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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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四十八、井中より来る悪夢

「勝った。勝った……のか?」


 孫羌は信じられない、という口調で言った。

 武将三名は取り逃したが、こちらの損害は敵の大将が強引に突破した時にやられた十数名、それに羌の矢に射られた者が重軽傷あわせて三十名ほどだ。

 反面、向こうの被害は裏門でこちらの包囲攻撃にあった五百名ほどと後ろからの圧力で押し潰されたのが二百ほどだった。

 捕虜が五十、あとは散り散りに逃げていった。


 快勝と言っていい。


 ある種、悲壮な覚悟で戦いに挑んでいた孫羌はなんだか拍子抜けしたように感じたのだ。


「仲潁、そなたが言った通りになったな」

「まあ、そうですな」

「なんだ?勝ったというのに浮かない顔だな」

「いえ……見ましたか?城の中を」

「……いや、だがひどい有り様のようだな」


 先に入った者たちの調べで、姑臧こぞうの城中の惨憺たる有り様がわかってきていた。

 食糧は食い荒らされ、男は殺され、女は犯されていた。

 役人もなぶるように殺され、獄内はぎゅうぎゅう詰めになっており、また死体が山となって積まれていた。

 異民族のやり方と言ってしまえばそれまでだが、董卓にとってもこれはやり過ぎだと思えた。


 羌の王帥となるのはいい。

 だが奴らの手綱を手放してどうする?

 強大な力を制御してこその王ではないか。

 統治する気が無いのならはじめから王を名乗るな。


 気分が悪いので、気分がもっと悪くなることをしようと董卓は馬を歩かせる。

 太守である孫羌はこれから戦後処理で忙しいことはわかっているので、董卓を引き留めたりはしなかった。

 董卓自身のやることは、考えたくないくらいにはたくさんあるが、まだ猶予はある。


 向かったのは姑臧城外にある枯れ井戸だ。

 一見打ち捨てられたそれは、実は城内からの抜け道となっている。

 そう教えてくれたのはこの姑臧の功曹である顔泰だ。

 そして、彼はなぜかここにいた。


 董卓は着いてきた王方たちを下がらせる。

 この鮮卑の残存兵がいるということは、これから後ろぐらいことをするのだということだ。


「顔泰」


 中華のことわりとして、相手を姓名で呼ぶこと、ことに目上の者に対してそういうことをするというのは大変な失礼にあたる。

 斬り殺されても文句は言えない。

 董卓はわざとそうしたが。


「なんだ下郎」


 失礼には失礼で返してきた。

 とりあえず斬りかかったりしないだけ顔泰は理性的ということがわかる。


 董卓は下馬して、腰の刀を抜いた。

 昔は剣を使っていたがいつのころからか得物は刀になっていた。

 反りがある刃は直剣よりも斬りやすいことに気付いたからだ。


 董卓は刀を手にずかずかと顔泰に近付く。

 顔泰も刀の柄に手をかけ、いつでも抜ける姿勢になる。

 しかし、董卓はそれに構わず、顔泰の間合いに入った。


「抜かないのか」

「無礼にもほどがある!いくら戦の殊勲者といえど斬られても文句は言えぬぞ」

「……なんと言われた?」

「何を」

「羌族の密使から太守にしてやるとでも言われたか?」

「な……」

 

 はじめからおかしいと思ってはいた。

 声東撃西の計はよい。

 少し頭が回るなら使える策だ。

 だが籠城して閉められた門を開けるには別の策がいる。

 闇夜に紛れて侵入するとか、驚異的な跳躍で入るとか、内通者・・・を用意するとか。

 そこまで考えると忍氏族の得意なことは、それであったと気付くのだ。

 そも武威郡は忍氏族が懐柔した豪族や武家が多数いる地。

 乗っ取られた梁家のこと、そしてそこから来た彼女・・のことは記憶から失われることはない。

 ゆえに武威郡で大きな実力を持つ顔家にもちょっかいをかけてないわけがない。

 顔泰はその影響を受けている、と董卓は推測していた。


 あの日、羌の大軍に攻められた時、顔泰は裏門を開いた。


 だが、それを羌の将たちは評価しなかったのだ。

 羌の価値観では(漢の価値観でも)裏切りは評価されない。

 斬り殺されそうにでもなったか、顔泰は城から逃げたのだろう。


 そしてこの抜け道を使ったのだ。


 推測を妄想にまで拡げ、董卓は顔泰をなぶるように聞いた。


「太守殿はそのお前を責め立てたか?」

「ぬ、ぐ」


 声にならない呻きを顔泰は洩らす。


 城から逃げ出した顔泰はこの抜け道を使い、その途中か、出てきたここか、いずれこのあたりで武威の太守と遭遇したのだ。


 その時のことを思い出したか、顔泰はその四角い顔を真っ青にした。


「その刀で斬ったのか?いや井戸に落として石でも投げたか?」

「や、やめろ」


 刀、では反応しなかったが、井戸に落としたと言うと顔泰は力無くやめろと言った。

 なるほど落としたか。


「太守殿の声は覚えているか?その井戸の中でよく響いたであろうな?」

「止めろと言っている!」


 顔泰は刀を抜いて斬りかかってきた。

 潜んでいる王方が動こうとするのを抑え、董卓は刀を当てて弾く。

 至近距離の攻撃であろうが腰の座っていない刃など、白い点に頼るまでもなく弾ける。

 文官のやわな攻撃など当たるものでもない。


「お前は死ぬ」

「な、なんだと!?」

「そうだな……抜け道から出てきた羌の将に哀れにも耳と鼻、四肢を削ぎ落とされる。一撃で絶命されずにじわりじわりと血が流れ出て体が冷たくなるのを感じながら死んでいくのだ」

「い、嫌だ」


 董卓の言ったことを想像したのだろう。

 顔泰は絶望の表情でわなわなと震えた。


「死ぬ直前、ゆっくりと色が灰色に染まっていき、冥府から……ほら太守殿が鬼神となってお前の失われた足を引きずっていくぞ」

「ヒィッ」


 顔泰はぺたりと腰を抜かした。

 そして幻でも見えるのか、ずりずりと井戸から離れようとする。


 先程からの董卓の言葉に惑わされたか、幻影に包まれているようだ。

 忍氏族からの影響といい、感受性が強いのかもしれない。


「私が何をしたと言うんだ。私はただ家のためにやっただけだ」


 はて、と董卓は幻に叫ぶ顔泰を見て思う。

 董卓自身は顔泰に何かされたということはない。

 ただ怪しい様子に気付き、裏切って太守を殺したんだろうな、と思っただけだ。

 顔泰自身は戦力にならなかったとはいえ、顔氏の兵はなかなかに強く、使えるな、と評価さえしている。


 しばし考えて、どうやらこれは妬みだと董卓は判断した。

 郡の功曹という立場、顔氏の一族という力を持ちながらそれを有効に使えていない顔泰を妬ましく思ったのだ。

 そして弱みを見つけて憂さ晴らしをしているのだ。


「太守様、やめてくだされ、やめてくだされ」


 いまだ幻に怯え続ける顔泰に羌族の兵が落としていった矢を弓につがえ射つ。

 脳天に突きささった矢は、顔泰を幻と生から解放した。


「王方」

「はい」

「漢の兵はおらぬな?」

「我ら以外は誰も」

「よし。羌の兵にやられたように細工せよ」

「かしこまりました」


 鮮卑兵に後始末を任せ、董卓は姑臧城内に戻った。

 城の中では張済が仕事を任せようと待ち構えており、董卓は戦いの後始末にかかりきりとなった。


 顔泰は見廻りの最中、羌の残党に殺されたことになった。

 顔氏の兵は登用したかったが、戻っていった。


 そして、枯れ井戸の底から石に押し潰された武威郡の太守の亡骸が見つかったのだった。

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