四十二、隴西太守、孫羌
隴西の太守は孫羌という。
なんでも揚州は呉郡の生まれで長江の水賊や海賊退治で武功を挙げたが、上司とそりが合わずこの涼州まで飛ばされたのだそうだ。
揚州とは南も南の地だ。
ここ涼州とは風も水もなにもかも違うのだろう。
そういえば、本物の海もあると聞く。
こんなところまで来て、そして戦争に巻き込まれるとはついてないものだ。
と、董卓は思っていたが、いざ面会してみると孫羌は愉しげだった。
「そうか。お前が董仲潁か」
とやけに気さくに話してきた孫羌は、予想よりも若い。
董卓と同年代か、年をとっていても三十手前というあたりだろう。
あまりにも若いようにも思えるが、実のところ彼のような若い人材が今の漢帝国には多い。
それは梁冀とその一族の排斥によって、中央の要職が軒並み空洞化したからだ。
それによって地方の太守や刺史らが中央に招聘され、空いたポストに隠遁していた老人や才気ある若者らが任命されている。
漢帝国の新陳代謝が今起こっている最中なのだ。
かつて予測したその流れに、自分がいまだ乗っていないことに董卓は忸怩たる思いを抱いてはいるが、それを表には見せていない。
「は。お願いしたきことがあり、参上いたしました」
「ふふふ。武功を求めるそなただ。願いたいことはわかっておる。……武威、張掖、酒泉を襲った羌族のことであろう?」
「その通りでございます」
孫羌は興味深いものを見るように董卓を眺める。
「実を言えば太守の間で問題になっておる」
「……」
「羌族との関係は涼州の郡太守として避けては通れぬもの。もちろん、私とて兵を揃え戦うということを望んでいる」
含むような言い方に董卓はピンときた。
「徴募ができておらぬ、と?」
「うむ。なにせ赴任したてで、これだからな」
後の時代ならともかく、常備兵を持つ郡は少ない。
何かことが起こってから、兵を募り集めるのだ。
十年、二十年ほど前であれば羌族の連年の襲撃に備えるため、ある程度の軍は準備されており、すぐに対処できた。
だが、今は羌族との間にそれほどの緊張感は無い、はずだった。
そのため、すぐに対処できる軍は用意できていないのが、現状だ。
かといって常備軍を置くというのも問題はある。
戦争が無ければ用をなさない者が数百人あるいは千人いれば、その分の食い扶持が余分に必要になる。
そのやりくりに苦労している董卓はそれがわかっていた。
また、数十年前に常備軍を置いていた当時、十年間の戦で八十余億銭という莫大な費用がかかっている。
まあ、その費用は当時の征西将軍であった馬賢や他の武将たちが掠めとり、着服したとの疑惑が残ってはいる。
ともかく、軍を備えるというのは金がかかる、ということだ。
「私にお任せください」
「ほう?」
「騎馬百五十騎を含む五百の兵をすぐにご用意できます」
「五百!?」
董卓が武功を挙げていることは孫羌も知っている。
だが役職としては木っ端役人である。
そんな若者が五百の兵を揃えるという。
面白い、と思った。
孫羌自身も故郷では名を馳せた人物だ。
一度声をかければ五百の荒くれを集めることなど容易だ。
この北の地の若者が同じことをできるというなら、見せてもらおう。
「では兵を揃えてまた参ります」
ざっと董卓はその場を去った。
部屋の外で待っていた張済は「首尾はどうだ?」と聞いた。
太守の討伐軍に入れれば褒賞が出る。
このカツカツの状態から一息つけるはずだ。
董卓はそれに答えずに別のことを聞いた。
「鮮卑の兵らはまだ放っていないな?」
「あ?ああ、まだいるが……なんだ?」
「騎兵に組み入れる」
「はあ?金が無いって話をしてたよな?」
「太守に五百を揃えると言った」
董卓の言葉は、答えることができなかった張済の沈黙のためにしばらく虚空に漂った。
「……って、正気か?」
「まだ太守の軍は揃っていない。そこへ俺の五百だ」
ふむ、と考えて張済は何かに気付く。
「……俺たちが隴西太守軍の中核になれる、と?」
さすがに頭の回転が早い、と張済のことを董卓は評価する。
まあ、張済に言わせればいつでも無茶苦茶をやる董卓の側にいるとこうならざるを得ない、というところだろう。
そこは董旻と共通するところである。
兵の揃っていない太守にまとまった兵力を提供できるなら、それらはすぐに採用される。
そうなれば官軍として活動でき、かつ大功をたてれば相応の恩賞が出るだろう。
と、董卓は考えたのだ。
そして、それには。
「鮮卑だけでは足りぬ」
「ふん。なら俺のほうも知り合いをあたってみよう」
「頼む」
普段はいっそ傲岸不遜なのに、こういう時だけ真摯に頼むのだ。
そこが董卓の側を離れがたい理由だろうな、と張済は思っていた。
そして数日後。
董卓の隊の駐屯地となっている元の蚩尤殿の跡地に、新たな兵員が到着していた。
董卓は太守との面会後すぐに早馬を出した。
目的地は先零である。
忍氏族主導の大乱とは対極の位置にいる羌の豪帥、狼凱に助力を頼んだのだ。
むやみやたらに頼むものではないが、ここぞという時なら見込んだ男になんとかしてやろうと動く人物であると董卓は狼凱を評価していた。
その結果、現れた人物に董卓は驚きを隠せなかった。
「王国殿?」
「久しいな、董仲潁殿」
漢に服した湟中の軍事を司る李文の副官、それが王国だ。
十年ほど前に、董卓が羌の地を旅した時に出会った。
「まさか貴殿が来てくれるとは」
「うむ。私も意外なのだ」
先零の狼凱は実のところ動けなかった。
そのため、実力があり、反忍氏族派であり、漢に近い勢力である湟中の北宮伯玉に助力を頼んだのだった。
名目上は漢に属する湟中義従である北宮伯玉は堂々と兵を送ることを決めた。
そこで李文の次に武勇と指揮に優れる王国に兵百をつけて隴西に送り込んだのだった。
「なんにせよ、貴殿ならば心強い」
王国はひとしきり董卓の隊を見渡した。
「どれもこれも人並み以上の才の持ち主だな。そして、それを司る貴殿が一等強い輝きを持っている」
「しかし、実戦経験が不足しております。ぜひ鍛練を願います」
「無論だ。しごいてやるぞ」
隊の若者たちが不穏な会話を聞いて顔をひきつらせていることに董卓は気付いていた。
湟中義従は羌族や賊どもとの戦いに慣れている。
その経験を分けてもらう好機を逃すわけはない。
そして、張済の伝手をたどり漢人の歩兵五十が参加してきた。
「姜旦叔燕と申します」
「お越しいただき感謝します」
漢陽郡冀県の姜家から姜旦が馳せ参じてくれた。
姜家といえば家長の姜常に世話になったことがある。
その時は、武威郡の張烈翁の紹介であった。
今回も張済を介した。
どうやら、各郡の名家には深い繋がりがあるらしい、と董卓は気付いていた。
それはともかく、姜家も異民族討伐に兵を何度も供しているバリバリの武の家柄だ。
頼りになることは間違いない。
「父上から董仲潁様によろしくと承っております」
「姜常殿はお元気でしょうか」
「ええ、意気軒昂でありまする」
「それは重畳」
姜旦は姜常の三男であるらしい。
武家の三男というのは家の部将となるべく育てられるから、幼いころより戦地に投入される。
そのため猛将になりやすい、と董卓は聞いたことがあった。
この礼儀正しい若者もそうなのだろうか。
ともかく、董卓の部隊は体裁を整えた。
今までの羌騎馬兵百五十、張家兵百、徴募兵五十に加え、王国兵百、姜家兵五十、投降鮮卑兵五十、合計五百を揃えることができた。
その足でもって董卓は再度、太守孫羌のもとへ出向いた。
引き連れた兵らを見て、孫羌は満足そうに笑った。




