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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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十一、湟中義従に助けられること

 湟中義従の部隊が近づいている(かもしれない)ことは匂いでわかった。

 羌人も、鮮卑人も布鎧や革鎧をつけることはあっても、鉄の鎧はつけない。

 その血にも似た鉄の匂いがシーエイの鼻に届いたのだ。


 あとは追撃を逃れつつ、湟中の方へ少しでも向かい、たまたまあった鏑矢でこちらに漢人がいることを報せる。

 十中八九ならぬ十中四五の策だった。

 天運を引き寄せるなどという愚かな策が成功したのは、本当にただ運が良かった、だけである。


 このような博打はもうしたくない、と思いつつもシーエイは片付きつつある湟中義従と鮮卑の戦いを見守った。


「まさか漢の軍に助けられるとはな」


 緊張がとけて、一気に恐怖が襲ってきたらしくティナは震えながらシーエイの横でそう言った。


「確かにあれは漢の軍という題目だが、実際は羌人の軍だ」


 シーエイはそう言う。


「そうだな。馬の扱い、武器、掛け声、みな羌のものだな」


 ティナの言うとおりだ。

 漢人と羌や鮮卑、匈奴では馬の扱いが違う。

 漢人にとって馬は誉れだ。

 地位と名誉の証である。

 ゆえに選ばれたものしか騎乗できない。

 個々の騎手の力量は高い、だが全員がそうはならない。

 対して、遊牧民族たちにとって馬は家族だ。

 広い草原の移動手段でもある。

 なので彼らは子供の頃から馬に慣れ親しみ、それに乗れて当然だと思っている。


 そうして見ると、湟中義従はまさに羌人の、草原の騎兵の集団だ。

 その戦い方は、まず遠距離攻撃で相手の陣に穴をあけ、騎馬の突撃で傷口を拡げ裂傷にする。

 それが“李”の旗をかかげた湟中義従の攻撃だった。


 さきほどの理屈で言うと、この“李”部隊の構成は両方の良いとこどりをしたものになっている。

 もし、この部隊を率いているあの騎馬武者が、以前話を聞いた“李文りぶん”であるなら、漢人、そしてその血筋ゆえの高い力量を持つ武人であろう。

 そして率いるのは羌人の騎兵たちだ。

 騎馬という強力な兵種の力を完全に引き出したこの部隊は、シーエイの予測どおりに鮮卑たちを蹴散らした。



 終わってみれば、湟中義従の圧倒的な勝利だった。


「あれらは鮮卑の主流ではないだろう。脱走兵の類いかと思うぞ」


 馬上から話しかけてきた鉄鎧の武者に、シーエイとティナは礼を言う。


「助けていただき、ありがとうございました」

「なに、骨笛の二度鳴るは鮮卑の突撃の合図ゆえな。手持ちの兵のみで急行したまで。それに、懐かしい嚆矢の音も聞こえたのでな」

「お名前をうかがえますか?」

「俺か?姓は、名はぶん、字は孟卿もうけいだ。とはいえ、漢を離れて十年以上たつ。この羌の地では意味の無い名乗りだな」


 やはり、彼が先零の豪帥である狼凱ろうがいが会ってみろと言っていた李文だ。


「噂は聞いております」

「どんな噂やら……まあ、よい。こんなところで立ち話もなんだ。湟中ツォンカに用があるのだろう?共に参ろうではないか」


 馬での湟中への道すがら、李文はこれまでの来歴を語った。

 秦帝国の将軍として活躍し、そして失敗した先祖“李信”。

 匈奴討伐の英雄にして、失敗した男“李広”。

 李広の孫にして、匈奴への裏切りを疑われた“李陵”。

 李陵の裏切りの疑惑は、武帝の猜疑心によって現実のものとなり、彼は匈奴に降った。

 そういう話だ。


 だが、朧西出身のシーエイは知っていた。

 武帝から裏切りを疑われた李陵の家族は、全員処刑されたことを。


 李文は本当に李陵の子孫なのか?


「私も匈奴に降った漢の将軍の話を聞いている。その男には匈奴の王女との間に子ができたが、その子が別の単于をたてようとして処刑された、と」


 ティナが噂で聞いていたらしき、匈奴の昔話をした。


「ふふふ。詳しいな。俺は確かに李信の、李広の、そして李陵の血を引く者だ。李陵が匈奴に降る前に生まれた子の、というしごく曖昧な血筋だがな」


 と、李文は笑う。


「己の血をそれほど誇っているようには聞こえません」

「そのとおりだ。俺は俺であり、この武も、兵法も己で磨き学んだものだ。だが、努力を認めさせるには時間がかかる」

「李広の血筋というのは」

「応よ。認めさせるには手段は選んでられん。それにこの方法なら無駄な血も流れん」

「血筋に意味は無いと?」

「そうだ。お前もそう思っているのだろう?」


 射抜くような視線に、シーエイはたじろぐ。

 そうだ。

 李文は漢を捨てた男だ。

 その名を、羌族の中で轟かせるために使っている。

 高名な先祖などシーエイにはいないし、いてもその名を利用しようなどと思ってはいないが、漢の外で名を挙げようとしているところは、李文とよく似ている、とも言える。


「お言葉ですが、孟卿様。こいつは阿呆です。けしてあなた様と同じとは思いません」


 ティナの言うことに、思わずシーエイも李文も彼女の方を見た。


「誰が阿呆だと?」

「阿呆が嫌なら馬鹿でもよい。己の名を挙げようとしてる奴が偽名を使ってるなどと意味のわからないことをしているんだ、阿呆とか馬鹿と言われても不思議ではないだろう?」

「た、確かに」


 ずっと呼ばれ続けていて慣れてしまっていたが、確かにシーエイというのは偽名だった。

 己の字から一文字、そして出身地の朧西から西の字をとり、シーエイだ。


「私にくらい教えてくれてもいいじゃないか」

「なんだ、偽名で羌の地を渡り歩いてるのか。くくく、面白い男だな、お前も」


 すねたようなティナと笑う李文。

 ティナには、いつか話すと約束し、シーエイは湟中へ馬を歩ませることに集中した。


「あれは難儀な男だ」


 先行していったシーエイの背中を見ながら李文は言った。


「難儀なのは最初からわかってる」

「と、言うと?」

「あの阿呆は、武器一つ持たずに羌の草原を歩き回っていた」

「は?」

「天意があるから死なんのだそうだ」

「はぁー、阿呆だな」

「だろう?」

「だが、何かなすのはそういう奴なのだろう」

「あんな阿呆に何がなせる、と?」

「さてな。俺の主に会えば何か動くやも知れんな」

「北宮伯玉殿、か」

「そうだ。羌から漢に鞍替えした豪帥、として有名な男だ」

「先零の豪帥は多分に好意的に話してくれたようだぞ」

「それを聞くと喜ぶやもな。なにせ我が主殿は友達が少ない」

「友など……」


 そもそも同年代の相手がいなかったティナには友人というものがどういうものか、わからない。

 一番年が近いのが姉のスイナ、その次がスイナの夫となったトゥウンである。

 旅に護衛として同行しているシーエイは友人というよりは……よくわからない。


「おっと、そうだな。俺もそうだが、なかなか気が合う者など見つからぬ。俺も主と一部の部下しか話したくなくなることはままある」


 さらっと指揮官としてどうなのか、という言葉を話した李文にティナは思わず笑ってしまった。


 話しは意外に弾み、湟中までの道のりはあっという間に過ぎ去った。


 戦闘があった場所から半日弱、日も暮れようとするころ。

 一行は湟中に到着した。


 羌族の始祖である無弋爰剣が居を構えた羌族発祥の地。

 だが、湟中義従の拠点らしき小さな砦がある以外は、特に栄えている様子もない。


「忍氏族が出ていってからは特に栄える要素もなかったゆえな」


 ここに元々住んでいた無弋爰剣の子孫である忍族は遊牧の民である羌族らしく、定住をよしとせずに旅立っていったらしい。


「だが、ここが湟中か」


 旅の大きな目的がかなったことにティナは満足そうに笑ったのだった。

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