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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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四十五、前哨前夜

「相手は漢の常識が通じぬ羌です。正気ではやってられませぬ」

 

 と董卓は返す。


「そうかもしれんが」

「実際、この倉松で迎え撃つことも不可能」

「……それは確かに」


 郡治所であり、難攻不落の拠点である姑臧こそう城と違い、倉松はかろうじて城の体裁をしているだけ。

 攻められれば落ちるのだ。

 こんなところに籠城などできるものではない。


「かといって草原で羌族と相対するのも嫌なものでしょう?」

「うむ……確かにな」


 騎馬民族の主戦場は草原である。

 広い空間を機動力でもって制圧するのが騎馬の使い方だ。


「つまり、籠城というのは騎馬の優位性を自ら封じるのと同じです。ここに勝機があります」

「なるほど」

「籠城で最も大切なのが兵の士気を保つこと。これができなければいかに堅固な城壁があろうと糧食があろうと、城を保つことはできませぬ」

「歴戦の軍師のようなことを言う」


 董卓の考察の基となっているのは、兵法書というよりは実際の経験則によるものが大きい。

 旅して知った羌族の考えや、長年の付き合いになる羌人、涼州人の気質などが混ざりあい、董卓のものとなっている。

 その経験、直感が白い点の形で現れるのだ。


 戦いの中における防御の機会、反撃の好機のみならず、進軍の道筋、敵将の弱点らしきものまで白い点は見せてくれる。

 ただ、相変わらず董卓が知り得ないことの白い点の的中率は低い。

 そのため、書物、竹簡の類いを集め、知識を得ようとはしている。


「まずは城を囲みましょう」


 倉松城を出た隴西太守軍と武威残党は途中にある鸞鳥らんちょう城を経由し、そこで兵を募り、そして姑臧城へたどり着いた。

 逃げ遅れたであろう民が矢で射ぬかれ絶命したまま道に転がり、略奪された農家が燃えて煙を吐いている様に孫羌は青ざめている。


「ここまでするのか……」

「羌人は異民族です。これは漢帝国の中の戦いではなく、侵略です」

「侵し掠めること火のごとし、とはこのことか」


 孫子の一節と目の前の光景が一致したのか、孫羌は呟いた。

 揚州の水賊退治で功績を挙げた男が、孫子を知っていることに董卓は意外に思う。


 現在、隴西太守軍は武威の残兵をかき集めて、おおよそ千人にまで増えていた。

 そして、また姑臧に残っている羌兵は千五百ほどであろう、という物見の報告もあった。


「城に籠るほうが数が多いとなれば、これは大変な戦になりますな」


 と武装した功曹の顔泰が苦い顔をする。

 彼も途中で同族の顔氏の援兵を受け、百を率いている。

 こちらが散々苦労した百の兵がすぐに集まったことに董卓は羨ましく思ったが、これが名家の力なのだ、と納得はした。


「それほど苦戦はしないでしょう」


 董卓は落ち着いた様子で言った。


「それはどういうことで……?」


 という顔泰に董卓は答えなかった。



 漢の軍がようやく迫ってきたことに烏吾うごは喜んだ。

 王帥として羌の軍を率いる滇那ティナの副将である烏吾は、参狼さんろう氏族の出である。

 この氏族は今から数十年前に反乱を起こし、当時の漢の武将らに散々に打ち倒された氏族であった。

 そんなわけで参狼氏族は、羌族の中でも軽く見られていた。

 勝ってこそ、略奪してこそ羌の中で認められる。

 弱く、負け続けた参狼氏族は認められなかったのだ。


 その参狼に生まれた烏吾は、幼いころから惨めな氏族の、さらに惨めな身分だった。

 厳密に言えば、羌族の中に身分は無い。

 氏族を統べる豪帥を除けば、族長や戦士長、シュイは尊重されるものの氏族の中の役割に過ぎない。

 それでも烏吾の、その父が氏族の中で一番下だったことはやはり身分が下だったと同じだろう。

 烏吾の父は、漢との戦いに出た戦士だった。

 負け続けた参狼氏族の中で、烏吾の父は負け戦の中、逃げた。

 敵に背を向けて逃げ出した。

 それも豪帥の危機を見捨てて。

 帰って来た豪帥は怒りのあまり、烏吾の父の両腕を切り落とした。

 逃げた者への見せしめとして、烏吾の父はそのまま生かされた。

 腕を失った戦士などなんの役にも立たない。

 刀を振るえず、馬にも乗れない、そんな父は氏族の者からの蔑みと施しによって命を繋いだ。


 烏吾はそれを見ていた。

 そして、そうなりたくないといつもいつも思っていた。


 父が死んだ時、烏吾は氏族を出た。

 しばらく草原を巡り、そして迅と出会った。

 やがて、滇那の羌軍に入りメキメキと頭角を現し、いまや軍の副将であり千五百の兵を率いる身となっていた。


 あまりにもあっけなく、姑臧の城が落ちた時は滇那の手腕に驚き崇敬の念を新たにしたし、漢のあまりにの弱さに蔑視の思いを強くした。

 こんなものに負けたのか。

 こんな奴らに逃げたのか。

 父や、氏族の者、豪帥らの弱さに烏吾は情けなさとそれを超えている自分と滇那を誇りに思った。


 ともあれ、占拠した城は略奪した。

 羌人は統治など考えないし、その方法も知らぬ。

 口答えしてきた漢の役人は矢で射った。

 三人も殺せば歯向かうものはいなくなる。

 そうなると、今度は退屈になった。


 三日もすると略奪にも飽き、酒宴が続いた。


 滇那からは一月も駐留すれば漢の軍がやってくるから、それを倒せという命令が出されていた。

 その命令を疑うわけではなかったが、暇をもて余していたのは事実だった。

 だから、漢の軍がやってきた時は喜んだのだ。

 戦い、侵し掠めることが羌の戦士の本懐なのだから。


「あれはどこから来た奴らだ」


 烏吾は歯向かうことを止めた姑臧の役人の首を掴み、向かってくる相手の情報を聞く。

 命の危機を察したその役人はかすれたような声で答える。


「孫の旗と顔の旗が見えます」

「ソンとガン?」

「孫はおそらく隴西太守の孫羌様、顔はここの功曹だった顔泰殿かと」

「隴西か……滇那様が気に掛けていた土地だったな。それと逃げ出した奴らが帰って来たか。面白い」


 烏吾は役人の首を掴んだまま振り回した。

 悲鳴をあげる役人を気にせず、部下に出撃の準備をさせる。

 首の締まった役人が事切れたころには烏吾も武装を完了させていた。


「烏吾様、相手をどう見ますか」


 部下の五百将の夷分いぶんは城壁の下に展開しつつある漢軍の様子を見ながら聞いてきた。

 先零氏族出身ながらこの軍に入っている夷分は、四十ほどの壮年の戦士だ。

 なんでも先零の戦士長の座を争い、敗れたため氏族を出てきたらしい。

 敗れたとはいえ、戦士長になりうる実力を持つ彼は烏吾に足りない経験を持つ戦士だ。


「ふん。どうやら囲もうとしているらしいな」

「わしにもそう見えまする」


 烏吾と夷分の言うように漢軍は長く拡がり、姑臧の城を囲んでいく。

 四角い城である姑臧を囲むには戦力が足りないように見える。

 そこを烏吾は、相手の思慮の足りなさだと思った。


「完全に囲まれる前に馬を外に出して襲いますか?」


 同じく五百将の呂陸ろろくがすぐにでも戦いたいという素振りを隠さずに言う。

 彼は烏吾と同年代の若者だ。

 出身は羌ではなく南匈奴の小氏族らしい。

 落ちぶれた匈奴を見限って、并州からわざわざ涼州まで旅してこの軍に参加している。


 夷分にしろ、呂陸にしろ、そして烏吾にしろ、主流にはなれなかった才ある者を集めるのが迅の仕事であった。

 だが、集められた彼らはそれを知ることはない。


「いや、もう陽が沈む。明日の朝から思う存分戦ってやろうではないか」


 烏吾の言うように、真っ赤な夕陽が西に沈んでいく。

 戦いは明日だ。

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