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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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十三、その名は壇石槐

「この二人は許の修行に来た零晶のティナとその護衛でございます」


 現れた若者に、李文は説明した。

 年の頃は二十になるかならないか。

 端正な顔立ちだが、頬に一筋入った傷跡がただの好青年で終わらぬ凄みをかもしだしている。

 着ているのは羌人と同じような胡服だが、貂か何かの襟巻きがついている。

 それだけで、この人物が位の高い人物だと予測できる。


 豪帥の北宮伯玉が同格の扱いをし、李文がへりくだる態度を取ることから羌の豪帥級の人物。

 そして、羌族から北宮伯玉はあまり好ましく思われてないことから、この若者は羌人ではない異民族の首長であるとシーエイは予測した。


「許の修行か。それは大変なことだな、励むが良い」

「あ、ありがとうございます……」


 応援されて、ティナは面食らった。

 さきほどの北宮伯玉への怒りのような気持ちも、毒気を抜かれたように消えてしまった。


「僕はね。それなりに人を見る目はあると思うんだが……何故漢人が羌の聖地とも言うべきこの湟中ツォンカに来ているのかな?」

「成り行き、ただそれだけです」

「成り行きで予州よしゅう潁川えいせん出身で今は涼州朧西住みの董家の次男坊がこんなとこまで来るのかい?」


 その時、ティナはシーエイを見ていた。

 得たいの知れない若者より、自分の道しるべになると言った彼の方がよほど信頼していたからだ。

 ティナはそこで今まで見たことのないほど暗く濁ったシーエイの顔を見てしまった。

 不用意に触れればこちらまで切れてしまいそうな鋭利な刃。

 そんな連想をした。


「どこでそれをなどと聞くまい。あんたなら迷いこんだ漢人の素性の一つや二つ、知っていても不思議ではないからな」

「全員を知っているわけじゃあない。ただ君は羌族の間で目立っていた」

「それ以上、俺のことを喋るな」

「喋ったらどうなるんだい?」

「お前の覇業を潰すために一生を賭けるぞ、壇石槐だんせきかい


 その名を聞いた時、ティナは背筋が凍るような寒気を感じた。


「だんせきかい……」


 名を反射的に呟いた時、ティナは旅のきっかけとなった零晶の族長の話を思い出した。


 奴らの大人たいじんの一人が圧倒的な実力を示して諸族を統一ようとしているのだよ。すでに鮮卑を半ば掌握し、それに加え匈奴の残党、烏丸族を糾合したようだ。そして羌族の過激派も呼応しようとしている。


「僕も有名になったものだ」

「あなたが壇石槐!?」

「はじめまして焼当の滇那ティナ

「貴様!」

「逃げた氏族が今でも大事かい?ならばなぜ復興しようとしない?零晶の族長との約束が、姉がそんなに大きいのかな」


 北宮伯玉との話で燃え上がり、くすぶっていたティナの怒りが再燃した。

 北宮伯玉は羌全体のために漢帝国に服従したが、この目の前の若者は違う。

 こちらを量るように見て、激高するような言葉を選んでいる。

 ならば乗せられてやろう。

 氏族はともかく、姉が、唯一の家族が己の足かせであるかのような言い種はとても許せるものじゃない。

 斬る。


 殺気を隠さずティナは腰の短刀の柄に手をかけた。


 斬られることはわかっているだろうに、壇石塊は薄い笑みを浮かべたままだ。

 その態度すら気に食わない。

 もう、斬って捨てよう。


 ティナが動こうとした瞬間。


 かちゃり、と何かが割れる音がした。

 ティナが一瞬気を逸らした刹那、シーエイがティナの手をとり動きを封じる。


「シー!」

投鹿候とうろくこう殿も怒らせて、斬られる直前に斬ったのかね」


 ティナの詰問の声にかぶせるように北宮伯玉がよく通る声で聞いた。

 その名に聞き覚えは無かったが、壇石塊の笑みが深くなったことで彼に関係する誰かだろう、と怒っているティナとは別の冷静なティナが予測する。


「投鹿候とは壇石槐の……一応父親だ」


 小声でシーエイはティナにそう言った。

 手はまだ離さない。


「どこでそんなことを覚えるんだ」

「零晶の族長殿に聞いた。知識は力だからな」

「そうか。私も一つ覚えたぞ、だから離せ」

「脈絡の無いことを言うな」

「もう斬る気はないから離せ」

「では力を抜け」


 ティナはシーエイを睨んで、そして手の力を抜いた。

 もう壇石槐を斬る気は無いと言葉と態度で示したのだ。

 そこでようやくシーエイは手を離した。


「痴話喧嘩は済んだかな」


 北宮伯玉は新しい器を用意し、そこに馬乳酒を注いだ。

 どうやらさきほどティナを止めるためにわざと器を落としたらしい。

 あれがなければ斬りかかっていた。


「ええ」


 と短くシーエイは答える。


「そうか。実はこの床下と天井裏に壇石槐殿の手下が潜んでいてね。斬りかかった瞬間に反撃される」


 そこで壇石槐は苦笑した。


「そこまで話しちゃうんだ」

「客人が安心して呑めないだろう?」

「僕の護衛なんだけどね」


「気付いていたか、シーエイ」

「なんとなくだがな。隠形に長けているのだろう」


 隠形もなにもティナにはわからなかった。

 激高して、相手を斬ることしか見えなかったのだ。


「シーエイ殿は合格。怒った顔が怖くていいね。ティナ殿はギリギリかな。許の修行をこなせば心を瞋恚しんにに塗りつぶされることはなくなるだろう。精進したまえよ」

「合格とはなんだ?」


 苛立たしげにティナは壇石槐の言葉の意味を問うた。


「僕の仲間になるのに相応しいか。隠しておきたい過去を暴かれた程度で僕を斬るところまで行くのか。それを見たかったんだ」

「悪趣味な」

「そうかな?友人なら共に馬で草原を駆けるだけ、だが仲間なら心の底まで知っておきたいだろう?」


 わかりあえない、とティナは思った。

 これは怪物だ、とも。

 相手を怒らせてその反応で判断するなど正気ではない。

 反撃の手段はあるらしいが命を駆けてまですることじゃない。


「ティナ。これを理解しようとするな。壇石槐これはそういうものだ」

「そういうもの?」

「そうだ。相手の感情を一言で動かす力を持っている。英雄と呼ぶべき人物、と言えば聞こえがいいがな」

「僕のことをわかってるんだ。……そう言えば君さあ、僕の名前を知っていたよね?名乗ったっけ?」


 これ呼ばわりされても特に怒ることなく壇石槐は話を続ける。

 その問いはティナも不思議に思っていたことだった。

 彼は名乗っていない、それは確かだったからだ。


「羌の聖地近くまで入り込んだ鮮卑の一隊。彼らがそこで狼藉を働かないようにこいつはここまでやってきた」

「鮮卑の?それはここに来る途中のあいつらのことか?」


 湟中への街道で襲いかかってきた鮮卑の騎手たち。

 そのことをティナは思い出した。


「うむ。あいつらはおそらく鮮卑の本隊で何かをやらかした部隊だと思う」

「やらかした?」

「内容まではわからんよ」

「大人に納める財貨の横領だよ」


 壇石槐が話に割り込んでくる。


「補足ありがとう。で、その失態を挽回するためにある人物が湟中に近づいていることを知り、拉致を図った」

「ある人物……私か?」


 ティナには思い当たる節があった。

 襲ってきた鮮卑たちは女は捕らえ、男は殺せと言っていた。

 普通に略奪するように聞こえる言葉だが、たった二人の旅人に使うには少し違和感があったのを覚えている。


「そうだ。説明するが怒るなよ」

「怒らない、と言ったはずだぞ」

「焼当の娘を捕らえ、献上すれば失態を帳消しにできるのではないか、と思った、のだろうな」


 私を捕らえれば失態を無くせる?

 ティナは疑問符だらけになった。

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