表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
22/168

二十二、天意を信じ雷神に挑むこと

「俺が行こう」


 と、シーエイは前に出た。


「待て、むざむざとあんたをやらせはしない。俺が出る」


 張済がそれを止めようとする。


「いや、これは私の願いだ。私が相手をする」


 と、ティナも前に出る。

 その二人を押し止めて、シーエイは言った。


「俺の天意だ。俺にやらせろ」

「天意って……どういう意味だ」

「ここで臆すようでは天下に名を成すことなどできぬ、ということだ」

「言っている意味がわからん」


 強情なシーエイに張済は半ば呆れていた。


「仕方ない、こういう奴だ」


 ティナが九割がた呆れて、張済にそう言った。


 止める者がいなくなったシーエイは張済から槍を借り、張烈の前に立った。

 さきほどまで座っていた台は庭の端の方によけられ、張烈は物語に出てくる武将のように中央に立っていた。


「名を聞こう」

「董卓、字は仲潁。羌族の間ではシーエイで通っている」

「承知した。ではシーエイ、やるか」


 近付くほどに、張烈の武威が強く重く感じられた。

 その気配が突如、凝固したように感じられた。

 それをシーエイは回避する。

 見えなかったが、槍の突きが脇をかすめた。


「李文級、か」


 シーエイの知るなかで一番強い武人は湟中の李文か、先零の戦士長ガアカだ。

 漢の武人という枠組みで見れば、張烈に比されるのは李文となろう。


「ほう?李家の坊主を知っておるか」

「知り合いか?」

「あれは因習に縛られた家ゆえな。本人は才があるゆえに苦心しておったのを覚えておる」


 張家こそ、武への因果に縛られている気はするが、それを差し引いても李文の家の過去に対する因果は重いものだったのだろう。

 英雄としてもてはやされた李広と匈奴に寝返ったと言われたその子孫。

 その血を引く李文はどういう思いで、この涼州で生き、そして羌の地へ、湟中へ向かったのだろうか。


 そんな会話をしている間も、張烈の剛直な槍が唸るように突きだされていく。


 だがその穂先はシーエイをかすめることはない。


 見えている。


 それは視覚だけではない。

 張烈の年の割にしなやかな筋肉が駆動し、槍を繰り出す動作の音が。

 槍が空を切るような熱さと風が。

 鉄の匂いが。

 集中のあまり、いつの間にか噛んでいた口中の血の味が。


 五感の全てを動員して、シーエイは張烈を見ていたのだ。


 繰り出された槍を避けながら、反撃の機をうかがう。


「すごい。全部避けてる」


 ティナは感嘆した口ぶりで言う。

 だが、その横の張済は苦い顔だ。


「まずい。ご当主が本気になる」

「本気に?あれでまだ力を抑えているのか?」

「ああ。ご当主は槍を片手で繰り出しているだろう?本気になると両手持ちになるんだ」


 片手で槍を振り回す膂力とぶれることなく制御できる技量、それはそれでとんでもないことだが、それを両手持ちにするとなると無茶苦茶なことになる、と槍は不得手なティナでも理解できた。


「なかなかよく見える目を持っているようだ。なれば」


 張烈は右手だけで握っていた槍の柄を両手で持った。


「両手で」

「持った!」


「行くぞ」


 張烈は勢いよく踏み込んだ。

 風を切る、というよりは嵐を巻き起こすほどの踏み込みだ。

 “雷神”という二つ名の由来はおそらくこれなのであろう。

 雷と見間違うほどの突きを、初見で避けられる者などほとんどいない。


 その時、シーエイに起こっていた変化は嵐の雷を前にしてはいささか緩いものだった。

 何度も回避を繰り返すうちに、避けるのにちょうどいい位置がわかるようになってきていた。

 それは白いもやもやした点のようなもので、そこに向かって動けば槍の攻撃範囲から逃れることができた。

 無意識のうちに最適な回避場所を見極めることができてきていた。

 そして、張烈が両手で槍を持った時、その白い点が二つ出現した。

 一つはもやもやした“回避”の点。

 もう一つは空に浮かぶ、やけにはっきりした白い点だ。

 考えるまもなく、張烈は槍を繰り出してくる。

 シーエイは刹那の間に、選んだ。

 空に浮かぶ、はっきりとした白い点へ己の槍を繰り出した。


 バヂン!


 という衝突音と重さを感じた。


 シーエイの繰り出した槍が何かにぶつかった音だ。


 それは張烈の槍だ。

 張烈の槍の軌道上に割り込んだシーエイの槍が、攻撃を弾いたのだ。

 あまりにも最適な位置に繰り出されたために、完全に威力を打ち消され、あまつさえ隙まで見せていた。

 槍の素人であるシーエイはその隙を突くことはできなかった、としてもだ。


 張烈の顔に驚きと、そして興奮が半分ずつ浮かんだ。


 張烈は常人離れした膂力で槍を引き戻し、再度突きを放つ。

 それに対してシーエイに見えたのは三つの白点。

 一つは後方、おそらくは攻撃を回避し、張烈の間合いから外れる位置。

 もう一つは槍の穂先の直線上、また攻撃を弾くことができる位置だろう。

 最後の一つは、張烈の真ん前。

 危険だが、攻撃をかわし相手に打撃を与えられる位置だ。


 張烈の攻撃の隙間である一瞬。

 今、この瞬間だけが次の行動を選べる猶予だ。


 最初の位置、つまり攻撃を回避する行動は一番安全だろう。

 だがそれは、攻撃の機会を一度失うということでもある。


 二番目の位置は相手の攻撃を遮り、こちらから仕掛ける起点となる。

 だが、一度それをやっていて張烈が対策を仕掛けていたら無駄になる。

 どころか、こちらに大きな隙をつくることになりかねない。


 最後の位置は、どうみても危険。

 相手の間合いの中に入っていくなど正気ではない。

 しかし、だからこそ逆転の好機となるはずだ。


 臆病、停滞、果敢。


 どれかを選ぶとするなら、俺は果敢でありたい。


 シーエイは決め、そして動いた。


 踏み込むは最後の位置。

 張烈の間合いの内。


「果敢!」

「なんと!?」


 あまりにも想定外のシーエイの動きに、張烈はわずかに迷った。

 その隙とも言えない緩みを、シーエイは見逃さなかった。

 踏み込んだまま、槍の石突きを跳ねあげ張烈の顎を殴打!


 わずかに張烈は回避、本能的なそれは、しかし完全に避けきることはできなかった。

 顎先をかすめたシーエイの槍によって、張烈の脳は揺れた。

 どんなに鍛えていても、頭の中までは鍛えられない。


 ぐらり、と張烈は揺らいだ。

 が、倒れるまで行かない。

 片膝を付き、安定を取る。

 右手で槍を握り直し、立ち上がろうてした張烈の目の前に鈍い輝きが見えた。


「詰みだ」


 それはシーエイの槍の穂先であった。

 これ以上動けば突き刺す、という意思を乗せた槍だ。


「ほっ!互角じゃな」

「何?」


 張烈の左手には短剣が握られ、シーエイの腹の真ん前に突きだされていた。

 シーエイの“目”が導きだした白い点は、どうやらシーエイ自身が知り得た情報のみで判断されているようだった。

 つまり、張烈が短剣を隠し持っているだとか、それを見えないように繰り出すとか、という情報を知っていなければ対処のための白い点は見えないのだろう。

 腹の真ん前に突きだされるまで。


 頼りきるのも危険、ということか。


 それにしても、とシーエイは目の前の老人を見る。

 不敵な笑みを浮かべている。


「詰めを突き詰めると打てる手はいくつか増える。そこからさらに突き詰めることで、組み立て方は幾重にも広がるぞ。よく覚え、考えることじゃ」


 そう言いながら、張烈は短剣をしまった。


「ご教示感謝いたします」


 シーエイも槍を引く。


 もし、これが殺しあいならば。

 張烈の短剣を避けるか、弾くか、こちらが退くか。

 勝つために取る手段はいくつか思い付く。


 まあ、今はここまでだ。

 老人からも殺気は失せたし、こちらも集中が途切れた。


 なんとか互角か。

 そう思うシーエイが顔はなんとなく明るかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ