百十三、漢帝国を倒せぬ理由
漢軍、金城にて敗退の報告は実のところ、それほど問題にならなかった。
なぜなら、漢陽郡北部に進出した張温率いる漢軍の方が大敗を喫したからである。
辺章が再編し、増強した反乱軍によって分断され包囲された漢軍はそれぞれ多少の抵抗はしたものの敗れ敗走することになる。
董卓軍もまた、同じ状況になっていた。
望桓城を取り戻した後、漢軍の同時渡河時刻に合わせて董卓軍も渭水を越えた。
古来より河を軍勢が渡る時と渡った後が狙われやすい。
董卓もそれに備えていたが、襲撃は無かった。
雪解けの増水に、いくらか兵が流されたが大きな損害では無かった。
董卓軍は騎馬が多いため、馬が越えられる浅瀬であれば多少深くても問題はない。
辺章は全軍が河を渡り、渭水の北に漢軍がいる状態になってから攻撃を開始した。
河を背にして勝ちを得られるのは人外の将だけだ。
その点では、董卓もまだ人間の範疇である。
河を背に三方を囲まれた時、董卓はすぐに攻撃を命じた。
囲まれつつある時、それをただ眺めているのは愚か者のすること。
突破口を開くべく、董卓は敵の真ん中へ突撃をしかける。
「やはり、貴殿が漢軍の中で最も危険だ」
攻撃が分厚い防御で押し止められた時、董卓の前に現れた敵将はそう言った。
やけに青白い顔だがなかなかの美形と言える青年だった。
「俺が真ん中を突くことを読んでいた、と?」
「読んでいた、というよりは真ん中しか突けないだろう?この状況は」
確かに、左右いずれを突破しても渭水という河の北岸であることに違いはない。
そこをまた包囲されれば同じことだ。
ならば包囲を突っ切ってまっすぐ前に行くしかない。
そこを辺章は読んでいた、ということだ。
「しかし、漢軍の司令官である張温殿の方ではなく、俺を相手にしに来るとはな」
「張温などはただの文官よ。真に恐れるべきは董仲穎、貴殿だ」
「買い被られたものよ」
「あるいはこう呼べばよいか?……シーエイ殿」
「なるほど、少しは俺も名が知れているようだ」
「先零氏族をはじめ、多くの羌族の豪帥に知られた漢人の英雄シーエイ。それが破虜将軍董卓であると知る者は知っている。漢人でありながら羌の騎兵を使いこなしているということも」
「それで、反乱軍の首魁の一人、辺章殿が直接会いに来てくれた、と?」
「然り……だが、貴殿の態度次第で話は変わる」
「俺の?」
「董仲穎殿。貴殿も、我らの軍に加わらぬか?」
それを聞いた董卓は目を細めて、しばし口を閉じた。
その話が聞こえる位置にいた部下たちは、固唾を飲んでそれを見守る。
董卓が反乱軍に入れば、さらに軍は強くなる。
羌の諸氏族を糾合し、その暴威をもって漢帝国を潰しうる鉄槌となりうる。
だが董卓は辺章が求めていた答えとは違う何かを口にした。
「漢朝は四百年続き、それまでとはまったく違うように民を変えた」
「?」
董卓の口から出た言葉に、辺章は何を言っているのだ、とでも言うような表情を浮かべた。
「それが何かわかるか、辺章?」
「……わからぬな」
「さきほど貴殿は言ったな。俺のことを漢人でありながら羌の英雄である、と」
「そうだな。それが一体どうした、と」
「漢人。漢の人だ。商でもなく、周でもなく、秦魏趙韓燕斉楚いずれでもなく、我らはこの中華に生まれた瞬間に漢人となる」
「それがどうした」
「国の認識は大きく拡がっていく。商や周のころは都や城市こそが国の範囲だった。春秋戦国時代ならば一部の領域こそが国だった。だが秦帝国に統一され、そして漢帝国によって統治されるこの国はひどく広大だ。広大な大地に住む民らはいずこに生まれようと漢人なのだ」
「だから何を」
「漢を倒すことはできぬ」
「何を言う!既に漢朝は衰え、腐敗し、落ちる寸前ではないか!我らはそれを憂いて立ったのだ!」
「漢帝国はそうだな。だが、光武帝の例を引くまでもなく、漢人は劉姓の何者かを担ぎ上げてまた漢帝国を作る。作ってしまう。新たな破格の英雄が現れぬ限りはな」
「我らがそうでないとは言えぬ」
「いや、無理だ。お主にも、韓遂にも、北宮伯玉殿でも無理だ」
漢とはもはや、この中華のことそのものとなってしまった。
中華世界を一つにまとめた秦の始皇帝でもなく、楚の覇王項羽でもなく、漢の高祖劉邦の興した漢こそが中華そのものとなったのだ。
遥か未来、この国の人々は自らを漢民族と呼ぶ。
幾度となく異民族に国を奪われようと、その民族の様式ではなく漢民族の様式の国に戻してしまう。
漢帝国四百年の歴史の重みが、中華世界の今後を形作ってしまっているのだ。
故に辺章や韓遂では漢を倒すことができない。
彼らもまた漢人であり、その様式からは逃れられない。
新たな秩序などに、漢人は従わないからだ。
例え、羌族の中から英雄が現れ、国を興そうともやがてそれは漢と似通った国になってしまう。
「それでも。それでも、我らは我らの理想を進むほかない。我らはもう選んでしまった」
韓遂と辺章は羌族に寝返り、金城太守と護羌校尉を殺害し、涼州諸郡を侵し、司隷に兵を進めるということをした。
これは明確な反乱であり、投降しても許されるものではない。
「そうか。では敵同士というわけだ」
この董卓の答えは、そのまま先ほどの辺章らの仲間に加わらないか、という誘いへの返答となった。
「例え漢が倒れぬとて、その尖兵たる貴殿らは負ける。そのように戦を組んだのだ。せいぜい足掻くがいい」
辺章はそう言って、董卓の前から去り兵の間に消えた。
彼が去ったとはいえ、董卓軍が包囲されている現状に変わりはなく、事態は漢軍不利のままだった。
董卓は背水の陣、というわけでもないが渭水の北岸に陣を張った。
辺章はご丁寧にも近くの村落から舟を接収しており、渡ることを封じていた。
また、来る時にも使った浅瀬は辺章の兵が駐屯しており、そこも利用できなくなっている。
はじめから、執拗なほどに練られた策だということだけはわかった。
数日もすると河の上流から旗や血まみれの衣服、あるいは亡骸が流れてくるようになった。
「上流は確か、豲道城があったな」
そこを攻めていた支軍が敗北したのだろう。
亡骸が流れて来たということは、無策で河の深いところを渡ろうとして襲われたのかもしれない。
この時、すでに張温本隊、別動隊、陶謙軍、程球軍は敗走し、軍は壊滅状態であった。
武将たちはなんとか逃れていたが、兵の統率はとれずに十数名の塊に別れて連携もとれていない様子だった。
その数日後には、袁滂軍も敗走した。
これで渭水北部には董卓軍しか残ってない、という状況になってしまっていた。
他の諸軍がすぐに敗走し、董卓軍が残っていた理由は陣を張っていたかどうかだ。
他の軍はもちろん突破を試み、敗北し、消耗し負けてしまった。
逆に董卓は敵の首魁の辺章と話したことにより、突破を断念し防御に専念したことで損害を受けることはなかった。
しかし、これが消極策であることは董卓も自覚している。
なんらかの手段で敵を突破するか、別の策を考えるかしないといずれ集結した羌や他の異民族の大軍に押し潰される。
猶予は少ないが、時間が残っていないわけではない。
董卓は己にそう言い聞かせ、事態の打開を図っているのだった。




