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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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四十九、涼州諸郡軍

 隴西ろうせい太守軍は冬を姑臧こぞうで越すことになった。

 ここから隴西に戻り、また城を奪われては元も子もない。

 太守もいない、役人もいないという意味では武威の方が脆いのだ。


 本格的に冬が来る前に、隴西郡、金城きんじょう郡、北地ほくち郡、安定あんてい郡、武都ぶと郡、漢陽かんよう郡から徴兵されてきた兵が続々と集結してきた。

 凍りつくような風にも負けず、行軍してくる兵士らを姑臧の城壁の上から董卓は眺めた。

 冷たい陽光が兵の鎧にきらきらと反射して、鈍い光沢の鱗を持つ竜がうねりながら来る様を想起させた。


「六郡の兵あわせて一万五千が集まった」


 と同じく城壁で下を眺めていた孫羌が言った。


「一万五千」


 董卓がようやく五百を揃えたと思ったら、その何十倍もの兵が集まってくる。

 これが個人と組織の違いなのだなあ、と思う。

 個人を国家と比較することがおかしいのだが。


「これでも各郡は余力を残しておる。郡の男子をまるごと徴兵すればこの倍にはなろう」

「この倍ですか」


 ということは、涼州の残る郡である武威ぶい郡、張掖ちょうえき郡、酒泉しゅせん郡、敦煌とんこう郡、張掖属国ちょうえきぞっこく張掖居延属国ちょうえききょえんぞっこくの六郡からの兵も合わせれば、涼州の最大戦力がわかる。

 敦煌は遠すぎてもはや中華の枠外になっていること、張掖属国、張掖居延属国の二国は異民族の居住地であることを考慮すれば動員できても一万というところか。


 六郡で三万、残りで一万。

 涼州は限界まで徴兵すれば四万。


 そこまで考えて、董卓はまさか俺が涼州全部と戦うわけではあるまい、と思い直した。


 六郡のうち、太守自ら出張ってきたのは隴西太守である孫羌だけだった。

 その他の郡から来たのは兵を預けられた部将たちだ。

 太守たちが来ないのは自分たちの郡の防衛に専念する、というのが建前上の理由だが、その本音は孫羌より功を立てられないというところだろう。


 寡兵で姑臧城を攻撃し、奪還する。

 それをどの太守よりも早く行ったというのは大功だ。

 そして、その功績を背景に涼州諸太守の連合軍で主導権を握れる。

 最終的に羌を倒せればその功績は全て孫羌のものだ。


 もちろん、その中核にいた董卓の功も高いものになろう。


「では孫太守、これからの攻勢に何か策はございますか?」


 諸将が集まって開かれた軍議で、第一声を発したのは楊克ようこくという安定郡から軍を引き連れて来た部将だ。

 白く短い髭を整えている老将である。

 どうやら楊家は安定郡でそれなりの名家らしい、とは張済からの情報である。

 ここに集まった部将のほとんどはそういう各地の名家のようだ。

 いや、逆だな、と董卓は気付く。

 名家の出身でなければ太守の代わりに軍を率いることなどできないのだ。

 太守は中央から任命されて来るものだ。

 ゆえにその土地との結びつきは弱い。

 そのため、太守は土地の名家と結んで遅滞なく政治を行うのが常である。

 名家はまたその太守との結びつきで大きくなり、郡あるいは州での存在感を増していくのだ。


 その結果が武威郡における張家や顔家であり、漢陽郡における姜家なのだ。

 そのガチガチに固められた名家や豪族の中でのしあがることは不可能だ。

 特に董卓のような単家ふつうのいえの出身は。

 その解決策の一つとして、漢の外で名を挙げる方法がある。

 羌族の中で名を馳せる李文や、今の董卓のやり方だ。

 ただあまりに漢の外に居すぎると、漢の中で出世はできない。


 ならば羌の国を造るか。

 ちらりと頭をよぎった考えを董卓は追い払った。

 それは無理だ、あるいは早すぎる、と思ったからだ。


 もう一つの方法として、中央に登用されるというものがある。

 任命された太守や刺史はその地とのつながりは薄い。

 故にその出身などは関係ないのだ。

 しかし、これもまた難しいところはある。

 中央に登用されるためには、元々名家の生まれであるか、名家からの推薦を受けねばならない。

 例えば太守は年に一度、孝廉こうれんという科目に基づいて中央に人物を推薦する。

 これは元々、父母への孝順及び物事に対する廉正な態度を持つ人物、であるが、前漢、新、後漢という時代を経るに従って、名目上のものに変わっている。

 地方の名家の子弟が登用されるための制度になっているのだ。


 ここでも名家、だ。


 そこに属していれば出世していくが、属していないものは這い上がれない仕組みだ。


 だが、そういった諸々を無視できる状態がある。

 乱世だ。

 麻が乱れたようなぐちゃぐちゃの世界に、甘やかされた名家など役に立たぬ。

 力を持つ者、果断なる者が名を挙げていく世界だ。


 まだ、そうではない。

 けれども、この涼州は動き始めた。

 この流れに乗るしかない。

 いや、もう乗ってしまったのだ。

 孫羌に五百の兵を揃えると言ってしまった時に、そしてそれが出来てしまった時に董卓は乱世でのしあがる流れに乗ってしまったのだ。

 やるしかない。


 こんなことを考えていると、孫羌がこちらを見ていることに気づいた。

 どうやら、楊克に聞かれたことに答えかねているのだろう。

 これから、についてだ。

 董卓は仕方なく口を開いた。


「雪解けを待って武威郡内の各城を解放していきましょう」

「貴殿は?」


 なんだお前は?関係ない奴は黙ってろ、という言葉をかなり優しく楊克は言った。


「隴西は臨洮りんとうの董卓、字は仲潁と申します」

「……聞かぬ名だな」

「安定あたりではそうでしょうな」


 董卓の煽るような言葉に楊克は眉をピクピクと震わせた。


「安定郡を舐めるか、若造」

「おい、仲潁、口が過ぎるぞ。いやすまぬな、楊克殿」

「部下のしつけは上司の役目ですぞ、孫太守」

「では続けます」


 楊克のことは半ば無視して董卓は続けた。


「おい、貴様」

「我が配下には武威張家、漢陽姜家、それに羌族、鮮卑族などがおります。けっして楊克殿の邪魔にはなりませぬ」

「張家に、姜家だと……」


 武威郡の張家、漢陽の姜家は涼州の中ではかなりの名家であり、安定の楊家などより家格は上だ。

 そもそも、安定郡は悪名高き“大将軍”梁冀の出身地だ。

 その梁冀並びに梁家の勢力が一掃され、そこから伸びてきたのが楊家だ。

 それ以前から涼州の名家であった張家や姜家などにはかなわない。

 その名声を董卓は利用しているわけである。

 ダメ押しに羌族や鮮卑族の兵もいるぞ、と脅してもいる。

 そこまで言われて、楊克はやや不満そうだが口を閉じた。


 董卓は武威郡の簡単な地図を拡げる。

 地図には顕美けんび休屠きゅうと宣威せんい武威ぶいの各城が記されている。


「おそらく、この四城に羌族の兵は残っていないでしょう」

「なぜ、そう言いきれる?」


 さきほどは黙っていた部将が興味深げに聞いてきた。

 確か、北地郡の成回せいかいとかいう人物だ。

 自信ありげな顔をした三十半ば、髪はちぢれている。

 鷲のような目付きが特徴的だ。


「羌族は侵略をしました。ですが襲った土地を統治しようとはしていません」


 この姑臧には千五百の羌兵がいたが、糧食を管理することもなく、役人を使って街の混乱を収めたりするようなこともなかった。

 襲って、食らって、なぶり、いたぶる。

 それだけだ。

 他の場所でもまともな統治をしているわけがない。


「そうだな、羌とはそういう奴らだ」


 成回は鋭い目を細めて言った。

 北地郡は羌の草原と接している。

 ゆえに彼も羌族とやりあったことがあったのかもしれない。


「なので奪還は容易です」

「奪われつくし、冬の寒さでボロボロになった城を取り返すのか?」

「それでも、羌族がうろつく雪原を行軍するよりはマシでしょう」

「それは、くくく、確かに」

「……そして、武威郡の秩序を取り戻し、張掖、酒泉を奪還します」


 成回は董卓をじっと見た。

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