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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百五十、乱世開闢

「そうか。負けたか」


 胡軫軍の陽人での敗北の報を聞いた董卓はポツリと呟く。


 ふぅっと董卓は息を吐いた。

 そして、ゆっくりと辺りを見回す。

 その視線が同じく報告を聞いていた徐栄の方を向いた。


「徐栄。全軍に出撃命令」

「は」


 徐栄は全身に気が張り詰めるような感覚を覚えた。

 胡軫たちは敗北した。

 だがそれは董卓軍の敗北ではない。

 洛陽に向かいつつある孫堅軍を撃破することで、勝利へと転ずるのだ。


「糧食も、兵装も一切合切、運び出せ」

「しかと!それで、どちらへの出陣でございましょうや。梁城より北にはめぼしい城はございませぬが、大谷関だいこくかんあたりに布陣いたしましょうか」


 大谷関は洛陽を守護する八つの関門のうち、南に置かれたものである。

 龍門山と嵩山の間の山間部に置かれた関門で、うまく守れば大軍の通過を阻害することができる。


 だが、徐栄の言に董卓は首を横に振った。


「向かうは西だ」

「西……ということは」

「長安へ向かう。長安こそ漢帝国の真なる都ゆえにな」

「撤退……ということでしょうか」

「ふふふ。俺としては前進のつもりなのだがな」


 どう言い繕うと、それは撤退であろう、と徐栄は思った。

 ただ一度の敗北で何を弱気になったのだ、とも。


 そんな徐栄の考えを悟ったか、董卓は立ち上がった。


「考え違いをするな。長安にて主上を推戴することはもともと決まっていたことだ。それを一年も待ちぼうけをくらい、しかも攻めてきたのは孫堅ただ一人。これ以上、反董卓連合に関わって朝政をないがしろにするわけにはいかぬのだ」

「しかし、それでも諸侯は殿を侮り、嘲るでしょう。殿の配下として、それは耐えがたきことです」

「……お前が信じる俺も、山東の諸侯の侮る俺も、しかし俺自身には何も関係はないのだ、徐栄。なんと言われようと俺には一切の変化はない」


 董卓は徐栄に近づき、その肩に手を置いた。


「殿……」

「軍略で言うならば、俺を侮ることで諸侯は主導権争いを加速させる。今でさえ袁紹と袁術に分かれて争っているのだ。やがてどちらかを滅ぼすまで戦い続けるだろう」

「その間、我らは何を?」

「皇帝を戴く以上、我らこそが漢帝国の正規軍だ。その大義をもって西涼、関中を平定する。そして漢中、巴蜀はしょくをも飲み込み軍容を整え、黄河と長江の二つの大河を下り中原を再統一するのだ」


 聞くだに雄大な大戦略に徐栄の胸は高鳴った。

 これより中原は間違いなく荒廃する。

 宦官と腐敗役人の搾取、黄巾の乱、そして此度の戦いによってぼろぼとなった中原で、さらに袁家の内乱が諸侯を巻き込み行われる。

 その結果、どちらが勝とうとも中原は限界まで搾り取られるだろう。

 人も物も、食糧も、何もかも。


 そうなった時、関中と巴蜀の豊富な物資を携えた漢帝国の軍が西から大河を降ってくるのだ。


「その時間を稼ぐために、今は退けと?」

「前進と言っておろうに」


 徐栄は時間を惜しむように外に出て、長安への出発準備を始めた。

 武将らもつられたように外に向かっていく。


 董卓は広い部屋に一人になった。

 そして自嘲の笑いをもらす。


「西涼、関中を平定し、巴蜀を吸収し、黄河と長江の二つの大河を降って中原を攻める……か」


 一体何年かかるのというのか。

 もはや董卓の寿命ですら間に合うかどうか定かではない。

 次の世代……。

 牛輔は勇に欠け、胡軫は武に欠け、華雄は慮に欠けたゆえに亡くなった。


 老いたな、と思うのはそれこそ老いたがゆえか。


 かつて不老不死を追い求めたという秦の始皇帝のことが今なら分かる。

 誰にも邪魔されぬ権力、意のままに動く精強な部下たち、これに若ささえあったなら。

 尽きぬ命と、老練たる思考と、そして燃え盛る若さが手に入るなら!

 どんな対価を払ってもよい、と思うのかもしれぬ。


 だが董卓はまだそこまで切羽詰まってはいない。

 夢想に逃げ込むのはいつでもできる。

 董卓はその時まで全力で董卓であり続ける。



 敗走してきた胡軫と呂布とできうる限りの敗残兵と合流し、董卓軍の全ては洛陽から退いていった。

 後には何も残らなかった。



 董卓軍の埋伏を警戒しつつも、孫堅軍は北上しついに洛陽へとたどり着いた。

 そこで孫堅が見たのは、かつての栄華が全て失われた廃墟であった。


「何も、何もないではないか」


 豪壮な宮殿も、どこまでも続く商店も、官庁街も、庭園も、何もかもがあの日の業火に飲まれ、灰と化した。

 入洛してから数刻以上、孫堅たちはかつての都をさまようように歩いた。

 孫堅軍の中には洛陽に住んでいたことのある者もいた。

 様々な思いが去来し、涙がとめどめなくあふれる者や、思い出の重さに動けなくなる者もいた。

 孫堅はそれらを咎めなかった。

 咎めようはずもない。


 孫堅もこの都にそれほど思い入れがあるわけではないが、それでも漢帝国の都である。

 象徴、あるいは憧れ?その感情の正体を簡単には認識はできない。


 しかし、それは消えた。

 反董卓連合軍?

 笑わせるのもいい加減にしろ、と孫堅は胸中で吐き捨てた。

 軍を興し、三公の命令を捏造してまで集った諸侯はついに何もしなかった。

 董卓を倒すこともせず、ただ洛陽が焼かれるのを見ていただけだ。


 孫堅はその灰の都で何を思ったのだろうか。

 彼は董卓によって荒らされた陵墓を修復したのだという。


 孫堅の漢帝国の忠臣という評価を確固たるものとした。


 だが。

 俗説では、孫堅はあるものを洛陽で手に入れたのだという。


 陵墓を直し、儀式を行った次の日の朝、井戸より五色の気が立ち上った。

 孫堅は井戸の中を探すと、そこに玉璽があったのだという。

 孫堅はそれを持ち帰った。


 数年後に孫堅の長子である孫策が、主君である袁術にそれを献上した。

 袁術はその玉璽の印をもって皇帝に即位し“ちゅう”王朝を開いた。


 その玉璽の出所が、この時だという証拠はない。

 しかし、他のどこで玉璽を入手できるかといえばこれもわからない。



 孫堅はその後、洛陽に留まらずに拠点としていた魯陽に帰還した。


 反董卓連合軍のいずれも、洛陽以西への進軍を行うことはなかった。

 董卓の予言どおりに連合軍は内紛を起こした。

 袁紹と袁術はさまざまな諸侯を、あるいは群雄を味方につけ、あるいは敵対し、中原は袁家の二人を中心に真っ二つに割れてしまったのである。

 その大乱の中で、さらに西を目指す者などいるはずもなかったのである。


 しかし、その中でも董卓の影響力はいまだ中原に残っている。

 洛陽の西、弘農郡には董卓軍の本隊ともいえる兵力が残っている。

 陝城に駐屯する牛輔隊、華陰には段煨隊がいる。

 彼らは河南尹で起こる反董卓の動きに反応し、これを討つ役目がある。

 さらに西へ向かう敵軍が現れた場合、二隊で連携して長安へ進む敵を翻弄し撃滅することも、想定される大きな仕事の一つであろう。


 ともかく、中華の情勢は大きく二つに別れた。

 長安付近での董卓とその周囲の動静と、洛陽を失った中原の支配を巡る諸侯群雄の争いである。


 乱世はまだ始まったばかりであった。

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