十四、宴の話、鮮卑の父子
「焼当氏族は羌の始祖、無弋爰剣の直系の氏族だ。その求心力は凄まじく、おそらく忍氏族など無弋爰剣系列の羌の諸氏族は呼応するだろう。控えめに言って万単位の兵が集まるだろうな」
「私にそんなことができるのか?」
「旗印になるにはそれ相応の力量と知識が必要となる。それが無ければただの傀儡で終わるだろうな」
「人がちょっとだけいい気分になってるのに水を差すな」
本当にそこまで集まるか、はともかく鮮卑の騎手たちはそう思っていた、あるいは思い込まされていたのは確かだ。
「そういった利用価値が高い人物を捕らえ、献上すれば失態を帳消しにできると思ったのだろう」
「ふうん……まあ、私が狙われた理由はわかった。けれど壇石槐の正体がわかった理由はわからないぞ?」
「それは今から説明する。やらかした鮮卑の一隊が湟中方面へ向かったことでそいつらの主は焦った」
「壇石槐のことだろう?」
「人のことをこれだのこいつだの、ひどい言い方だね」
「君が非友好的に話を進めたからだね」
壇石槐と北宮伯玉が酒を酌み交わしながら、シーエイとティナのやり取りを見ている。
「羌の重要人物が手に入るのはまあ良しとしよう。しかし、湟中で騒ぎを起こされるわけにはいかなかった」
「湟中で……?」
「そうだ。もし鮮卑の奴らがこの湟中で暴れて同盟者の領地に被害を及ぼしたら、まずいことになる」
「湟中に鮮卑族の同盟者がいるのか?」
「ああ。羌の豪帥と鮮卑の大人が仲良く酒を酌み交わしているだろう?」
そう言われて、ティナは北宮伯玉と壇石槐を見た。
仲良く酒を酌み交わしている。
そう言われればそう見える。
「鮮卑と湟中の羌人が手を組んでいる、というのか!」
「零晶の族長が言っていただろ?鮮卑の大人が羌の過激派と手を組んだ、と」
「過激派……だって、湟中は漢に服従している……はず?」
「確かにここには漢の官僚がいて、漢の軍隊がいる。しかし、その実態はどうだ?官僚の服を着ているのは羌の豪帥、その軍隊の中身は羌の騎馬隊だ。彼らは漢への服従を隠れ蓑に羌の戦力を着々と増やしているんだよ」
「まだ半ばだ。今すぐにこの雷のような大人と何かをするわけではないよ」
とシーエイの話を聞いて、北宮伯玉は言った。
シーエイの話を否定することはなく。
「実を言えば、壇石槐が鮮卑の大人だと完全に思っていたわけじゃない」
「え?だって、脅されるようなことを言われて、こいつの正体を言い切ったじゃないか?」
「さっき話したようなことがもやもやとしていてな。それがこいつの無駄に濃い情報を聞いたことで繋がったんだ。こいつが壇石槐だ、とな」
「覇業を潰す、とか言ってなかったか?」
「俺の嫌なことをつつかれて、それならやり返すまで、と」
「私なんか怒りで我を忘れていたのに、シーエイはそこまで考えていたのか」
「いや、怒りに我を忘れていたのは俺も同じだ。でなければあんなことは言わん」
「あんまり怒らせないほうがいい人物、だね」
「怒らせたのはお前だ」
「さて、改めて宴を始めましょう」
と李文が口を開いた。
自分の主人とその客人、そしてシーエイたちが対話している間の、間隙を見計らっていたのだろう。
私もやられました、と後に李文は言った。
どうやら相手の弱みをえぐって、その人物を見るということを壇石塊は繰り返しているらしい。
ちなみに李文は、先祖やその功績関連を責められたらしい。
「そうだね。言われればまだ始まっていなかった」
北宮伯玉は改めて宴の始まりを告げ、焼けた羊肉が追加され、酒もどんどん注がれた。
酸い酒と、塩が振られただけの焼き肉は相性が良く、すぐに喉は潤い、腹は満たされた。
これが漢人の宴なら詩を読み、麗人が舞うのだろうが、西方の草原ではひたすら飲み食い笑いあう。
それがシーエイには心地よかった。
隣で飲むティナも、主格の二人を警戒しつつも宴を楽しんでいた。
そう言えば半年近い旅だったが、ティナは夜は許の修行、旅中は野営で飲む余裕は無かった。
シーエイにしても、ティナにしても半年ぶりの酒ということになる。
久しぶりの酔うという感覚を、ティナは楽しんでいるようだった。
「楽しんでいるかな?」
シーエイの目の前に腰をおろしたのは壇石槐だ。
警戒したティナはさっとシーエイの後ろに隠れる。
「上手い肉と酒があれば楽しいに決まっている」
「ふふふ。警戒されているね」
「警戒されないと思っている方がおかしい」
「うむうむ、そうだね。僕の手下たちもそう言っている」
「手下にもあんなことをしているのか?」
「自分の全てを知られている、というのは恐怖と信頼をもたらす。その二つで縛られている兵は、強いよ」
「お前が生きている間は、そうだろうな」
「僕の人生だ。その後は、その後の者の仕事だ」
強い、と思った。
自分とそれほど年も変わらぬのに、既に壇石槐は一つの種族の長として力を持っている。
こっちは草原を放浪しているだけなのに。
だが、とシーエイはさらに思う。
俺が天に認められているのなら、この男を超えることはできる。
「……父を殺したと、聞いた」
「そうだな……不快か?不快だろうな。漢人は親への孝を大事にする、と聞いたことがある」
ほんのわずか、今まで自信に満ち溢れていた壇石槐の顔に陰りが差した。
「俺はそこまで儒というものを重んじてはいない」
李文がそれを聞いて、ほう、と言った。
儒の教え、儒教は孔子によって生み出された学問、あるいは宗教だ。
シーエイもそれほど詳しいわけではない。
仁義礼智信という徳性をもって、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の関係を維持する、というらしい。
この関係性の重要度の一番上が父子の関係だ。
なので、壇石槐の父殺しというのが儒の考えでは最も重い罪になる。
もちろん、それは漢人の捉え方だ。
羌や鮮卑では違うとは思う。
「鮮卑はまあそなたらから見れば野蛮だ。若者が尊ばれ老人は賤しまれる。腹をたてれば父や兄でも殺す。ゆえに最も勇壮にして壮健なものが大人となり、そんな荒々しい気性の者を制していかなければならない」
「腹がたてば父でも殺す、か?」
「僕の場合は違う」
そこで壇石槐が語ったのは意外な話だ。
壇石塊の父、投鹿候は同盟を組んでいた匈奴へ三年間援軍に行っていたという。
そして、その間に壇石槐は生まれた。
帰ってきた投鹿候は不義の子だと、幼い壇石塊を殺そうとした。
だが母親は、雷鳴に空を見上げると雹が口に入り子を成した、ゆえにこの子は非凡な力を持つ、と釈明した。
「まあ、不義の子だったのだろうな」
そう言った彼は寂しげだった。
投鹿候は許しはしなかったが、二人の命は見逃し、妻と離別した。
壇石槐は母親に連れられ、母親の生まれた部族で養われることになった。
やがて、彼は部族内で名を挙げ大人に推戴された。
そして、漢の辺境を攻撃するようになり、時には国境である雁門を越えて略奪することもあった。
そして、鮮卑の諸部族が彼に従属することになる。
その集まった各部族の代表者の中に投鹿候がいた。
「そこで、か?」
「ああ、君たちにやったように心の弱みをえぐった」
そして、激高した投鹿候は壇石槐に襲いかかり、護衛に斬られた。




