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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百十、おじいちゃん

 張温は戦勝に喜び、司令部を陳倉城へ移した。

 始めからここに陣を置いておけば、不要な包囲戦などする必要など無かっただろうに、と各将は思ったが誰も口にはしなかった。


「破虜将軍!よくぞ、よくぞやった!」


 陳倉にやってきた張温は董卓の手を取り、笑顔を浮かべた。

 あのままなら車騎将軍の剥奪はもとより処刑もありえた張温である。

 一発逆転の恩恵を一番受ける人物であろう。


「いえ、期に乗じたまでのこと。車騎将軍閣下の命も受けずに独断専行したことはどうぞ如何様にも処断ください」

「何を言う!将外にあれば君命も受けざるところあり、と云うではないか!これを賞することはあれど罰することなどあるまい!」


 張温は孫子の一節をひいて、董卓の独断を不問にした。

 とりあえず、処罰は無いようだ。


「なれば、この董卓、今後も閣下のもと働きとうございます」

「うむうむ。この後の作戦において将軍も一翼を担ってもらおうと思っておる」

「はは!ぜひともご命じください」


 とのようなやり取りがあった。

 それを後ろで見ていた張済は、董卓のへつらう様子を意外に思った。

 張済の知る董卓は気位の高い男である。

 他人の評価を気にしない。

 権力など利用してやろうと思っているだろうし、上司など邪魔さえしなければそれでよいと思っているだろう。

 その董卓が、車騎将軍張温に取り入っているように見える態度を取るのは何か考えがあるのだろうか。


「将軍!」


 と声をかけると董卓は不機嫌そうに張済を見た。


「お前までそう呼ぶことは無いだろう?」

「ならばいつものように大将でいいのか?」

「それでいい」


 董卓は自陣へ向けて歩きだした。

 張済はそれを追いながら尋ねる。


「大将は何か考えがあるのか?」

「さっきのことか?」

「ああ」

「昨夜の戦いは大勝利だ」

「そうだな」

「故にやっかむ奴らが出てくる。必ずな」

「参軍事殿が顔を真っ赤にするだろうな」


 張済は孫堅の顔を思い浮かべながら言う。


孫堅あれはまあ、あれだがな」

「なんだ?若くて先が見えんから修行が足りぬ、とか言わんのか」

「普通ならそう言う。しかしあれはある種の英傑だ。俺が奴の策を反対したことも、この追撃のことも不愉快に思いながらも理解しているさ」

「評価が高いな」

「昔、羌の反乱を鎮めた時。隴西の太守だった人がいるだろう?」


 二十年も前のことだが、張済は覚えていた。

 武威郡から各地を駆け回り、董卓隊と各氏族の援軍で羌の本隊を打ち破った戦いだ。


「ああ。確か孫羌そんきょう殿だったか……孫?」

「弟だ。孫羌聖台殿の弟が孫堅文台」

「それで評価が高い、と?」

「さてな。苛烈すぎて早死にする気がする」

「そうだな。で、その文台殿でないとすると誰に気をつかっているのだ?」

「さあな。つまらぬことで足を引っ張られぬように下げたくもない頭を下げたのだ」

「車騎将軍殿は……駄目か?」

「駄目だな。戦の才が皆無だ」

「皆無って……しかし、それを補うための孫文台であり、陶恭祖だろう?」

「孫堅はその若さと苛烈さから策を献じても採用されぬそうだ。そして陶謙殿とは不仲だそうだ」

「はぁ?自分で連れてきた参軍事と不仲って、どういうことだ?」

「俺もよくわからぬが、陶謙殿は剛直で清廉な人物だそうだ。そして立てる策は正攻法。だが今回張温は誘引からの短期決戦を目論んだが見事に失敗。それで両者の仲はこじれている、だそうだ」

「大丈夫か、この軍」

「執金吾の袁滂殿は温和な人柄ゆえ、彼が仲立ちして決壊は防がれているが、それゆえに張温は調子に乗っているとか」

「もしかして負けるところだった?」

「まったく、あの星が無ければそのとおりだ」

「で、今度は大将を頼ってきた、と」

「俺の予想では、反乱軍の本拠地である湟中、そしてそこへの玄関口である金城郡への攻撃をすることになるだろうな」

「涼州入りか」

「反乱軍の本隊が涼州に入り、金城郡を目指しているのは王方の隊の者が確認している」

「押し潰して終戦か」

「そうだな。後は同時に襲われた涼州諸郡の手当てと不正を働いた涼州刺史の後始末だ。戦いそのものより、戦いの後始末の方が面倒なのだな」

「それは間違いない。大将と付き合って学んだわ」

「もっと若い者を引き入れて、仕事を覚えさせねばな。いつまでも俺たちがやるわけにはいかんよ」

「まったくだ」

「……白泰に嫁がせたけいなのだがな」

「啓ちゃんか、どうした?」


 張済ももちろん、董卓の娘である啓のことは知っている。

 小さい頃は子守りをした(させられた)こともある。


「子供ができたそうだ。女の子だ」

「へえ。あの啓ちゃんがね。……?……ということは、大将もしかして」

「もしかしなくても老爷おじいちゃんだ」

「うわあ、マジか」

「お前だって人のことは言えんだろう!」

「俺は、まあ(認めた)子供はおらんが……そういや、甥がいるんだが」

「話を逸らしたな?」

「その甥が、張繡ちょうしゅうと言うんだが、あの御当主の再来と言われていてな」

「張烈殿の、か?」


 武威郡で有名だった張家の当主。

 張烈というその老人は、武威郡でも有名だった。

 その老人には若い頃の董卓も世話になったものだ。

 彼とは一度手合わせをしたが、今でも忘れられないものがある。

 その再来というのだから、その若者も相当なものだろう。


「そうそう。武威の祖厲それい県に仕官していたんだが、今回の反乱に乗じた奴が県長を討った。そこに単独で乗り込んでいってそいつをぶち殺したのが張繡だったってわけさ」

「恩義に厚く、決断力と武勇に優れる、か?」

「そういうこと」

「落ち着いたら会って見ようか」

「若い奴が入り用だと言っていたものな」


 そんな話をしている二人だが、徹夜の戦闘の後である。

 せめて、総大将の張温が来るまではと思い、起きて待っていたがかなり限界だった。

 ので、董卓軍は全員寝た。


 その戦中とも思えぬ様子に憤っていたのは周慎であった。


 彼は盪冦将軍である。

 この時代、将軍号を得られる者は傑物である、と前に述べた。

 その例に漏れず周慎もかなりの将である。

 刺史や太守を歴任し、各地で異民族討伐に功を挙げている。

 武断の将であるが、兵坦や策謀を軽視する癖がある。


 その周慎はこのだらけているようにしか見えぬ董卓軍に憤っていたのだ。

 彼もまた客星の異変と反乱軍の撤退に気付かず寝ていた。

 故に、夜が明けて敵が退き、急に陳倉に本陣を移すことに戸惑っていたのだ。

 そして、着いてみればこの董卓軍の寝ている様子である。


「戦陣にありながら、この有り様とは!涼州武者の恥さらしぞ!」


 ずかずかと陳倉の大通りを歩きながら周慎は激高し続ける。


「車騎将軍様も、叱らねばならぬのだ」


 彼は涼州武威郡の出である。

 もちろん、名家の出身だ。

 そのため、涼州諸郡の武将、名家についてある程度把握している。

 董卓も、だ。


 しかし、彼の得た情報では董卓はとても名家とは言えぬ出身であり、自分と同格の将軍についていることが不満であった。


「この戦、破虜将軍のみの手柄にされてはたまらぬ。私が奴を上回る軍功をたてねばならぬ」


 この後、張温はこの陳倉で越年した。

 逆転の大勝利、といえど費やした兵糧や失った兵員は少なくなくその補充に時間を要したからだ。


 年明け、戦勝の報告を受けた朝廷は張温を“大尉”に任命した。

 これは漢帝国全体の軍事を統括する役職である。

 車騎将軍より高位であり、権限も大きくなる。

 これは朝廷がいかに西涼の統治を重要視しているかのあらわれであり、張温に期待しているということでもある。


 また異例な点もある。

 それは大尉となる張温が洛陽にいない、という点だ。

 本来、大尉職は三公の一つとして都で皇帝の軍事的補佐をするのが役目だ。

 故に、都、洛陽にあるのが本来の形だが、張温は西にいる。

 これは後漢史上初の出来事であり、漢帝国が異常事態にあるという証明でもある。


 大尉となった張温は雪解けを待って、逃走した反乱軍の追討を開始する。

 西涼に平穏が訪れる日はまだ遠い、ということだ。

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