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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百八、李文

 包囲されたまま、漢軍と反乱軍の戦いは続いていた。

 状況は反乱軍に有利なのだが、それでも漢軍が敗北に至らないのは諸将の活躍があるからだ。

 中でも武功をたてて出世をしたい参軍事孫堅と羌族の配下を多くもつ破虜将軍董卓の二将の活躍が目立っている。


 孫堅は董卓に言われたことが原因で躍起になっており、配下の部将らが彼の手足となって縦横無尽の攻撃を繰り広げている。

 程普ていふ韓当かんとう黄蓋こうがいという後世に知られる将たちが暴れまくり、羌族を押しに押しまくった。

 対戦相手が調子の悪い辺章だったこともあってか、包囲網を破る手前まで行った。

 しかし、快進撃もそこまでだった。

 遊撃として戦場を往来していた宋建が辺章の援護に回ってきた。

 孫堅の背後から襲いかかった宋建に孫堅は祖茂そも朱治しゅちの二名に兵を率いさせ迎え撃たせた。

 その間に孫堅は程普らの兵を取り纏め、宋建の隊に突撃した。

 思わぬ反撃に宋建は戸惑い、孫堅の突破と撤退を許してしまった。

 孫堅は猛攻の将であり、宋建は盗賊上がりである。

 その性根の違いが結果に現れている。


 ともあれ孫堅は生き残ったが包囲を破るには至らなかった。


 董卓の方はと言うと、右扶風軍を率いる義兄鮑鴻と共に反乱軍と正面から戦っていた。

 董卓の強みは強力な騎馬隊である。

 機動力と突破力に秀でる騎馬を次々に突撃させていく。


「李傕突撃、郭汜はそれを補佐、樊稠!敵の出に合わせて突っ込め。その隙間に王方……はもう行っているか」

「董将軍、我らは」

「義兄上は敵の左に忍び、期を見て横槍を突いてください」

「了解だ」


 鮑鴻は優秀な将なのでその指示だけで理解したようだ。


 その内に突撃に業を煮やした反乱軍が隊をまとめて突っ込んできた。

 それが董卓の狙いだ。

 期に乗じた鮑鴻がその隙に側面から攻撃し、反乱軍をズタズタに破っていく。

 そのボロボロになった反乱軍に董卓は徐栄、李蒙を追撃させた。


「胡軫、張済、華雄、備えろ」


 新鋭の若手、古参の手練れ、若き雄将の三人を側に控えさせておく。

 董卓の“目”には優勢のはずの騎馬隊に迫る脅威を察知していた。


 押していた李傕たちは蹴散らされ、退いてきた。

 こちらを押し返した敵の隊が掲げていた旗には“李”の文字が記されていた。


「昔はあの旗を心強く思ったものだったがな」


 董卓はぽつりと呟く。

 その感情を共有できる相手はもういない。


 鮮卑の部隊に襲われた董卓たちは李文率いる湟中義従の軍に救われた。


 それから数十年がたち、お互いに年を取り、配下を率いて敵対しあっている。


 そして向こうも戦っている相手が董卓だと気付いたようだった。


「シーエイ!良い攻めだ」


 あの頃と変わらないようで、少し嗄れたような李文の声に董卓は思わず前に出た。


「李文殿」


 李文も前に出てきた。


「あの、身の程知らずの若造が漢の将軍とはな」

「漢に従う湟中義従の将が反乱軍を率いているとはな」

「ふふふ。目の良いお前ならわかっているであろう。お前たちは負ける」

「……」

「お前の軍略は突出している。それは今の攻撃、側面からの横槍、備えの厚さからわかる」

「誉める言葉は素直に受け取ろう」

「だがいくら局地で勝ちを積もうと、お前たちは我々に包囲されている。もう負けているのだ」


 李文の言うとおりだ。

 初めの戦いで勝つことができず、包囲されてしまうという形にされた時点で漢軍はかなり不利であった。

 打開策は孫堅が言った敵を一ヵ所に集め、残った兵力をまとめて突破する方法があった。

 だが、おそらく反乱軍はそれを読んでいた。

 わざと攻めを三方向からにし、東側を開けておき、そこからの攻めを誘導していた。

 もし孫堅の策を採用していたら、誘い出されて遊撃隊と挟み撃ちされていただろう。


 補給は断たれ、天候は悪くなるばかり。

 しかし、反乱軍は涼州から補給ができる。


「いや、まだ手はある」

「涼州刺史は戦意を失っているぞ」

「!?」


 李文の言葉に、董卓は気が遠くなる思いだった。


 この包囲された状態で、漢軍が勝つにはどこかから援軍を回してもらうよりない。

 しかし、朝廷からこれ以上援軍を出すことはできない。

 正確には出せなくもないが、何進はそこまで動けない。

 張温を動かしたのですら強引だったのだから。

 だが、まだ手はあった。

 それが涼州刺史左昌が動員した討伐軍である。

 涼州の州治所である漢陽を守備しているそれを動かせられれば、あるいは動かすふりをして隴山にまで行軍させられれば、反乱軍はそちらに意識を向けざるをえなくなる。

 そこが董卓たちの反撃の契機となる、はずだった。


「下手な動きをすれば十万の兵で押し潰す、と脅してあるゆえな。ああいう小物は権威に弱い」


 左昌は横領の罪がある。

 故にたとえ勝ったとしても処断されるだろう。

 ならば生き残ることに重点を置いたのかもしれない。

 寝返り、まではしなかった。

 それは配下に剛直な者がいて抑えているのだろう。


 だが、漢陽を出てここまで援兵を送るまでにはいかないようだ。


「そうか。隴西の盗賊どもを使ったか」

「そのとおりだ。漢陽の民が苦しむのは忍びないが、我らの大義のためだ」

「大義……大義か。くくく」


 思わず董卓は笑ってしまった。


「何がおかしい。シーエイ」

「所詮は貴殿も漢人だったということだ」

「何を?」

「貴殿が嫌った愚かで卑怯な漢人だ。大義という足で民を踏みつけている」

「貴様は違うというのか?」

「民を扱う方法は二つしかない。どこまでも甘やかすか、朽ち果てるまで搾り取るか、だ。中途半端は思わぬ結果を招くぞ」

「知ったような口を!」

「黄巾賊を見たことはあるか?」

「何?」

「貴殿らは彼らを漢帝国を弱める反乱としか見なかっただろう?違うぞ、あれは」

「董卓は戦わずに逃げたと聞くぞ」

「地の底から新しい世界を希求する声だ。大地を震わすそれは、しかしまだ足りなかった。時か、力か、天運かは知らぬ」

「それがどうした、というのだ」

「李文。お前たちの虐げた民が憎悪の目でお前を見ているぞ」


 びくり、と李文は辺りを見回した。

 もちろん、そんな視線はどこにもない。


「脅しか」

「漢帝国は倒れる。それは間違いなく。だがそれは今ではなく、お前たちによってではない」

「お前は漢帝国の将軍だろうに」

「涼州の民は、結局のところ羌族を恐れている。俺の軍でもその垣根を取り払うことはできぬ」

「それがどうした」

「朽ち果てるほど絞られておらず、しかし涙も枯れるほど苦しんでいる民たちは怒りの臨界を超えた時、何者も恐れぬ兵と化す。お前たちの後ろでそんな者らが次々と立ち上がろうとしているぞ。わからぬか、李文」


 それは李文を退かせようと、また時間を稼ごうとする目論見であろうと彼は思った。

 思ったが、それにしては迫真すぎる。


「我らを退かせたいのだな、シーエイ?」


 その理解のされかたは董卓の思うところではなかったようだ。

 董卓はひどく悲しげな顔をした。


 そうではない。

 戦略の方針が漢帝国を攻撃することに偏りすぎていて、その中にいる民のことをないがしろにしているのだ。

 占領地の民の慰撫こそが最も肝要なのだ。

 それが反乱軍がなってないところだ。


 その時、退却の鐘がなった。

 あたりはすっかり夕日の朱に染まっている。

 今日の戦闘は終わりだ。


「頃合いだ。ではなシーエイ、また会おう」


 そう言って李文は身をひるがえして去っていった。


 しかし、彼らはその後二度と会うことは無かった。

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