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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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五十、生存は敗北より尊し

「いよぉし、北地の兵はそれに乗ろう。この若造がどこまでやれるか、見てやろうじゃあないか」


 北地郡の兵を統率する部将、成回は楽しげにそう言った。

 安定郡の楊克は不満そうな顔はそのままに従うことを宣言した。

 孫羌の隴西郡兵らは反対するわけもなく、出兵した六郡のうち三郡の将が董卓の策に従うことを決めたので他の金城郡、漢陽郡、武都郡の将は反対しなかった。



 さて、姑臧に涼州の東南六郡の兵が集まりつつあるころ、張掖居延属国ちょうえききょえんぞっこくの近くにある羌の天幕群に烏吾たち姑臧の残党兵が到着していた。

 いかにそれまで滇那の副将と権勢を振るっていようと、敗北して逃げ帰った者への羌人の目は冷たい。

 もちろん、烏吾はそれを覚悟していたがやはり堪える。

 それは参狼氏族のもとにいた時に父に向けられていた視線だからだ。

 

 ひときわ大きい天幕には滇那をはじめ、集った諸将と忍氏族の豪帥である迅の姿がある。


「千の漢兵に千五百で負けたそうだな?」


 滇那はじめ諸将は胡床いすに座っているが、烏吾、夷分、呂陸の三人は床に座らされていた。


「は、そのとおりでございます」

「まったく不甲斐ないことだな。羌の精兵を連れて少ない敵に負けるとは」


 この軍に参加した者のほとんどは羌族の中でふさわしい地位を得られていないと思う者たちだ。

 今、嘲るように口を開いたのは、その中でも例外的に豪帥の地位にある者だ。

 全無ぜんむ氏族の謝漠しゃばくという男である。


 全無氏族はその居住地を涼州ではなく、并州の上郡というところに置いている。

 しかし、近年并州刺史となった段熲だんけいの威勢が強すぎることから、この軍に参加することにしたらしい。

 涼州に段熲の目を向けることができれば、一時とはいえ安寧を手に入れることができる。

 それに涼州をいくら略奪しようと全無の住む上郡にほとんど影響は無いからだ。


 烏吾たちや他の羌人兵が後がないと思い戦っている中で、全無氏族たちが余裕のある戦いをしているのが、烏吾たちは気に入らなかった。

 副将の立場ならば、全無氏族のそういうところを抑えたり、叱ったりもできた。

 だが、今の敗残の兵にはそのようなことはできない。


「負けたか」


 滇那は謝漠の言を無視したように烏吾に言った。

 その言葉は、謝漠のような嘲りの意は感じられない。

 それがささくれだった烏吾の気持ちを落ち着かせる。


「負けました」

「お前は良く役目を果たした」

「……え?」

「確かに私は勝て、とは言った。だがそれをお前が出来るとは思わなかった」

「私が、能力が足りぬ、と!?」

「いや。お前が漢民族の戦術を取れるなら勝てる可能性もあった」

「私が、漢民族の?」

「例えば、私があの城を落とした方法は調略による寝返りと声東撃西策だ。これは羌の戦い方にはない、漢民族の策だ」

「道理で、あれほど簡単に城を落とせたと」

「卑怯と思うか?」


 滇那はにやりと笑う。

 その顔から想像もできぬ知謀を烏吾はその中に見た。

 ただ若く美しいだけではない。


「いえ……」


 とだけ烏吾は口にした。


 滇那は床に指揮杖でガリガリと絵を描いた。

 四角い形はどうやら姑臧の城のようだ。


「敵の攻め手を教えてくれ」


 烏吾は覚えている限りのその戦いのことを話した。

 孫と顔の旗、一夜あけて完成していた包囲、包囲の薄い裏門を出たら敵の襲撃にあった。

 口にしたらそれだけだが、してやられたという強い思いは烏吾の内でなお燻っている。


 滇那は顎に手をあてて、やや考えていた。

 そしてぼそりと「囲師必闕」と呟く。


「なんと?」

「敵を囲む時に穴を開けておく、という方策だ」

「穴が開いていれば包囲にはならぬのでは?」

「蟻の這い出る隙間もなく囲めば、中にいる者はどうしても出ようと必死となる。そうなると手痛い反撃を受けることになる」

「はあ」

「そのため穴を開けておけば、敵は緩み攻撃もぬるくなる。覚えはないか?」


 姑臧の城でのことを思い出して、烏吾はハッとした。

 毎日酒宴を開き、城中の漢人をもてあそび、役人を殺す。

 これが緩みでなければなんなのだろうか。

 あれも敵の策の内だったというのか。


「わ、私は」

「包囲の穴を見つけたお前たちは、その穴から出て平野で戦おうとした」

「その、通りです」

「だが門の外で激しい攻撃を受け瓦解、逃走した、と」

「はい……」


 己の負けた戦を事細かに考察されるとなかなか辛いものがある。


「隴西が最後に羌と戦ったのは三十年ほど前、しょう氏族の良封りょうふう以来のはず、その時に従軍した兵がいないとも限らんが……よほど羌に通じた者がいるな」

「私の戦に対する姿勢が悪かったのです」

「それはある。だがお前は学び、理解し、そして生き残った。その学びを私の隣で生かせ」

「それは」


 滇那の言ったことは、烏吾をこれからも副将として扱うということだ。


「王帥!こやつは負けたのですぞ!兵を千五百も失い、逃げ帰ってきたのです!」


 謝漠が立ち上がって怒りを露にした。

 何人かの将が賛同する様子を見せた。


 滇那はすっと刀を抜き、いきなり謝漠を斬った。

 肩から斜めにすらりと斬られた謝漠は信じられない、という顔をして倒れた。

 倒れてから彼の切り口から大量の出血がほとばしり、滇那の顔に飛び散る。


「この軍のことを決めるのは私だ。羌の王帥である私だ。反対などあろうはずもない。そうであろう?」


 誰もが忘れていた。

 この王帥は、己が育った邑を自らの手で滅ぼしたのだ。

 それほどの決意を持っている。

 勝ったことで、略奪したことで配下たちは忘れてしまっていたのだ。


 謝漠に賛同しかけた将らは落ち着かない様子で座った。

 反抗はできない。

 軽はずみな反抗で命を奪われてはたまったものではない。

 なにしろ、烏吾たちを除いては勝っているのだ。

 少なくとも今は。


「お顔が」


 烏吾は己の衣の裾をちぎり、差し出した。

 謝漠の薄汚れた血が滇那の顔を汚しているのが耐えきれなかったからだ。

 そして、それよりも血がついた滇那の顔が美しすぎて、卒倒しそうになったために。


 滇那はそれを受け取り顔を拭った。


「烏吾」

「は!」

「不幸にも亡くなった謝漠の代わりに全無氏族の兵を率いるがいい。彼らに後などないことをよく教えてやれ」

「はは!」

「口を挟むことお許しいただけますか?」


 烏吾が感激のあまり何も言えなくなっているようなので、夷分が聞いた。


「ん?なんだ」

「さきほど滇那様がおっしゃった我らが役目を果たしたという言葉、これはどのような意味でございますか?」

「あぁ、そうだな。お前たちが負けたことで漢の兵は姑臧に集まっただろう?」

「おそらくそうでしょう」

「漢の兵、一万か二万か。それを賄えるほどの飯があるのかな」

「おお」


 烏吾や夷分の兵らの暴飲暴食によって、姑臧の城内の食糧はほぼ空になっていたはずだ。


「そして、その周りの城も我らが奪い尽くした。そうだな」

「はい、はいそうでしょうな」

「その食べ物がない土地に大軍が冬の間住む。そうなるとその軍はどれだけ弱るのだろうな」


 夷分は滇那の底知れぬ悪意に気付いた。

 漢の軍を叩き潰すためにどこまでも状況を重ねていくその意志に。


 それに感服している烏吾にかすかな危機感を覚えながら、夷分は頭を下げた。

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