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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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十七、金城にて当煎氏と出会うこと

 涼州金城郡は漢帝国と湟中周辺の羌の土地との境目である。

 漢人と羌人は文化を異とするが、けして両者が没交渉なわけではない。

 民間レベルでは交流はあるし、時には郡や州の使者が湟中に向かうこともある。

 それに涼州にも羌の大きな氏族はいるし、羌人と漢人の混血の者も多い。

 ゆえに涼州では比較的、羌族に対する関係は悪くない。


 そうでもなければ家が嫌になったシーエイが羌の土地へ逃げるなどということも考え付かなかったと思う。


 その金城の地を踏んだ時、不覚にもシーエイは帰ってきたとホッとした。

 逆に、ティナはそわそわと落ち着かない様子だ。

 生まれも育ちも漢の外、羌の草原の申し子たるティナにとって漢の地に足を踏み入れることなど想像の範囲外だったのだろうから。

 ティナの旅の目的であるシュイになるための修行には、許の指導者から教えを受ける必要がある。

 その最も古い、というか正統な指導者は湟中にいた、はずだった。

 しかし、湟中からその許を含む忍氏族は去っており、どうやら漢の中に移住した、という情報だけしか得ることができなかった。

 そのため、シーエイとティナはこの漢の国内、涼州金城郡にやってくることになったのだった。


「北宮伯玉殿の話では、金城郡の近くに当煎とうせん氏族が住んでいるらしい」


 この当煎氏族は後漢初期に伏波将軍として名を馳せた名将、馬援ばえんによって漢土に移住させられた羌の一氏族だ。

 いまだ羌の伝統を継いでいる氏族である。

 彼らなら湟中から消えた忍氏族の行方を知っているのではないか、ということだった。


「当煎氏族か。面識はないな」

「実を言えば俺も会ったことはない」


 どちらも若造で、ティナは草原から出たことのない生粋の羌人。

 シーエイは追い出されるように家を出たただの若者。


 漢に移住した羌の氏族とは接点がない。

 だが。


「会ってみねば始まらんだろう」

「お前のそういう思い切りがいいところ俺は好きだぞ」


 金城から北へ向かい、当煎の集落へと馬を走らせる。

 このあたりは山がちで草原を旅していた二人にはちょっと辛い旅路になった。

 青海湖や湟中のあたりは緑がいっぱいだったが、草木の薄い金城周辺は歩いていると気が滅入る。


「こんなところに羌人が住んでいるのか」


 衝撃ショックを受けたようにティナは呟いた。

 羌人は草原に住まう者という常識を持っていた彼女にとって、この山脈はとても人の住むところではない。


「ここから北へ行くと黄河の流れがある。そこには漢人が住んでいる。けして人の住めぬところではないぞ」

「そうなのか……まあ、水があれば人は住めるとは思うが」


 けどこの山の中ではなあ、と空を見上げてティナは言った。

 空の青さだけはここも草原も変わりはない。

 それだけは確かだ。


 当煎の村を見つけたのは数日後のことだ。

 山あいの盆地に潜むように村が作られている。

 村の周囲には盆地を埋めるように田畑が拡がっている。

 羌の伝統はあるが、ここに当煎は定住しているのだ。

 もう、自分とは違うものになっているのではないか、とティナは怖れた。


 村に入ると、零晶や先零で見慣れた飾り付けの木の家が並んでいた。

 家か、天幕かの違いこそあれ、その飾りに表れている考え方は紛れもなく羌のものだ。

 それを察して、ティナの恐れは緩和された。


「はるばる故郷から旅人とは珍しいこともある」


 出迎えてくれたのは真っ白な髭の老人である。

 漢人には己が村長ということにしておる、とその老人は言った。


「零晶から参りました。ティナと申します。これは護衛のシーエイ」

「シーエイです」

「わしは元当煎の豪帥、樊於紀はんおきじゃ。ようこそ、当煎の村へ」


 樊於紀に案内されるまま二人は村の奥にある村長の家へ向かった。

 木陰が多いこの村は夏になると過ごしやすいだろう、とシーエイは感じる。

 冬も木々に雪が遮られて、ひどく積もることもなさそうだ。


 この老人は息子に豪帥の地位を譲っている。

 羌族としての長は息子。

 対漢人には樊於紀が長として振る舞っているのだそうだ。


「なぜ、そんなことを?」

「漢人は羌族が嫌いゆえな。もし、どこかの羌族が蜂起すれば我ら当煎氏族も疑われる。その時に責任を取らされるのは村長だろう」

「未来ある若者を生かすために、ですか」

「そうだ。わしのような先が短い者よりも息子らを生かす方が氏族の将来に繋がると思うがゆえにな」


 異民族が自分たちに害を成した時、隣にいる異民族を疑うのはごくごく当然のことだ。

 その疑いが行動に移された時、なるべく若い者を残そうというのが樊於紀の考え方だ。

 儒の教えとはまったく反対だな、とシーエイは思った。

 儒教は目上の者を敬うという考え方だ。

 それは君主であり、父である。

 父を助けるために子が命を投げ出すのが当たり前なのだ。

 儒を規範として動く漢民族とは考え方が違うのだ。


 その当煎の豪帥は、樊於紀の息子である樊隗邑はんかいゆうだ。

 村長の家で出迎えてくれた樊隗邑とその子供、樊於紀にとっては孫にあたる樊稠はんちゅうと共に食卓を囲むことになった。


「草原からはるばる金城まで長い旅だったろう」


 樊隗邑の言葉に、シーエイとティナは旅を思い起こす。

 零晶を出て、先零氏族の天幕で豪帥の狼凱、戦士長のガアカと出会った。

 そこを出て西へ向かい、様々な氏族と交流し、湟中へ。

 そこでは鮮卑のならず者に追われ、李文率いる湟中義従に助けられた。

 湟中では豪帥の北宮伯玉、そして鮮卑の大人である壇石槐に出会った。

 その後は青海湖へ行き、漢土に入り、今だ。


 髭が顔中を覆ってもじゃもじゃの樊隗邑はその話を楽しげに聞くと酒をあおった。

 彼自身は漢の中で生まれ、漢風の名前を持っている。

 自身が羌人であることを疑ってはいない、だが漢人の要素も何割かはあるかもしれぬ。

 その子、樊稠にいたっては名前も漢人のものだし、もう少し成長すれば金城の町にある学問所に通わせることが決まっている。

 羌人を祖に持つとはいえ、漢が続くなら漢人として生きねばならない。

 それが漢土に移り住んだ者の定めだ。


 酒が入れば忍氏族のことを聞くどころではなく、皆が酔ってそれで終わりだった。


「私が思うより、ここは羌だった……けれど」

「思ったより漢だった、か?」


 床に敷物をひかれただけの寝床に転がって二人は、この当煎氏族について話し合っていた。


「シーエイにはどう見えた?」

「そうだな。零晶や先零などの羌に比べれば漢の人のようにも思える。ここの人々も意識的に漢人のように振る舞っているのだろう。だが」

「だが?」

「やはり、ここにいるのは羌だな」

「そうか!」


 嬉しそうにティナは言った。


「それゆえに、樊於紀殿の懸念は当たるのだろうな」

「シーエイ?」

「零晶の族長殿は十年を区切った。壇石槐は今にも漢を攻めんとしている。北宮伯玉殿もそうなれば行動を起こすだろう」

「そしたら」

「この当煎や諸氏族は羌の蜂起に呼応する可能性があるとして討伐の対象になろう」

「その気が無くても、か?」

「漢という国は異民族が嫌いだからな」

「その時、樊於紀殿は……」

「漢に降る、あるいは」

「あるいは?」

「それはその時にここの人々が決めることだ」

「……シーエイはいつも、そんなことを考えてるのか?それとも漢人はそうなのか?」


 こちらを見つめるティナの目にシーエイはなぜか心臓が跳ねるような、息が詰まるような気持ちになった。

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