか」

「はい。投入されずとも、投入できるという事実が大事かと」

「払っても払っても、兵がいなごのようにわいてくる。これは相当キツいな」

「ええ。ゆえに我らは奇策など使わず、ただ数に任せて城を取っていくのみ、かと」

「城を取る。その理由は?」

「羌の得意は戦場は平野。それは馬を使うゆえですが、城に籠ればその利点は失われ、逆にこちらが守勢で有利なります」

「うむ」

「後は囲ませて疲れさせてしまうのもよし、近くの城から兵を出し挟撃するもよし、です」

「なかなか良いではないか……と、その方法ではやはり食糧が重要になるな」

「それを解決するのがここ姑臧です」

「解決と?」


 董卓は城の西側を指した。

 近くにきらきらと晩冬の薄い陽光を反射する河が見える。


「河だな」

「この河はただの河にあらず。壁にして道です」

「河が壁にして道?」

「これは孫太守に教わったのですが、彼の故地である楊州呉郡では長江が流れており、その大河に浮かべた船が流通の要だそうです」

「それが道ということだな?」

「そして河というものは船や橋が無ければ越えることのできない壁となります」

「この河がな」

「特に羌の騎馬には大きな壁となりましょう」


 武威郡に水軍や船団というものはないが、河がある以上そこに住む者らが使う船などはきっとある。

 それらを接収し食糧や資材をのっけて河の流れに乗せる。

 無人の城を落とした漢軍は河に浮かぶ船から補給するのだ。

 補給部隊がいない軍隊というのは凄まじく迅速に行軍できる。


 河を活用することで羌の予想より早く漢軍は武威郡を奪還することができた。


 これも、姑臧より北の城はみなその河の付近に置かれていたからだ。

 というよりも、はじめからこの河を利用することを想定していたのだ。

 董卓が意識していなかっただけともいえる。

 はじめから思い返せば、董卓の住む隴西郡も洮河とうがという河の付近に主要な城が置かれているのだ。

 隴西の郡治所のある狄道てきどうも河の隣だ。


 河は壁にして道、というものを孫羌に教わり意識すること。

 それは董卓にこの戦の進め方を決めさせた。


 武威郡を拙速にでも奪還する。

 そして態勢を整えて、張掖郡へと進み驪靬りかん番和ばんわの二城を抑える。

 そこを足掛かりに日勒じつろくの城を取る。

 そこは張掖郡を流れる黒河のほとりにある。

 後は同じだ。

 河を使って速攻で張掖の諸城を取り返す。

 張掖の郡治所である觻得ろくとくさえ取れれば、そこから復興も可能だ。


 楊克などは羌がいる草原に向かい決戦を挑む腹積もりだったようだが、何も相手の得意な場所で戦うことはあるまい。

 漢の得意な攻城と籠城で競り勝ち、河を使い早さを稼ぐ。

 それが漢の戦い方だ。


 草原に可憐な花が咲き始める早春には、涼州諸郡の軍は張掖郡に入り、夏前には郡治所を奪還した。

 羌族の抵抗はほとんど無かった。

 というよりは抵抗するすべなど無い。

 羌族は草原でこそ輝くのであって、城攻めは不得手。

 漢軍は首尾よく張掖郡を取り戻すことができた。


 だが。


 ろくに戦闘もせず、簡単に八つの城を取れたことで漢軍の中に弛みが生じはじめたのも無理はないことだった。

 特に、実戦を経験していない安定、金城、漢陽、武都の四郡の将兵は何度も酒宴を開くような弛みっぷりであった。


 姑臧を占拠していた羌族兵たちが弛みきったところに押し寄せた董卓たちに敗れたように、弛んだ隙を戦神たる“蚩尤しゆう”を宿した滇那が逃すはずは無かった。


「見えるか、烏吾。漢人の酔い、緩んだ有り様が」

「いえ、見えませぬ」


 滇那が選んだのは夜襲である。

 いくら緩んでいようと明るい昼間は見つかる可能性は高くなる。

 夜に行軍さえできれば、問題は無い。


 月の出ない夜を選んだので城の様子が見えるはずも無い。

 それとも、滇那には見えているのか。


「ふふふ。城から聞こえる歓声、酒と女の匂い、ありとあらゆるものが教えてくれる。漢人の弛み具合がな」


 言われてようやく、城からのかすかな喧騒、何かの匂いが判別できた。

 感覚の鋭さが違うのだ。

 いつかそこに追い付きたいと思いつつ、自らの王帥への畏敬を深める烏吾であった。


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