百四十四、大督護胡軫
董卓は洛陽が燃えた後も、長安に行かず洛陽の東にあり洛河の北に造営された畢圭苑に軍勢とともに駐屯していた。
この畢圭苑は、徐栄に敗れた孫堅の協力者である潁川太守李旻とその将張安が油で煮殺された場所でもある。
かつて霊帝によって造られたこの庭園は、簡素ながらも柵を設けられ陣地となっていた。
樹木や花は踏み荒らされ、霊帝が心砕いた景観も見るかげもなかった。
洛陽を奪還せんと、見かけ上は意気をあげている反董卓連合軍だったが、やはり董卓は戦巧者である。
曹操や孫堅といった先走って敗北するようなことにならぬようにしり込みする有り様だった。
そんなわけで、大規模な衝突は一年近く起きることはなかった。
曹操は楊州などで募兵を行い、孫堅は敗北した梁城の近くで敗残兵らを集め反撃の機を窺っていた。
軍事的に行動していたのはその二人くらいで、他の連合軍の諸将は相変わらず酸棗にいた。
集団がいれば、それは分裂していくのが世の常である。
連合軍も、二つの派閥へと次第に分かれ、表だって対立することはないが別行動をすることが多くなっていた。
その中心にいたのは、袁紹と袁術である。
何進大将軍の腹心として、宦官排斥に動き、また連合軍の盟主となった若き英傑である袁紹。
そして、名門袁家の正統後継者である袁術。
曹操は旧友である袁紹につき、孫堅は袁術の部将となった。
このように、董卓軍も連合軍も動かぬまま、時が過ぎていくのだった。
胡軫は字を文才と言う。
董卓軍の中では若い方であり、次代の指揮官候補という立場である。
入軍は黄巾の乱の前、董卓が河東太守であったころだ。
胡軫は涼州の北地郡の出身である。
父の胡秋は北地の雄将である成回の配下である。
この成回は、かつて親族の成就に名を使われたことがある。
若き董卓はその成就に気に入られ、出世の後押しをされた。
本物の成回と、董卓の間には面識はない。
しかし縁はある。
胡軫はその成回に弟子入りし、兵法や軍略を学んだ。
そして、涼州出身で太守になっている董卓にわずかな縁をつたって仕官することになったのだ。
それから七年近く、董卓軍の中で名を挙げていた。
武人というよりは指揮官としての才が大きかったようで、胡軫は董卓の入洛後に陳郡太守として経験を積まされることになった。
それは指揮官としての経験と為政者としての経験であろう。
軍事の後継者は牛輔であり、政治家としての後継者が胡軫であった。
董卓は権力の集中を避けていたのかもしれない。
自身が才覚と兵勢によってのしあがったゆえに、そして董家としての後継者がいないゆえに、軍事と政治の権力を分散した。
洛陽を焼いたことに是非はない。
涼州出身者はどちらかといえば古都長安の方が都としての親近感があり、洛陽はあまりにも遠すぎたのだ。
攻めてくるであろう反董卓連合軍への対処の方が重要であった。
董卓の駐屯する畢圭苑に呼び出されたのは、事態が停滞しつつある五月あたりのことである。
「胡文才、お呼びだしにより参上いたしました」
「うむ」
庭園であった場所には簡易の建物がいくつか建てられ、兵がそこで休んでいる。
一番立派な建物でも、洛陽の燃え尽きた宮殿に比べれば掘っ立て小屋とでもいう程度だが、董卓はそこに起居していた。
白髪が増えたな、と胡軫は思った。
この一年あまり、激動の日々だった。
かつての黄巾の乱などの戦乱は勝つことで解決した。
しかし、戦おうにも向こうに戦意がない現状、待機だけで神経をすり減らす。
いつ来るかわからない、というのは嫌なものだ。
胡軫でさえそうなのだ。
国家の重鎮として、双肩に責を負っている董卓の減らす神経はどれほどのものなのだろう。
「どのような御用でございますか?」
「現状は停滞しておる」
「その通りでございます」
「これを機に、軍を再編することとした」
「それはよいことか、と」
「この間、皇甫嵩がやってきた」
「長安にいたのでは?」
「ふふ、呼びつけたのだ」
皇甫嵩は韓遂らの反乱に際して、下向した。
その後、韓遂らの反撃に備えて、長安に駐屯していた。
董卓は皇甫嵩を呼びつけ、殺害するつもりであった。
なにしろ、皇甫嵩は董卓の軍の一部を預かっており、その軍権を取り戻せばさらに精強となることは間違いない。
それに皇甫嵩が反董卓連合軍に参加すれば、東西で挟撃される恐れもある。
しかし、皇甫嵩は素直に上洛し、逮捕投獄された。
皇甫嵩の息子である皇甫堅寿は急ぎ、上洛し父について弁明した。
そこで董卓と皇甫堅寿は意気投合し、皇甫嵩のことを許すことにした。
皇甫嵩は董卓に屈服し、御史中丞に任命され長安に戻った。
つまりこれで長安付近で董卓に逆らう者はいなくなったということになる。
後顧の憂いが無くなったことで、軍の再編に取り組む余裕ができたということだ。
「皇甫将軍が乱を起こす恐れがなければ息をつけますな」
「そもそもが乱を起こすことなどできぬよ」
「確かに」
皇甫嵩が立つという可能性はあった。
しかし、それは低いことを董卓は見抜いていた。
皇甫嵩が駐屯する長安の西。
涼州には韓遂、馬騰、宋建などが割拠しており、いつまた反旗を翻すかわからない。
それに備える皇甫嵩の役目ゆえに、彼は動けないはずなのだ。
「というわけで、だ。胡軫」
「は」
「そなたを河南方面軍の大督護に任じる」
「河南方面軍の?」
「そうだ。元々、俺が組織した董卓軍は牛輔に預け、陝城を拠点として弘農方面軍とする。また段煨の隊を増強し、華陰城に置き京兆尹方面軍とする」
「董卓軍を三つに分ける、と?」
「正確に言うと四つだ。長安にある元々の我が軍の兵も再度吸収する」
「皇甫将軍が預かっていた兵ですな?」
「それは長安にそのまま置き、俺の直衛とする」
「はあ、三つの軍団が各個に敵を撃破していき、それらは連携していくわけですな」
「そうだ。そうあらねばならぬ。敵は雑兵の寄せ集めに過ぎぬが、数はある。そして数はどうあっても力なのだ。数で劣る我らが優位に立つには速さが必要となる。この再編はそのためのものだ」
董卓の顔には苦悩のあとがあった。
この軍の再編は速さと連携で、大軍を倒すためのものだ。
しかし、それは敵に対応した形だ。
後手に回った、とも言う。
董卓の本来の構想とは違う形になってしまった、のかもしれない。
と胡軫は予想した。
「その再編案は同意いたします。しかし」
「しかし、お前の配下には猛将がいない」
「その通りです」
胡軫は成回の教えもあって並みの将以上の動きができる。
猛将並みの攻撃もできるし、知将並みの策略をたてることができる。
しかし、それは並みでしかない。
本物の猛将のような突破力はないし、本物の知将のような才覚はない。
どちらかの将がいれば、胡軫はそれを補うことができるだろう。
「騎督として呂布をつける」
「呂布殿を?」
主である丁原を裏切って寝返った男。
人中に呂布あり、と言われた猛将。
先の王匡との戦いでは抜群の功績をあげた将。
「不足か?」
「いえ、そんなことは」
「ならば、そうだな。華雄もつけるか」
「華雄も!?」
華雄は董卓の直属の護衛である。
大きな戦いで活躍することはないが、彼の持つ武将としての才覚は目をみはるものがある。
彼もまた次世代の指揮官候補であろう。
そういうならば呂布もそうだ。
つまり、この河南方面軍は次世代の董卓軍の雛型ということだ。
それを率いることになるのは胡軫。
その期待が重圧となって肩にのしかかるのを胡軫は感じたが、それよりも己が采配を振るう機会を得たことに充実感を得ていたのだった。




