四十、率いる者
眠りは時に懐かしい記憶を夢のうちに再現する。
彼の場合は、あの山中にある巨大な海のごとき湖の波打ち際と優しく吹いてくる涼風であり、もはや誰にも呼ばれることのない名前だ。
その思い出はもう見ることも叶わないものゆえに、夢の中で見えた時に、彼はそれが夢だとわかっていた。
普段なら夢が夢だとわかっていたら、すぐに目覚めが訪れるものだが、その時はゆらゆらと夢の中の波を彼は楽しんでいた。
それは、もう十年来の付き合いになる愛馬の烏騅が主を安心させようとする歩き方ゆえかもしれない。
頭の良いこの馬は何かあればその身で教えてくれる。
丁度、今のように。
烏騅の動きに彼は瞬時に目覚めた。
ふるふると不快にならないような震えで烏騅は異変を知らせる。
それは時に人間の目よりも確かだ。
バチリと開いた目が遠くの砂塵を捉えたのと同時に、横からの声。
「兄上!前方に敵影!」
報告に間髪入れずに命令を下す。
「李傕、郭汜!行けッ!」
若者二人、応ッ!と答えて前に出た。
長い髪を束ねて、風に翻す険しい顔立ちの若者が李傕だ。
短髪で穏和そうな顔つきながら闘争心をあらわに駆けるのが郭汜。
どちらも金城郡出身の若者で、純粋な漢民族とは言い難い出自らしい。
故郷を出て隴西で腐っていたところに徴募があり、それに応じたのだそうだ。
「叔父貴、俺も出撃させてくれよ。なんであの二人なんだ」
と文句を言ってきたのは樊稠だ。
金城郡で暮らす羌の当煎氏族の豪帥、樊隗邑の息子である。
昔は可愛い子供だったが、年を経るにつれて羌人らしい剛毅さを持つ青年になっていた。
今は、当煎の村を出てこの隴西に来ている。
「兄上には兄上のお考えがある。お前はお前の役目を全うしろ」
と樊稠をさとしたのは弟の董旻だ。
よく気がつき隊の副官として補助にいそしんでいる。
そう、隊だ。
董卓率いる三百人ほどの隊である。
羌族の騎兵隊が百五十。
張済が武威郡から連れてきた張家の武人が百。
そして、董卓が徴募した近隣の若者が五十人。
けして軍と呼べるものではないが、董卓個人の私兵として考えると充分な数である。
李文の推薦を受けて隴西郡の役人となってから数年、董卓は頭角をあらわしつつあった。
主に武功で、だ。
羌族の大連合侵攻の構想を拒否された忍氏族の迅と王帥となったティナは次善の策として、涼州各地に不定期襲撃戦を仕掛けてきていた。
その対応に涼州は大変苦心することになった。
特に三年前から襲撃はひどくなり、毎年大規模な侵攻が行われている。
また、会合に参加した氏族の中からも忍氏族に同調し決起した者も現れた。
例えば零吾氏族の犀楽も忍氏族に呼応し、三輔地方に侵略したが中郎将の皇甫規によって討たれた。
漢帝国の側もただ手をこまねいていたわけではない。
梁冀によって隠遁を余儀なくされていた武将が、再び陽の目を浴びることになったのだ。
梁冀の死のすぐ後から、段熲、皇甫規、張奐が涼州や并州に出陣し、異民族との戦いをし始めた。
その流れの中で董卓も戦いに参加し、周囲から一目置かれるようになっていた。
今回の出陣はその一端である、鮮卑族の騎兵だ。
これは董卓と鮮卑の大人檀石槐との密約によって送り込まれる部隊である。
本来、鮮卑族の主戦場は并州である。
だが、かつて董卓が俺のところに攻めてこい、と言ったせいで檀石槐が送ってくるのである。
とはいえ、鮮卑も易々と主戦力を送るわけではなく、鮮卑の中で不祥事を起こした者や帰順したてで武功を求める者が送られてきている。
董卓はそれを察しながらも、自身の部隊の鍛練であるとでも言うように存分に打ち破ることにしていた。
見込みのある者は(そもそもそのような者はここに送られてはこないが)登用し、戦力拡充にも努めてはいる。
李傕と郭汜が敵を蹴散らしながらも、徐々に押されはじめているのを見て、董卓は張済と樊稠を呼んだ。
「張済は逃げてくる二人の隊の隙間から敵の騎馬を囲んで打ち倒せ。樊稠は後ろに回り込み、俺の隊と挟撃だ」
「了解だ」
「わかったぜ」
数年前に張家は当主の張烈を亡くした。
その後、ほとんどの張家の武人は張済と共に董卓に仕えることになった。
張済は彼らを率いながら、董卓の私兵の歩兵を統率している。
若いころの盗賊になったりしたような軽率さは無くなり、慎重さが身についていた。
董卓からの命令は、逃げてくる二人の隊の隙間から騎馬を囲んで打ち倒せ、だ。
どう考えても難しい。
そうこうするうちに李傕と郭汜が押されて逃げ出した。
勢いがあるし根性もあるがいかんせん経験が足りない。
そのため董卓は二人に危なくなったらすぐ逃げろ、と言ってある。
勇猛であっても死に急ぐ者はいらない。
そう董卓は思っているからだ。
逃げる二人の隙間から「突撃し包囲だ!」というかけ声が聞こえる。
槍を持った張家の武人たちが追ってきた鮮卑の騎兵たちの左右に迫る。
うろたえる騎兵たちに張済たちは槍を器用に使って襲いかかる。
前方の騎兵たちが馬から引きずりおろされるのを見て、後方にいる鮮卑人たちは怯んだ。
それはわずかな瞬間であったが樊稠率いる羌の騎兵にとっては充分な時間だった。
前方に注目していた鮮卑人に樊稠は襲いかかった。
「旻、俺たちも出るぞ」
「わかりました……!?……兄上!?」
董旻が出撃指示をする間に待ちきれずに董卓は烏騅を駆って飛び出した。
駆ける道筋が白い軌跡となって見える。
実戦を繰り返すことで董卓の“目”はさらに磨きがかかっていた。
あっという間に張済たちに襲われた鮮卑の前衛の合間を駆け抜け、樊稠に襲われている後衛に切り込んでいく。
背後では「兄上が無茶をしている!皆、続け、続け!」と董旻が叫ぶ声がしている。
それを可笑しく思いながら董卓は敵の首魁を探した。
伝え聞いた情報では檀石槐は三年前に并州の雁門関を越えて略奪している。
漢の内外を分ける雁門関は防衛の要地である。
そこを突破できる、という事実が鮮卑の今の脅威を現している。
そして、現在さらに大規模な侵攻を計画していると聞く。
そのため一兵でも損失は惜しいはずだ。
こんなところに送りこむのは、その選からすら漏れた、どうしようもない奴らに違いない。
あるいはかばい立てしきれない罪を犯したか。
ならば、どうしようもない無能の顔を探せばよい。
単騎で迫り来る青年を見て、鮮卑の騎兵を率いる南架宜は激しい恐怖を抱いた。
鮮卑の上役を切って、食糧と武具を奪った南架宜はその次の戦で負けた。
勝っていたら、その罪も不問にふされたかもしれない。
だが罪人かつ敗北者の南架宜は許されなかった。
最後の機会として隴西の董卓を倒せ、という命令が下された。
そいつが何者かなど南架宜は知らなかったが、そいつを倒せば許されるとあっては行かないわけにはいかなかった。
迫る騎馬武者がその董卓だとは知らなかったが、南架宜は対応しないわけにはいかない。
短弓に矢をつがえ、バッと放った。
腐っても騎馬民族の戦士である。
そのくらいの攻撃は考えずともできるのだ。
だが驚くべきことに騎馬武者はその矢を切り払った。
「な、なんなんだ!」
「それはこちらの台詞だ。鮮卑の者よ」
「俺は、俺は南架宜だ!鮮卑の戦士だ!」
「そうか。俺は董卓だ」
それが目的の名前だ、と南架宜が気付いた時には彼の首と胴は離ればなれになっていた。
一閃した董卓の剣が首を切り落としたのだ。
絶命した南架宜が馬上から落ちると鮮卑人たちは抵抗を止めた。




