表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
151/168

百五十一、陽城に潜む者ども

 陽人の戦いが起こる少し前。


 董卓もまた軍事行動を起こしていた。

 予州の潁川郡は、太守の李旻りびんが孫堅に同道し、敗北の末刑死したために太守不在となっていた。

 体制的には反董卓側であるために、董卓はこの地を攻略しようと軍を発した。


 とはいえ、董卓軍のほとんどは分散している。

 一族衆は長安に先発し、元の何進、何苗兄弟の兵は胡軫につけた。

 并州騎兵は呂布、古参の涼州兵は牛輔につけてせん城に駐屯している。

 段煨は華陰かいんに駐留している。


 洛陽の郊外の庭園である畢圭苑に駐屯していた董卓軍は徐栄隊、王方隊、楊定隊あわせて五千ほどである。

 董卓は徐栄隊を待機させ、王方と楊定ようていの隊を率いて出陣した。

 おおよそ二千五百である。


「とはいえ、それほど遠くを攻める必要もない」

「どういうことでしょうか?」


 今回の副将格である楊定が尋ねてきた。


 楊定、字を整修せいしゅう

 涼州北地郡の出である。

 胡軫と同郷であり、同じようにな縁で董卓軍に加わることになった。

 彼もまた董卓軍らしく、武将としての才が他のそれより勝っている。


「河南の南におる孫堅を脅かすために、潁川の北側を荒らすのが此度の目的だ」

「河南にいる孫堅を脅かすのに、潁川を荒らすのですか?」

「うむ。昨年、孫堅は自身の兵と袁術の兵、それに加えて潁川の太守の兵と共に攻めてきた」

「徐栄殿の神速の撃退の戦でございますね」

「そうだ。その時に潁川太守は捕らえられた。しかし残った潁川の兵は孫堅軍に取り込まれたのだ」

「ははあ、そこで我々が潁川を攻める姿勢を見せれば孫堅軍に加わった潁川の兵が動揺する、と?」

「そうなればよい、と思うてな」

「すうすれば、胡大督護は勝てましょうか?」

「猛将の華雄に呂布、これらをうまく使いこなせば、な」


 その呂布と胡軫の間に離間の計が仕掛けられていることを、董卓は知らなかった。


「して、潁川に深く攻めいることはない、とはどういうことでございますか?」

「太守がいない、といえどやはり潁川は漢帝国の名士が多く住まう場所だ。じゅん家、司馬しば家、かく家などが大きな力を持っている。また、ここは中原有数の生産力を持つ。そこで力を持つ者はやがて帝国の重臣となりまた大きな力を得る。……そのような輩を刺激するのは避けたいところよ」

「はあ。攻めるのにも制約があるのですな」

「そうだな」


 若い頃は何も考えずに目の前の敵を攻めていけばよかった。

 勝てば味方は喜び、上役は誉めてくれた。

 しかし、今はそうではない。

 勝っても敵を増やすばかりの戦もある。

 朝廷内をなんとか建て直そうとすれば反董卓連合などが作られる始末だ。

 誉めてくれる上役など居ようはずもない。

 董卓こそが中華の最も偉い人臣だからだ。


「ではどこを攻めますか」

「洛陽の東に緱氏こうしという城がある。その南から潁川郡に入り、その近くにある陽城ようじょうを攻める」

「陽城ですな」


 さして高速ともいえぬ行軍で董卓たちは潁川に入り、その陽城を目指した。

 正直言えばどこでも良かった。

 敵の勢力圏で、かつ自領に近く、有力者の領地でないところを選んだらそこになっただけであった。


 ゆえに、それは偶然なのだろう。


 予州潁川郡陽城。

 そこには黄巾党、いや太平道の残党が隠れ潜んでいた。

 黄巾の乱で多くの信者が命を落とした。

 のみならず、教祖である大賢良師張角をはじめ、教団幹部の大多数が戦場で、あるいは戦中に病で亡くなってしまう。

 黄巾の乱を終えて、太平道という教団は壊滅した。

 それでも各地でその残党は残っていた。

 それらはやがて戦闘に特化した集団になり群雄のいずれかに登用されたり、野盗化し討伐されたりした。


 しかし、そこにいた集団はそうならなかった。

 戦いを忌避した太平道の一派であった彼らは、逃亡生活の中で変容していった。

 教祖張角は失われた。

 ならば新たに信仰対象を祭り上げればよい。


 羌族の祭司シャーマンであるシュイの秘技に“神降ろし”というものがある。

 人智を超えた“神”を乗り移らせることで、その人物を神とする奥義である。


 太平道の秘術の中に同じようなものがあった。

 神仙を降ろすことで人を人ならざるものに変える。


 彼女はその被験者であり、唯一の成功例だった。

 陽城の太平道の信者たちはたくさんの孤児を集め、“神降ろし”を繰り返した。

 幼子の精神では降ろされる神に耐えきることはできない。

 大人でも難しい。

 それでも子供に神を降ろし続けたのは、神が定着したならばその子供こそ、新たな教祖となるからだ。

 子供こそ無意識に神性と繋がっている、と教団は考えたようだった。


 唯一である彼女は教団の象徴的な姓である“張”を授けられた。


 ちょう恒我こうが、それが彼女の名となった。


 降ろされた“神”は太陰が満ちた夜に神言をもたらした。

 要するに満月の夜に予言したのである。

 いわく“西から来た狼が天を食らう”、“狼を倒すために狗が徒党を組む、が餌をめぐって争いあう”、“狼が河のほとりを焼き尽くす”などだ。


 これらの神言はことごとく現実に対応した。

 西から来た董卓が天子を亡きものにした(献帝の兄である少帝は董卓によって幽閉され亡くなった)ことや、反董卓連合の結成と内部での抗争、そして洛陽の炎上などだ。


 自らが生み出した“神”に信者たちは深く深く崇拝を念を示した。


 そして、新たな年の二度めの満月の夜。

 彼女の体調が悪化した。

 これはきっと重大な神言が示されるのだ、と信者たちは期待を露にした。


 すっと立ち上がった“張恒我”はこう言った。


「狼、来たれり」


 神言を聞いた世話役の若者は、それを教団の幹部に伝えた。

 神言の解釈に若干の違いはあれど、今までの言葉と情勢を加味すれば答えは一つだ。


 狼とは董卓のこと。

 董卓がこの陽城を攻めにやってくるのだ。


 冷静に考えればそれはおかしい。

 董卓はけっして黄巾の残党を徹底的に根絶やしにするような人物ではない。

 ましてや、この陽城に黄巾残党が潜んでいることなど知りようもない。


 董卓の行動は、孫堅のことを脅かすために陽城を陽動代わりに攻めたこと。

 それもここを選んだのはなんとなく、だ。


 董卓のなんとなく、でさえ降ろされた神は読んでいたのだろうか。


 ともかく、陽が昇ったころ。

 董卓軍二千五百が陽城を襲撃した。


 抵抗などあろうはずもなかった。

 兵となるべき男たちは黄巾の乱から続く中原の戦いに駆り立てられていた。

 直近でも、潁川太守の命で反董卓連合に参加するために兵が集められたのだ。


 城門を閉ざして籠城せん、と考える者もなく董卓軍は乱入した。

 無人の野を行くがごとく、董卓は陽城の市街を蹂躙していった。

 見せつけるは恐怖。

 恐れこそ、人間が抱く感情で最も強いものの一つだ。

 そしてそれは伝播する。

 なるべく早く孫堅にここが襲われたことが伝わらなければならない。

 住人を殺しすぎずに逃がしてやらねばならない。

 恐怖した民が近隣に恐れを伝え、やがていずれかの諸侯に話が伝わるだろう。


 ひときわ立派な建物に董卓は目を止めた。


「これは……」


 元は県長の屋敷であったろうそこは、太平道残党の拠点と化していた。


 まったく形は違う。

 奉っているものも違う。


 だが、董卓はそれが似通っているものを知っていた。


 かつて董卓の故郷、涼州りょうしゅう隴西郡ろうせいぐん臨洮りんとうに建てられた神の社“蚩尤殿しゆうでん”のことを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ