百四十八、雪網の罠に華雄落つ
一日目、呂布と華雄の波状攻撃で孫堅軍の陣容は大きく削り取られた。
第一層は瓦解し、第二層も半壊した。
第一層の残兵を取り込み、形ばかりの修復が成された第二層を前面に押し出しての二日目の開始となった。
第二層はそのまま朱治が率いることとなった。
孫堅は信頼する朱治にこう告げた。
「今日で敵に打撃を与え、明日の反撃に繋げる」
「どちらを狙うので?」
朱治の問いに孫堅は少しだけ思考した。
どちら、というのは打撃を与える敵のことだ。
その敵を討つ、のが孫堅の狙いである。
そして狙うべき敵将は二人だ。
華雄と呂布。
共に騎兵を率い、何度も攻撃を仕掛けてきた。
今日もそうするだろう。
同じ事をするのなら、罠に嵌めることは容易だ。
どちらが相手でも朱治と第三層、第四層の将らは確実に一人は倒せると確信している。
「華雄だ」
孫堅はそちらを選んだ。
もちろん、なんとなく選んだわけではない。
華雄は古参の将である。
孫堅の調べでは、董卓が洛陽から去った時以来の配下だったことがわかっている。
胡軫は黄巾の乱の前に董卓軍に入り、呂布はつい最近だ。
つまり、華雄こそが胡軫率いる軍の調整役であろう。
と孫堅は推測した。
そして、胡軫と呂布の二人には李粛を使った離間の計を仕掛けている。
二人をまとめている華雄がいなくなれば、胡軫と呂布の関係は悪化し、割れてしまう可能性が高い。
「わかりました」
朱治は頷き、配置に戻った。
かくして二日目の戦いが始まり、胡軫軍は(ほぼ独断だが)呂布隊を繰り出してきた。
昨日は、いくつも層を突破されている。
だがそのように奥まで押し込まれると、孫堅の策が成らなくなる。
そのため、朱治は敵騎兵の突破を防ぐべく、簡易ながら柵を設け急造の陣地を作り上げた。
攻めてきた呂布は馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らすと自ら先頭を駆けてきた。
柵の前に立ち、方天画戟を無造作に振り払うと木材を束ねただけの防柵を吹き飛ばした。
「俺に続けい!」
突撃をはかる呂布隊を朱治が押し止める。
「ここから進ませはせん!」
呂布と朱治の激戦はしばらく続き、やがて呂布が「飽いたわ」と呟き、退いていった。
「次が正念場だ。策を成功させるぞ」
と朱治は膝をつき、肩で息をしながら指示を出した。
「存外にしぶとい敵だ」
と呂布は華雄に伝えた。
「なれば私がこじ開けて参りましょう」
華雄は自信ありげに馬に飛び乗った。
騎兵による波状攻撃はどんな防御でも押し崩せると、華雄は信じている。
董卓率いる騎馬軍団はいつでも、どんな敵でもそうやって潰してきたのだ。
華雄隊はまっすぐに孫堅の陣に突っ込んでいった。
昨日の戦いでは堅牢ではあったが、破ることはできるという手応えを感じていた。
さきほど呂布隊が、散々に暴れまわったあとだ。
孫堅の喉元まで切っ先を突きつけてやろう。
そんな思いで華雄は突撃して、孫堅の防御を。
すり抜けた。
「な?」
あまりにも軽い。
抵抗などほとんど無かった。
続く部隊の騎兵が同じように戸惑いながら集まってくる。
ぞわぞわと背筋からおぞけが走った。
これは。
これは。
「罠だッ!」
そう叫ぶのと同時に馬から華雄は振り落とされた。
馬の前肢に何かが絡み付いているのが見えた。
白い何か。
それは白く塗られた縄だった。
それを孫堅軍の兵士たちが引っ張っているのが見える。
孫堅の故郷、楊州は海に面した土地だ。
魚を取る網がそこらにあった。
そこから孫堅は発想したのだ。
魚を取るように馬の足を絡めとることを。
季節が冬であり、雪の降っていることを期待し、白く塗ることでそれを隠そうと考えたのだ。
昨日、呂布が突撃してきた時はこの罠の近くまで押し込まれてしまった。
そのため、第一層を犠牲にしてそれ以上の攻撃を抑えた。
そして今日も、呂布を抑えきることで罠の発覚を防いだのだ。
華雄隊の攻撃をやり過ごし、白い網の中に誘い込み、一気に絡みとるために。
朱治と韓当はそれぞれの隊を鼓舞して馬から落ちた華雄隊を襲撃した。
落馬したことでほとんどの兵は動きがとれない。
華雄はなんとか立ち上がり、槍を構えた。
「おのれ、卑怯な!」
華雄は吼えた。
そこへ赤い頭巾の武人が跳ねるように向かってきた。
「祖大栄だ!俺の手柄となれッ」
華雄に攻撃を仕掛けた赤い頭巾の男は祖茂だ。
左右の手それぞれに刀を持ち、二刀流の使い手である。
昨年の梁城の戦いで、孫堅の身代わりとなり主を逃がした将であった。
そこで生き残った彼は第三層に配置され、今こうして華雄を倒さんとしている。
だが華雄もまた董卓軍きっての猛将であり、おいそれと倒されるものではなかった。
華雄は襲い来る祖茂の刀を左手を突きだして止めた。
腕当てこそしてあるが、祖茂の斬撃は鋭く、その刃は華雄の左手を切り落とした。
「取った!」
「甘いッ」
左手を切り落としたことで、祖茂はほんのわずか気を緩めた。
そこを見逃さず、華雄は槍を右手で繰り出した。
その槍は祖茂の胸を貫通して、その命を奪った。
しかし、そこまでだった。
同輩の命が奪われるのを見た孫堅軍の勇士が仇を討たんと殺到し、ついに華雄は討たれてしまった。
華雄隊の兵も、同じ運命をたどり全滅した。
孫堅軍の歓声は呂布の耳にも届いた。
敵将華雄討ち取ったり!というものだ。
「華雄殿が討たれた、だと?」
呂布は無意識に駆け出さんとした、がそれは止められた。
「行くのはならん」
呂布の攻撃を止めたのは、急いで自陣からやってきた胡軫でえる。
「胡軫……しかし、華雄殿が」
「行ってどうなる。華雄殿を討つほどの豪傑あるいは罠のようなものがあるやもしれぬ」
後者の方がありえるが、という胡軫の呟きは呂布には聞こえなかった。
「臆したか」
と呂布は言った。
胡軫の額に青筋が浮かぶ。
「臆すだと?この私がか?」
「華雄殿を討つほどの豪傑がいるならば、行ってそれを討ち、華雄殿の亡骸を取り返すのが武将であろう」
「貴様には大局が見えておらぬ。慎重と臆病は違うし、勇猛と無謀もまた違うのだ」
「お前は、俺と華雄殿が突撃していた間、何をしていたのだ」
「そもそも、突撃を私は許可しておらぬ。動かず守るが常道と申したはずだ」
「それが臆したということなのだ。敵と戦い、勝つことが本であろう」
「その猪のような考え方が、華雄殿を死に追いやったのだ。それがなぜわからん!?」
「……話にならん」
呂布は赤兎の手綱を掴む胡軫の手を払い、再び孫堅軍の方へ向かうような素振りを見せた。
「ならぬ、と申した。董卓様より与えられた大督護の権により、そなたらの突撃を禁じる。下がっておれ」
「下がれ、だと?この俺に?……よかろう。だが、後悔するなよ」
呂布隊はさっさと最前線から退いた。
胡軫はあらためて自分の兵を並べ、陽人の地を守るべく陣地を築こうとした。
そのころにはあたりの陽も落ち、二日目の戦いもこれで終いだ、と胡軫は判断した。
そこに李粛がやってきた。
「大督護様。呂布隊より、報告があります」
「報告だと?」
昼間に臆した、と嘲られたことを胡軫はまだ忘れていない。
どころか、いまだ腹の底からふつふつと汚泥のようにわき上がる怒りがある。
「は。孫堅軍の中より奇襲部隊が現れたのを確認したのでこれを迎撃せん、とのことです」
よく、奇襲部隊が出てきたのを見つけたものだ、と胡軫はふと思った。
それでも、怒りを鎮めるのには程遠い。
「ふむ。ならばやらせておけ。お得意の勇猛さで退けよ」
胡軫は一応、夜警を増やそうとだけ思った。
李粛の仕掛けた孫堅の離間計は最終段階をむかえていた。




