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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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二十九、その夜。

 商人の劉甲りゅうこうは恐ろしい企てを聞いて震え上がった。


 洛陽の都に住まう大将軍、梁冀に対する反逆の計画である。


 劉甲は信心深いたちであった。

 というよりは、各地の風俗に根付く独自の信仰を知り、それを信じることが好きだった。

 その土地で祭り上げられているものに理解を示せば、その土地での商売もうまくいく、という経験にのっとったものではあったが。

 この田舎の涼州のさらに田舎である隴西郡で商売を始めようとして飛び付いたのが、蚩尤方だった。

 中華の枠組みから外れた信仰体系でありながら、語られるのは土地の習俗に根差した教訓であり、生活の知恵であった。

 こういうのが良い、と劉甲は喜んだ。

 こういった旅人が知り得ない習俗を教えてくれるというのは商売をするにあたって大きな優位性を持つ。

 いくばくかの貢ぎ物でそれを教えてくれるというのだから、得しかない。


 と思っていた。


 大擢良師孟高君という大仰な名前と裏腹に彼は素直な田舎の青年であった。

 年相応に都会への憧れ、出世欲がある若者だ。

 そこをどうやら教団に見込まれたようだ、と劉甲は判断していた。

 おそらく、操っているのは奥方であろう心悌女、及び蚩尤方の幹部たちだろう。


 その利用しよう、得しようという考えが甘かったと気付いたのは、迷ってたどり着いた真新しい建物から聞こえる声の意味を理解した時だった。


「各地に潜む蚩尤方四万の信者を決起させ、秦嶺山脈の前まで進軍する。途中の郡役所の兵力では抑えることができぬ大軍だ。また北から鮮卑、羌の大軍が攻め寄せることで漢軍の戦力を分散する。そうなれば洛陽から大将軍率いる官軍が来るはずなので山越えで疲れきったそやつらを一気に叩く」


 というようなことを言っていた。

 その声は紛れもなく、大擢良師のものだ。


 まずい、と劉甲は思った。

 実際に何人の信者がいるかは知らないが、間違いなく劉甲はその中に入っている。

 兵卒として、資金源として、そして道案内としてだ。


 劉甲は洛陽から長安の間、そして長安から涼州への道を熟知していた。

 それを教団が知っているかどうかは定かではないが、ほどなく知られ、そして彼らに使われることになるだろう。


 もちろん、良師の計画は穴だらけだ。

 涼州各地の太守の軍は精強だと聞いているし、羌や鮮卑がこちらの思う通りに動くはずはない。

 大将軍である梁冀自ら出陣してくるとは限らない。


 だが、計画の可能性は問題ではない。

 反乱の意志があることが問題なのだ。

 それが外に漏れれば劉甲も罪に問われてしまう。


 劉甲はそろそろと足音をたてずにその場を去った。

 そして蚩尤殿から離れると一目散に走り出した。

 隴西郡の郡都である狄道は遠い、ならば近くにある臨洮の城へ行き役所へ駆け込むしかない。


 それを見ていた蚩尤方の男たちは上手くいったと笑う。

 酔わせた董擢は数年かけて仕込み、己の考えだと思っている梁冀への反逆をペラペラと喋った。

 誘導した商人も静かに聞き、短慮で大騒ぎはしなかった。


 さあ、これから忙しくなるぞ、と蚩尤方の男たちは頷きあった。


 臨洮の城へ走っていた劉甲は、ばたりと倒れた。

 何かにつまづいたか、それとも足がもつれたか?

 それとも、蚩尤方の追っ手?

 気付かれていた?

 混乱の中立ち上がるとそこには黒ずくめの男たちがいた。


「悪いな。少し寝ててくれ」


 その声と首筋に痛みを感じ、劉甲は気を失った。


 その商人、劉甲が目を覚ますのは翌朝。

 全てが終わってからのことになる。



 気絶した商人を繁みに隠し、張済はシーエイを方を見た。


「奴らは仕掛けてきた。これからどうする?」

「手勢を二手に分ける」

「ふむ」

張済おまえと俺で、郡役人に化けて蚩尤殿に乗り込む」

「なるほど門は無理矢理突破するには高いしな」

「役人なら苦もなく入ることができるだろう」

「うむ。もう一手はどうするんだ?」

「そこはティナに任せる」

「私に、か?何をすればいいんだ」

「俺たちが騒ぎを起こす。おそらく人員はそこに集中するだろう。その隙にティナは蚩尤殿に忍び込み、火をつけろ」

「火か」

「ここは焼いた方がよい」


 そう言ったシーエイの顔がやけに冷たくて、ティナは怯んだ。


「どうしても、か?」

「ここにあった、俺の思い出はきれいさっぱり無くなっしまった。いや、奪われたのだ。蚩尤方に、忍氏族に……ならば俺も奪ってやる。やつらの目的、やりたいことを全て灰塵に沈めてやる」

「私は選択しなきゃないんだな」


 羌族として生きるなら、ここでシーエイを止めなければならない。

 そして、ここのことは無視して忍氏族の許に教えを乞う。

 後はシーエイのことを忘れ、零晶氏族の許として余生を過ごすのだ。


 だがそれを選ばなければ、シーエイの仲間あるいは妻として同族を襲うことになる。

 そして自由を得る。

 自由だ。

 やりたいことをなんでも、できる。

 しかし、それを選んだら羌では無くなる。


 それを選べ、と以前シーエイは言った。

 言い方はもっと柔らかく、選択肢がある、という感じではあったが。


「どうする?」

「私は……お前についていく。お前を選び、お前に選ばれたい」

「わかった」


 ホッとしたように、そして幾分嬉しげにシーエイは頷いた。


「隠密に優れた者を何人か、彼女につけよう」

「頼む」

「そこで、だ大将。あんたは決めなきゃならん」

「ん?」

「誰を助け、誰を殺すのか。それによって俺たちや彼女の安全性が変わる」


 張済もまたシーエイに決断を迫っている。


「本来なら。俺と忍氏族は敵対する筋合いにはない。だが、彼らのとった手段が俺と敵対するものだっただけだ。兄も兄嫁もそれに乗った。だからもし、二人が教団につくのなら……彼らを救おうとは思わない」


 ひゅっと張済は息をのんだ。

 彼の覚悟を知ったからだ。


「わかった」

「ただ、幼い甥だけはなんとかなればよい、とは思ってる」


 甥である董擢の息子、阿黄には罪はない。

 そこだけはシーエイにも人間らしさが残っていた。


「よし、もう少し待機しよう。その後は」


 もし、劉甲が臨洮の役所に注進し、それに役人が反応して調べに来るとしたら、もう少し時間がかかるだろう。


「奴らと対決だ」


 全員が頷いた。



 夜半。

 蚩尤殿の門が叩かれた。


「このような刻限にどなた様でしょうか?」


 異民族風の衣裳を脱ぎ、夜着になった案内の娘は門の外からの誰かに応答した。


「夜分にすまぬ。我らは臨洮の役人だ。この蚩尤殿なる建物、集団に反逆の嫌疑がかかっておる」

「は、反逆!?」

「落ち着け、我らも疑問を持ってな。代表の者、あるいは話ができるものを呼んでもらいたい」


 娘はちらりと覗き窓から外を見た。

 松明を片手に揃いの格好をした十人ほどの男性が整列していた。

 これはただ事ではないと娘は気づいた。


「は、はい。ただ今呼んで参ります。お待ち下さい!」


 そう言って娘は転がるように走っていった。


 こういう時は、名目上の代表の大擢良師こと董擢ではなく、蚩尤方の幹部に相談する、と決まっていた。

 大変なことになった、と娘は奥へと進んでいく。


 慌てる娘の様子を扉越しに確認し、張済はシーエイと頷きあった。

 役人の振りをして、殿内に入りそこから動く。

 既に事態は動いた。


 彼らの覚悟は決まっている。

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