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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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十二、道しるべとなること

 ティナの旅の目的。

 それは一人前のシュイになるために、各地の羌の氏族から教えを学ぶこと。

 そして、その中で大きな割合を占めるのが羌族発祥の地である湟中にて、そこの許に教えを受けることだった。

 許になるためには避けて通れぬ場所、のはずだった。


 しかし。


「ここに許がいない、だと?」


 湟中到着後に李文の部下の王国おうこくという青年にそう聞かされ、ティナは困惑した顔をした。

 十代後半、シーエイよりもやや年齢が上だが厳つい風貌の、しかし真面目そうな王国は頷く。

 日中の鮮卑の騎手たちとの戦いにも参加した彼は、湟中義従を引き寄せたシーエイの度胸に感服しており、けして嘘を言うようなことはなかった。


「ええ。ここにいたニン氏族は十年ほど前にこの地を去ってしまったようなのです」


 羌族の嫡流といえる焼当ショウトウ氏より、さらに古くからある忍氏は羌の古い教えを伝えており、許の秘儀にも通じているとされる。

 湟中に住まうはずの彼らがいないとなると、ティナの旅は大きく目算がずれることになる。


「どうするシーエイ?」


 今まで、ティナは自分で答えを決めてきた。

 それは生まれた氏族から離れた時も、零晶に保護された時も、許になるのを承諾した時も、だ。

 しかし、彼女にとって大きな目的である許の大本の教えを受けることができなくなった時、ティナは目の前が真っ暗になった。

 そして、初めて他者にこれからを委ねたのだ。


 シーエイは懇願のような彼女の問いに答えず、王国に聞いた。


「彼らはどこに向かったか。わかりますか?」


 王国は頷く。


「彼らは涼州に行ったようです」


 かすかにシーエイは笑った。

 それは誰にも見られることはなかったが、確かに笑ったのだ。

 故郷である涼州の地に目的のものがある。

 捨てるように出てきた中華に、だ。

 自嘲、あるいは皮肉、そのいりまじった感情が彼に不意に笑いを浮かばせたのだった。


「ならば」


 とシーエイは笑みを消して、ティナを見た。

 そして。


「行くしかあるまい」


 と続けた。


「行くのか?中華の地に?」

「ああ。目的のものがそこにある以上、行くしかないだろう」

「そう、だな……」


 ティナの迷う声は当然だろう、とシーエイは思った。

 彼女は草原で生きるために許になるのだ。

 その道の中に中華に足を踏み入れるという選択肢はないはずだった。


「俺がお前の道になる」

「お前が……?」

「不安か?」

「不安、と言えば不安だが……だがどうせ道なき道なら、少しでも道しるべがあったほうがいい……頼るぞ」

「頼られよう」



「とはいえ、すぐに旅立つこともなかろう。ここが羌族発祥の地であることは間違いない。何か参考になることもあろう」


 と李文は言った。

 確かに、十年以上前にいなくなった忍氏族の足取りを追うのに急ぐこともない。

 ティナは急いていたが、シーエイが落ち着いているのを見ると焦るのを止めた。


「ならば逗留させてもらおう」

「うむ。我が主も貴殿に会いたがっているし、別の客人も来ている。皆で酒でも酌み交わせば良いだろう」

「ここの主……北宮伯玉様が?」

「先零の狼凱は羌の豪帥の中でも有名ゆえな」


 この旅のはじめに出会った先零氏族の豪帥である狼凱。

 シーエイを認め、そしてここ湟中に北宮伯玉と李文がいることを教えてくれた。

 逆に、李文の方でも狼凱を認識していたのは互いが羌族で名を知られた武人であるからか。

 李文と出会った今、もう一人の重要人物である北宮伯玉と出会うのは必然だ、とシーエイは思った。



 設けられた宴の席は、羌人の好む馬乳酒と焼いた羊の肉が並べられ肉の匂いと酸いような酒の匂いが混じりあっていた。

 猛烈に食欲を刺激するような空間だ。


 その滲むような空間の奥に若い男が一人座している。

 黒い布地に、襟元と袖が赤い服。

 それが官服だと気づいたのは、シーエイだけだった。

 羌の地で、羌風の宴を催す漢の官僚。


「お初にお目にかかります。北宮伯玉様」


 若い男は片方の眉を動かし、口元をわずかに開いた。

 どうやら、笑っているようだ。


「私も有名になったものだな」


 と若い男、いや北宮伯玉は彼なりの笑顔を浮かべたままそう言った。


「彼は先零の狼凱殿の知己ですから」

「ああ、あの怖い人」


 と北宮伯玉は馬乳酒をあおった。

 ゆったりとした雰囲気にいらだったようにティナが彼の前に立ち、口を開いた。


「なぜ、あなたは漢に寝返ったのか」


 ティナの言葉に、李文と王国の顔が青ざめる。

 北宮伯玉はそんな彼女を面白いもののように見た。


 確かにティナにとって、漢とは仇だろう。

 彼女の生まれた氏族は(おそらく)漢の手によって討たれ、移住させられた。

 彼女と姉だけは逃れ、やがて零晶にたどり着いた。


 同じ羌人である北宮伯玉が漢に従属する、というのが信じられない。

 そんな憤懣が口からあふれた。

 なんだかんだ言って直情的なのだ、とシーエイだけは微笑ましく思った。


「私はね。羌の遊牧の旅というのをしたことがない」

「……は?」

「幼いころから私はこの湟中の守り手として、旅をすることを許されなかったのでね。だから草原の掟のようなもの、羌族の気持ちなどはよくわからないのだよ」


 ごくりと馬乳酒を飲む。


「私たちの気持ちがわからないから、漢に降ったというのか!?」

「なら湟中が焼かれ、奪われてしまってもよかったと?」


 焼当のように、と言う北宮伯玉にティナは激高した。


 俺たちを襲ってきた鮮卑の奴らがティナを“焼当の娘”と言っていた。

 そして今、北宮伯玉に焼当という言葉を使われてティナは怒っている。

 ならば、ティナが焼当氏族出身だということは確定だろう。


「貴様!!」


 今にもつかみかかりそうなティナに足払いをかけ、シーエイは抱くようにこちらに引き寄せ、座らせた。

 ほう、と李文の目が細まる。


「シーエイ!」

「俺の挨拶の途中だ」

「しかし!」

「お前を怒らせようとしているのがわからないか?」

「は?」

「お前は零晶の許になる。ならばどこの氏族に生まれたとか、どこで育ったとかは関係ないだろう?零晶の許なのだから。北宮伯玉殿はお前の問いに答えつつ覚悟を試したんだ」

「実際のところ、漢の軍勢がこの湟中まで攻めるということは無いだろう。だが私がいなければ漢の役人がやってきて軍が駐屯し、いずれはここに羌の州牧が着任する。そしてここは漢土になる」


 北宮伯玉が漢に降らねばそうなっていたかもしれない。

 武力か、あるいは実効支配か、漢帝国としては金と手間がかからなければそれでいい。


「この地を羌のものとし続けるために漢の衣をまとった、と」

「漢の衣、か。さすがに偽名で羌の地をさすらうだけの度量はあるな、シーエイ」


 認められた。

 名を呼ぶのはそういうことだ。

 北宮伯玉はシーエイのことを認めた。


「お前たちの難しい話はわからん。けれど私たちに起きたことを他の者らにさせぬために降ったというのはわかった」


 まだ怒りを溜め込んだままだろうが、ティナは言った。

 直情的なのに自制が効くというのもティナの長所であろう、とシーエイは思った。

 また同時に短所でもある、とも。


「ではそろそろ酒を飲もうではありませんか。肉も冷めます」


 と話を打ちきるように李文が杯を掲げた。

 確かにまだ宴は始まっていないのだ。


「その前に、僕にも彼らを紹介してくれないか?」


 宴の席に現れた若者が笑顔を浮かべながら、北宮伯玉と李文を、そしてシーエイとティナを見た。

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