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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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四十七、恥辱の泥

「馬鹿な」


 夷分いぶん呂陸ろろくを従えながら、烏吾は城壁の下を覗く。

 一夜空けて姑臧こぞうを囲む漢の軍は予想より多く見えた。

 一部静かな敵兵もいるが、叫ぶように大声をあげる部隊が多く、異様な士気を感じ取れることができる。


「烏吾様、どうなされますか」


 夷分が聞いてくる。


「打ってでましょう、ね?」


 呂陸は好戦的にそう言う。

 二人の落ち着きに、烏吾も焦りを抑えてやるべきことを思い出す。


「ふむ。滇那様にはこの城を守る必要は無いと言われている」


 漢の軍を引き付けて叩く。

 この城と、そこに置かれた烏吾たちの役目はそれだ。

 多少、相手が多く見えるといえどその役割は果たすべきだ。


「さよう」

「では出撃ですか!」

「漢人をなぶるのも宴も飽きただろう?」


 羌軍の三人は落ち込みかけた気分を打ち払うように気勢をあげた。


 姑臧を囲む漢軍は正門の前に集中しているように見えた。

 昨日、ここの役人に確認させた“孫”の旗も多くが正門前にたなびいている。

 ならば逆に裏門から出てやろう、と烏吾は思い付いた。


 事前に滇那に授けられた策である正門に敵を集中させて、裏門から一気に攻める、は上手く言った。

 その成功体験にもう一度すがりたくなったのは仕方のないことだ。

 何より、攻城と突破という違う状況ではあるものの、その形勢はよく似ているように烏吾には思えた。


「一気呵成に裏門から打ち出る。そこからは正面から戦ってもよいし、馬で翻弄し大将を打ち取ってもよい」


 なにより平野に出れば羌の騎兵に勝てるものなどいないのだ、という自負がある。


 故に烏吾は敗れる。

 董卓は羌を知り、また平野最強の羌の騎兵を自ら持っていることを烏吾が知らなかったために。


 裏門から出てきた呂陸の兵は雨のように降り注ぐ矢に襲われた。


「読まれて!?」


 バタバタと呂陸の騎兵が倒れていく。

 そこに殺到するのは孫の旗の重装歩兵たちだ。

 手にした槍で落馬した羌兵をぐさりぐさりととどめをさしていく。


「ぬう!いかん!」


 次に備えていた夷分が突撃するも、その横から李傕、郭汜、樊稠が率いる騎兵隊が突進してくる。

 馬は横から突進されると回避できない。

 百五十の騎兵はその数倍の夷分兵をずたぼろにした。


「ギャハハ!なんだなんだ!こんなに簡単なのか!」

「落ち着け李傕りかく、隊長の策が大当たりしてるからだ」

「その通りだ。叔父貴の策が無ければお前なんてただの馬鹿だからな」

「ギャハハハハ、郭汜かくし樊稠はんちゅうももっと楽しめよ!訓練や弱いものいじめじゃない、ホンモノの戦争をしてるんだぞ!」

「それもそうだが」

「貴様だけに功をあげさせるものかよ!」


 突出する李傕を止めようとしていた郭汜も樊稠も、根のところでは似ている。

 結局は三人とも猪のように突っ込んでいくのだった。


「それでいい。混乱している敵には勢いを持って乱し続けるのだ」


 董卓はそう言いながら控えている張済に指示を出す。


「頼むぞ」

「もっと具体的な策をよこせ」

「必要なら出すぞ」


 張済はにいっと笑う。


「いらん。要するに敵の連携を絶てばよいのだろう?」

「わかっているじゃないか」

「長い付き合いだからな」

「よし、行け」

「応よ」


 張済は姜旦の姜家兵、王国の湟中義従兵を連れて裏門へ突撃していく。

 手練れの三隊は羌族の連携を絶つために動く。

 連携のとれない相手などいくら数が多くても烏合の衆なのだ。


 それを感じ取った烏吾は状況を打破しようと無理やり前に出てきた。


「ふざけるなッ!漢の奴ばらなど馬の下で右往左往していればよいのだッ」


 馬上から刀を振り回し、烏吾は的確に漢兵の首を刈り取って行く。

 ゴリゴリと裏門とその外の混乱を突破し、重装歩兵に翻弄されている呂陸を救う。


「無事か!」

「俺は無事だ!だけど」

「泣き言は聞かん!夷分のところへ行くぞ」

「お、応」


 重い鎧の歩兵といえど馬が本気で蹴り飛ばせば倒れるのは必定。

 烏吾は揮下の騎兵らにそう命じて孫羌の兵を蹴散らしていく。


「これは……逃げていいやつだよな」


 意気揚々と馬を駆け回していた李傕たちは自分たちに目もくれず最前線に躍り出た烏吾との実力差を実感した。


「もちろんだ」

「当たり前だろ」


 さっさと戦場を離脱しようとしていた郭汜と樊稠にあわてて李傕は追いかけていく。


「まったくガキどもめ」

「だが、その目は確かだ。主人が良いのだな」


 張済と王国も離脱しながら、李傕たちとは別方向に進んでいく。


 背後の圧力が無くなったのを見て、烏吾は夷分のもとへ行く。


「生きている、ようだな」

「うむ。なかなかの手練れに足止めされておった」

「呂陸の方が損害が多いようだ」

「漢兵どもめ、小癪な真似を」


 出てくる門を読まれ、兵を伏せられていた。

 それだけで勢いを削がれ、少なくない兵がやられた。

 そこに烏吾は怒りを覚えていた。

 夷分もそれは同じようだった。


「兵をまとめて反撃するぞ。ここに敵の主戦力がまとまっていると見える」

「はは。ここを潰せば漢軍は崩れるということですな!」

「その通りだ」


 希望を感じた。

 怒りで視野が狭まった。

 わずかに恐怖を覚えていた。


 それが烏吾の反射を遅れさせた。


「烏吾様!?」


 その夷分の声が聞こえたときには肩に強い衝撃と痛みを烏吾は感じた。

 そして、浮遊感。

 身動きができずに烏吾は右肩から地面に叩きつけられた。

 当たりどころが悪ければ落馬でも死ぬ。

 幸い肩と右腕の骨が折れただけですんだようだ。

 それでも激痛でしばらく動けない。


 恐ろしく正確な矢で射られた。

 わかったのはそれだけだった。


 トカラと烏吾の倒れている横に馬の蹄が落とされた。

 血がまじった泥がピシャリとはねて、烏吾の顔を汚した。


「突破した時はひとかどの武将かと思ったが、くく、若僧ではないか」


 上の方、騎乗した男性が話すような位置から落ちてきた声は烏吾を蔑むような響きだった。


「漢軍の指揮官とお見受けする」


 夷分の声に恐怖が含まれていることに烏吾は気付く。


「ふむ。先零訛りの漢語だな。そこの出身か?」

「な!」


 夷分は先零生まれだが、それを公表しているわけではない。

 それを話す言葉だけで判断され、夷分は怯んだ。


「俺は西潁シーエイだ」

「貴殿が!?」


 先零出身の夷分は知っていた。

 豪帥の狼凱ろうがいに認められた漢人がいたことを。

 そのころの夷分はガアカに戦士長を取られて腐っていたころだ。

 それでも氏族内の情報くらいは耳に入っていた。


「俺は別にこの軍の指揮官ではない。俺が動かせるのは俺の手下だけだ」

「それにしては」

「その程度に負けたのだ、貴様らは」

「うぐ」


 まるで羌が弱いと嘲るような西潁?の声は体を動かせない烏吾にとって恥辱を煽るのに最適だった。


「逃げるがいい」

「我らを見逃すと?」

「そうだ。恥辱に、泥にまみれ、敗北した貴様らがどの面を下げて滇那のところに戻るのか……くくく、実に楽しみだ」

「ぬううう」


 烏吾の体が引き上げられる。

 そして、馬の背に乗せられる。


「夷分……」


 馬を走らせる夷分の顔は恥辱と憤激で真っ赤になっている。


「まともに戦いもせず見逃されるなどッ」


 ぎりっと噛み締めた夷分の歯がぎりぎりとなる。

 その心中は烏吾もわかる。

 矢で射られ泥をかけられ、それでも平気な者は羌の戦士ではない。


「殺す。絶対に殺すぞ、奴は!」


 登り始めた陽に二人の羌人は手綱を強く握り馬を走らせ、逃げた。

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