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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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十八、夜に語る

「俺は……自分の道に自信が無いから、少しでも良い道を選びたい、のだろうな」


 シーエイは己のことをそう分析した。

 それに対して、ティナは酔いも覚めたような声でこう言う。


「私は、目の前のことしか見えないし、考えなかった。考えられなかった。いや、考えようとしなかったんだ」

「いや、俺が考えすぎなのだ」

「漢に移された羌の人たちがどうなっているかなど考えもせず、自分のことばかりで」

「ティナ……」

「父も母も、みんな私たちを逃がすために死んだのに……」


 ティナの中にある後悔がそれだった。

 十年前の、護羌校尉である趙沖ちょうちゅうの起こした三万人にも及ぶ羌人の移住。

 逆らった羌人は漢の軍隊によって鎮圧された。

 焼何ショウカという氏族は滅亡寸前まで追い詰められたという。

 鎮圧の対象の中に焼当ショウトウ氏族もいた。

 羌の始祖である無弋爰剣むよくえんけんの直系の氏族は、その血ゆえに羌を守ることを是とした。

 たとえ、それで氏族が絶えても。

 幼い姉妹だけを逃がして、漢に立ち向かった氏族はどうなったのか。

 ティナの口振りだと、大勢が亡くなったようだが。


 ティナの中にある復讐心は、しかし果たされることはない。

 その趙沖もまた羌の伏兵に襲われ亡くなっている。


 そんなことをポツリポツリと話している二人。


「漢人は恐れているのだ」

「何を恐れることがある。大陸で最も巨大で力のある国が、羌を恐れることなどないだろう」

「確かに漢は巨大だ。だがな、その周囲には異民族が取り囲んでいる」


 今はほとんど勢力を落としているが、かつては高祖劉邦でさえ敗れた匈奴キョウド

 匈奴の版図をいまや制圧しつつある壇石槐率いる鮮卑センピ

 鮮卑と同族の烏丸ウガン

 東には高句麗コウクリ

 南には山越サンエツ

 西南に目を向ければ南蛮ナンバン

 これらに取り囲まれ、いつどこが乱を起こすかわからない。

 そもそも、最初の帝国“秦”や覇王を生んだ“楚”などの国も異民族とされた時代もある。


「いつ、どこから、なにが平穏を乱さんとするか恐れている、というのか?」

「そうだ。漢、というか中華はずっと大乱を繰り返してきた。中でさえそうなのだ。そこからさらに外から乱がやってきたら」


 伝説の時代はともかく、殷周の戦争、春秋戦国時代、楚漢戦争、漢帝国成立後も、宿将の粛清、呂一族の専横と討伐、呉楚七国の乱、王莽の簒奪、光武帝の即位と中華は休む間もない乱の世界だった。


「自分たちが乱を起こし続けているから、他所も乱を起こすはずだ、と考えているのか?」

「そうだな。その考えが正しいかもしれない」

「私たちが憎いわけではないのか……」

「初めはそうだったかもしれん。だが何事もなく和解するには中華と異民族は戦い過ぎた」

「哀しいことだな。それは」

「確かに哀しいことだ。だが国や民族同士が憎みあっていても、個人では好意を抱くこともできる」

「私とお前のように、か?」

「そうだ」

「私は漢は嫌いだ。漢人も嫌い。漢の兵士も嫌いだ。奪われたものを考えるとけして許すことはできない。たとえ零晶の許となったとしても」


 湟中で、シーエイはティナに言った。

 零晶の許となるのだから、それ以前のしがらみを忘れなければならない。

 そんなようなことをだ。

 それを噛み砕いて、飲み込んで、それでも得た結論ならば俺は彼女の答えを否定はしない。


「俺もか?」

「いや、シーエイは私にとって漢人じゃない。董卓なんて奴は知らない。今はそれでいい。それでいいと思う」

「そうか」

「私が考えて出した答えだ。笑うなら笑え」

「笑うものか。好きな女に認められて喜びこそすれ、な」

「酒は嫌いだな」

「そのわりには飲んでいたな」

「だって、本音を止めることができない」

「俺は酒は好きだな」

「そうなのか」

「本音を簡単に言うことができるからな」

「バカだな、お前は」


 その返しに思わずシーエイは笑った。

 そして、そんなティナを愛おしく思い、抱きしめた。

 ティナもそっと抱きしめ返した。



 宴が終わり、樊於紀と樊隗邑は二人で飲んでいた。

 父と子であり、先代と現在の当煎氏族の豪帥である。

 この村こそ小さく見えるが、実のところ同じような規模の氏族の村は金城の山中にいくつも存在する。

 豪帥である樊隗邑が号令すれば羌の兵五千はすぐに集まる。

 今のところ、漢人にはバレてはいない。

 それを束ねる豪帥である樊隗邑は笑みを浮かべていた。


「まずは父上、めでたいことですな」

「何がめでたいだ。こちらは肝が冷えたままだったぞ」

「あの二人が漢人の間喋ではないか、と警戒していたのでしょう?」

「そうだ。漢人と草原の羌の娘、などという妙な組み合わせで現れれば警戒もしよう」

「ははは。父上は細かい。わしは一発でそのような怪しいものではないとわかりましたぞ」

「何を根拠にそのような」

「わしの目は誤魔化せませぬ。漢の息がかかった小狡いものなら鼻にツーンと来ますのですよ」

「鼻なのか目なのかハッキリせい」

「あの青年は羌に近いですな」

「湟中から来たのだろう?」

「青年自体は涼州の出と言ってましたな」

「気に入ったのか?」

「ええ。稠をいずれ預けようと思います」


 樊於紀にとっては孫であり、次の当煎の豪帥にもなりえる樊稠を息子が董卓シーエイに預けると言った。

 そのことに老人は眉をひそめる。


「そこまでか?」

「父上には見えませぬか?あれは嵐ですぞ」

「全て巻き込んで薙ぎ倒していく、と?」

「中心は意外に無風だとか」

「まあよい。豪帥はお前だ。好きにすればよい」


 彼らの自己認識は“羌人”である。

 しかし、彼ら自身は涼州を出たことはない。

 羌の草原も、湟中も、青海湖も見たことはない。

 ゆえに、そこから来たティナとシーエイのことを羨ましく思っていたのだった。

 老人である樊於紀は羨みと妬みが半々、壮年である樊隗邑には羨ましさと憧れが半々だった。

 その感情の差が、それぞれの態度に現れている。

 まあ、羌人としての仲間意識が二人を歓迎するという気持ちになっているために、それは分かりづらいが。


 ともかく、当煎氏族はティナたちに協力することを決めた。



「神降ろし?」

「うん。羌の許の秘技らしい」

「それを忍氏族が伝えている、と?」


 寝物語にティナが話していたのは許の知識だ。

 祭儀のやり方、その意義。

 天候の予測と、その兆候。

 様々な薬草や、その調合。

 そういった羌の生活に欠かせないものを許の修行として、ティナは伝えられていた。

 もちろん、零晶の許もその知識を充分に持っていて、ティナにも伝えていた。

 しかし、それぞれの氏族ごとに得意なものがある。

 先零氏族は天候の読み解きと水場の探し方が得意だし、旅の途中で立ち寄った吾良ウーラオ氏族は羊の繁殖と葬儀が得意だった。


 その全てを砂が水を吸うように会得したティナは、羌の許として成長していた。


 そして、忍氏族である。

 古い羌の教えを伝える彼らが伝承しているのが“神降ろし”だという。


「でも、それが何をするのかはよくわからんのだ」

「神、を降ろす、か。そも神とはなんだ?」

「さあ?」


 お互いによくわからない話をしているのも、半分寝ているからだった。

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