百二十二、陳倉の戦い
陳倉城を囲むように布陣を開始した反乱軍の動きが止まった。
陳倉城の城壁には旗が掲げられている。
皇甫、董、それぞれの配下の武将たちの旗だ。
「やはり、籠城か」
王国は得心したように頷く。
「伏兵の可能性にも注意しておきましょう」
「うむ」
一度、こちらの仕掛けた埋伏策を無視された形の王国は、それもあった漢軍の伏兵を看破しようと斥候を出した。
その斥候は何組か出されたが、ほとんどが無事に戻ってきた。
一組だけ、城に近付き過ぎて矢で射られ、軽傷を負った。
それが唯一の被害である。
「これではっきりしたな」
と王国はほくそ笑む。
「とは?」
宋建が聞いた。
韓遂は黙ったままだ。
「漢軍の連携はできておらぬ」
「ほう?」
「皇甫嵩が劣化したのは確かで、そして指揮権を董卓から奪っておる」
「それは……なぜそうお考えに?」
「董卓なら必ず兵を伏せる」
「王将軍は董卓殿を存じておる、と?」
「うむ」
韓遂はちらりと王国を見た。
「今から二十年以上前のことよ。私は当時、湟中義従に属していた」
「ほう、湟中義従に」
宋建は目だけで韓遂を見た。
その湟中義従を滅ぼしたのは韓遂である。
韓遂の機嫌を損ねれば、どうなるかわかったものではない。
しかし、韓遂は王国の話を聞いているだけだ。
「その時、滇那という羌族の大物が数万の軍を率いて乱を起こした。董卓は郡太守に売り込み討伐軍に参加した。私は彼への援軍に加わり、共に戦ったのだ」
武威郡姑臧の戦い、張掖郡昭武城の夜戦、 張掖居延属国での決戦、と王国は董卓の武勇と知略について語った。
そういえば辺章殿の最後の戦で無事に撤退したのは董卓一人だったと宋建は思い出した。
ぞくり、と背が震えた。
王国はかつての友人と武略を決することに興奮しているが、それだけではすまないだろう。
というか、おかしいだろう?
二十代半ばで数万の兵を率いて決戦に勝った?
それも漢人と羌人、鮮卑人も加えた軍で?
美陽で客星が現れた時に逃走する仲間を討ったのは誰だった?
董卓だ。
ここ数十年の涼州の動乱に、なんらかの形でいつも彼は関わっていた。
韓遂の方を見ると、反乱軍の首魁は頷いた。
「王国殿、それではどう攻めますか?」
「包囲するという基本戦略は変わらん。力攻めすればこちらの被害の方が多くなろう。城を囲み、敵への補給を断つことで城は落ちる」
「もし、敵が城を出て決戦を挑んできたなら?」
「城という有利な拠点を出るとは思えぬが……まあ、追い詰められれば何をするかわからんな。その時は勇壮に決戦を挑むべし」
「わかりました」
張掖居延属国の戦いの時に、董卓は南楚の長弓で敵の指揮官を何人も狙撃した、と言っていたではないか。
もし、城に籠られて同じ事をされてはたまらぬ。
宋建はそう思い、韓遂と顔を見合わせた。
韓遂も似たようなことを思っていたようで、頷く。
敵を誘い出す。
そして、城の外で野戦だ。
宋建と韓遂は、王国には知らせずにそう決定した。
だが、その考えでもまだ足りなかった。
皇甫嵩は衰えておらず、むしろ今現在、最盛期を迎えていた。
全軍の指揮権を持っているのは予想通りであるが、それは董卓を押さえつけてのことではない。
そして、董卓の意見は何一つ汲まれなかった。
全ては皇甫嵩の戦略である。
この戦いの始まる前、皇甫嵩は言った。
涼州と右扶風の境界である隴関を開き、陳倉城の西で迎え撃つ。
けして、陳倉城に籠城するとは言っていない。
そう陳倉城の城壁に翻る旗や鎧をまとった人影は、全て人がいるように見せかける偽計であった。
皇甫嵩や董卓率いる漢軍は陳倉城の西側、反乱軍の背後に潜んでいた。
陳倉城方面にいくら斥候を出しても、伏兵など見つかるはずはない。
反乱軍が通ってきた後方にいたのだから。
反乱軍の仕掛けた埋伏策を気付かなかったように見せたことで、陳倉城に全軍が籠っていると見せかけたことで、隴関を無防備に開け放ったことで、皇甫嵩は敵の目を欺いた。
まさか城の外に全軍が埋伏していることなど想像もさせなかった。
反乱軍が布陣を終え、警戒しつつも夜営の支度をし始めた時。
皇甫嵩は静かに軍を動かした。
ゆっくりと降ろした手に押されるように漢軍が進みだした。
歩くような速度で、それはやがて駆け出し、疾走へと変わった。
勢いのついた軍は、武装もまばらな反乱軍へ衝突した。
衝突である。
全力疾走する馬が人にぶつかるように、漢軍は人をはね飛ばした。
反乱軍の後軍、王国隊がその餌食となった。
いくら精鋭でも、後方からの奇襲、勢いのついた攻撃に武器も持たずに応じられるはずはない。
次々と槍に突かれ、はね飛ばされ、踏みつけられていく。
王国の本陣も踏みつけられ、天幕は破れどこかに行ってしまった。
反乱軍の主導権を握らんとしていた王国は、その混乱の中にあった。
なんとか鎧をまとい、槍を持った王国は進み来る漢軍に見知った顔を見つけ叫んだ。
「董卓!」
董卓軍は後衛であったため、皇甫嵩本隊が過ぎ去ったあとを進んでいた。
そのために二人は再会できた。
「王国殿、か」
「何が起こったか、私にはわからん。しかし、お前を討ち我が名を史に刻まんッ!」
王国はわかっていた。
いくら兵を集め、戦略を練って、軍を進めたとしても、もう勝ちの目は無くなってしまったことを。
たった一手。
奇襲によって反乱軍は負けたのだ。
王国も、ここで戦死するか、捕まって刑死するのどちらかだ。
ならば生きて辱しめを受けるよりは、いくらかでも武を示し、その名を史書に残す方がよほどよい。
向かってくる王国の顔は、董卓の覚えているものとは違っていた。
二十年以上前の精悍な若武者の姿はなく、重ねたしがらみと嫉妬と妄執で歪んだ顔があるだけだった。
「笑止。生きてこそ、名は残る」
董卓は愛馬の月騅を駆けさせた。
抜いた刀ですれ違いざまに王国を斬った。
「董……た」
最後まで言い切ることなく王国は逝った。
「大将、王国殿は反乱軍の親玉の一人だ。武功になるが」
張済の言葉を遮り、董卓は馬を進めた。
「友人の首を武功にするほど窮してはおらん」
「……そうだな」
董卓軍の武将格の大半は、若い頃に王国の教練を受けたことがある。
董卓の言葉に李傕、郭汜といった古参の将は頷いた。
王国の生死は戦にほとんど影響を与えなかった。
皇甫嵩の本隊はそのまま韓遂と宋建の隊を飲み込んだ。
彼らは退くことはできなかった。
退くべき路は敵が向かってくるほうだけだったからだ。
後ろに下がっても、そこには敵の拠点である陳倉城がある。
そこで韓遂は気付いた。
退路は無い。
涼州へ向かう道は塞がっている。
隴西方面は漢軍本隊が、北地方面は董卓軍別動隊が。
唯一あるのは南にある武都郡を経由する道だが、そこへは河を渡らなければならない。
渭水だ。
渡る地点は限られている。
もし、それが前の戦の意趣返しだとしたら趣味が悪いが偶然だろう。
「宋建。退路は前だ」
「……無茶を言う」
王国の戦死、韓遂、宋建の脱出により、反乱軍は統制が取れなくなり、壊滅した。
このことにより、涼州を保持できなくなった反乱軍は、韓遂と宋建という二つの勢力に分かれた。
さらに韓遂の配下になっていた馬騰が兵を挙げ、反乱勢力の中で内乱が起き、強大な反乱軍はそれから二十年近く組織されることなく、涼州は漢帝国の版図に戻ったのだった。




