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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百二十七、宦官大虐

 しかし。


 事態は董卓の予想とは外れてしまった。

 そんなことを予想できたものは誰もいなかっただろう。

 大将軍何進ころされたほうも、十常侍張譲ころしたほうも、誰も。


 八月。

 激化しつつある何進と宦官勢力の政争を収めるべく、何皇太后が動いた。

 兄である何進を宮中に呼び直接会談しようというのである。

 現皇帝の劉弁は何皇太后の息子、何進にとって甥に当たる。

 兄妹が外戚としてしっかりと権力を握り、国を動かすべき時なのに二人が対立しているのはまずい。

 何進からすれば、大将軍として黄巾の乱をはじめとした、いくつもの反乱を鎮圧してきたのは己の功績である。

 それに反発して、宦官らと手を組み権力を独占しようとしたのは妹の皇太后であろう。

 そのように腹の中では思っていたが、しかし二人の協力あってこその権力である。

 どこかで和解しなければならないのはわかっていたことだった。


 夏も終わり、秋の気配がしている。


 何進は宮中に入り、剣を預けた。

 帯剣したまま、宮中に入ることはできない。


 もう十年以上も通った場所である。

 どこになにがあるかわかっている。

 そして、これからは外戚としてどこになにを置くか、何進が決める時代となる。


「これは、大将軍。宮中に何用でしょうか?今日の公務はないはずでは」


 不意に暑気が消え失せ、冷たい風が吹いたように何進は感じた。

 目の前の宦官が、張譲ちょうじょうが喋ったとたんに、だ。


「中常侍には関わりのない話。足止めは無用」

「それは失礼をいたしました」


 張譲は油断ならぬ人物だ。

 先帝の時代から富と権力を蓄え続け、宮中の宦官勢力の頂点にいる。

 だが、もし皇太后との話がうまくいけばこのような奴らを一掃できる。

 権力を握るのは何進だけでよい。


 何進は張譲のすぐ横を通り抜けた。

 宦官は頭を下げたまま、何もする気配はない。


 ただ一言、呟いただけだ。


「皇太后との話は無駄に終わるでしょう」


 知っている!?


 何進は張譲が会談のことを知っていると悟り、後ろにいるはずの張譲の方を振り向いた。


「貴様……!?……」


 背中に衝撃を感じ、何進は張譲への問いかけができなくなった。

 言葉は喉の奥でごぼごぼという音に変わる。


「あなたは愚かです、何遂高。あなたが何をなそうとも宮廷は宦官わたしのものです」


 何進の意識は混濁する。

 背中の痛みから刺されたのだろう、ということはわかった。

 と同時に体中から熱が失せるように寒くなっていく。


「あなたが得るものはなく、ただ冷たい床の上で死にいくのみ」

「ちょうじょう……」


 愚かなのはお前だ。

 と汚泥に飲まれつつある思考で何進は思った。


 いかに位人臣を極めようと人は死ぬのだ。

 そのことを張譲は熟知していた。

 権力の座の端にしがみついていたころから、幾度も繰り返されてきたことだからだ。


 何世代にも渡って宮中を牛耳ってきた梁冀りょうきしかり、娘を桓帝に嫁がせた竇武とうぶしかりだ。

 彼らは大将軍となったが、その末路は罪を得て屋敷を包囲され自害に追い込まれたり、戦に敗れ自害したりした。

 その地位はけして磐石ではなく、張譲らが少しつついた程度で崩れ去るものなのだ。

 張譲はそう知っていた。


 それ以外を知らなかった。


 政争に敗れ死んだ外戚の人物は罪人とされた。

 その罪が生きてる間に付されたか、死んでから付されたかは問題ではない。

 罪を得て死んだ、ことが肝要だった。


 張譲は当たり前の手順を踏むようにそうした。

 何進の首をかかげ、反乱の罪ありと宣じた。

 部下の報復を恐れたか、すでに宦官側についていた少府の許相きょそうと太尉の樊陵はんりょうを使い都にある兵を掌握しようとまでした。

 最大の邪魔者がいなくなり、都の兵員を自由に使えるならば新たな皇帝の政治体制において宦官が絶対的な優位を得ることになるだろう。

 大将軍という武力的な後ろ楯を失った何皇太后に残されているのは皇帝の母であるということだけである。


 張譲は確信した。


 先帝に父とまでいわしめた張譲ならば、まだまだ子供の新帝を操ることなど造作もないことだ。

 これまでのように、これからも権力を握り続ける、と。


 張譲は知らなかった。

 何進が武官の間で絶対的に英雄視されていたことや、抜擢した武将らに慕われていたことを。



 何進が暗殺されたことを知った袁紹は立ち上がった。


 袁紹、字を本初と言う。

 董卓がかつて仕えた袁隗の兄、袁成の息子である。

 袁家の嫡流はまた別の兄弟、袁逢が継いでおり、袁紹は庶流になる。

 しかし、若いころより威厳のある風貌をしており、品行方正で感情をあまり発露しない人物であった。

 その才気は嫡流である従兄弟の袁術に勝ると周りから持て囃されていたが、叔父の袁隗に跡目の重要さ、家督争いの愚さを諭され、以後は落ち着いた性格となったという。


 後世のことを考慮すれば、怖い叔父に叱られたゆえ品行方正にしたというのが正しいのかもしれないが。


 ともあれ、才気煥発で品行方正な袁紹は大将軍何進に仕え、その幕僚となるべく励んだ。

 霊帝による西園八校尉の設立において、中心たる中軍校尉に任命されている。

 これはその才を皇帝にも知られていたということであり、皇帝が指揮権を持つ西園軍に何進の影響を及ぼすべく推薦されたということでもある。


 袁紹は大将軍府の名で各地の豪族に洛陽へ来ることを要請しており、このままいけば豪族連合を大将軍が統括し、その中心で袁紹が活躍するという将来があり得た。


 何進の死によって、その将来は霧散した。


 袁紹に残された道は二つだ。

 宦官に対抗すること、もしくは宦官に屈することだ。

 どちらにしても、袁紹は敗者だ。

 だから、袁紹はどちらでもない第三の道を強引に作り出した。


 何進によって袁紹は司隷校尉に任じられていた。

 これは洛陽周辺の兵を取りまとめ、警察権を行使できる役職だ。

 この役職を使い、袁紹は宦官らに掌握される前に兵を集めた。

 また、従兄弟の袁術は同じように虎賁中郎将に任じられおり、彼も兵を集めた。

 袁紹は、叔父の袁隗、黄巾の乱の英雄である盧植、何進の部下の呉匡らと計り、宮廷・・に侵攻した。


 そこは絶対不可侵の漢帝国の聖域である。


 有史以来、宮廷に兵をもって攻撃を仕掛けた者はいない。

 袁紹はそれをした。


 袁紹たちは宮廷にいた宦官を、手当たり次第に切り殺した。

 老若の区別なく、目についた宦官は全て殺された。

 宦官でなくても、髭の薄い者も間違えて殺された。

 男の官吏は下半身を露出し、宦官でないと主張する者もいた。


 そこには秩序はなく、暴力と死が吹き荒れるばかりだ。

 暗殺による死はかつてあった。

 事故による死も。

 裏側で見えなかった暴力もあった。

 だが、宮廷に今あるのはそれだけだった。

 鎧武者が駆け回り、武器も持たぬ宦官を斬っていく。


 袁術は呉匡と共に宮廷のさらに奥にある後宮へ踏み込み、何皇太后を確保した。


 袁紹は、袁隗と盧植と共に少府の許相を斬った。

 また、何進の弟の何苗も袁紹に協力し、十常侍の趙忠を斬り殺した。


 宦官の最高権力者である十常侍はほとんどが殺された。

 宦官と武官の対立は、こうして解消されることになった。



 だが、十常侍の最後の一人、張譲の姿は積み重ねられた亡骸の山からは見つからなかった。

 そして、皇帝劉弁とその弟の劉協もまた、宮廷から姿を消していたのだった。

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