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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百七、それぞれの陣中

「よ、よくお分かりで」

「分からいでか。そして、敵を引き付ける役目を董卓隊われらにやらせようと言うのだろう?」


 孫堅の腹案とやらは敵を一部隊に引き付けておいて、被害の少ない隊を回り込ませ挟撃の形に持っていく、というものだった。

 しかし、その陽動となる部隊は確実に損害を受ける。

 誰だってそんな役をやりたくはない。


「やってはいただけぬか?」


 孫堅の立場では頼めるのは董卓しかいない。

 参軍事といえど、彼の本来の立場は別部司馬でしかない。

 他の将は格上なのだ。

 執金吾や将軍に囮になれ、とは口にはできない。

 しかし、董卓はその実態はどうであれ、黄巾の乱で敗北し罷免された将だ。

 これが復帰戦であるがゆえに、武功を求めぬわけにはいかない。

 そういう足元を見る姿勢も、また董卓の気に入らぬ点だった。


「聞かなかったことにしよう」

「な!?」


 董卓はきびすを返して部屋から出ようとする。

 孫堅はその背に声をかけた。


「貴殿は朝廷では臆病者とそしられることになるぞ」


 董卓は足を止め、振り向いた。


「孫文台。まずは己からその役目をやって見よ。そうしたならそなたの策のことを考えよう」


 それだけ言って、董卓は部屋を出た。


 追って出てきた鮑鴻は「文台殿は怒りのあまり、卓を壊しかけていたぞ」と笑いながら言ってきた。


「奴の言は正しいやも知れませぬ。しかし、俺に頼む態度が気に入らん」

「まったく義弟殿の扱い方をわかっておらぬな」

「義兄上は俺の使い方をわかっておると?」

「さてな。下手を打つと怒らせてしまうのは確かだ」

「それは誰でもそうでしょう」

「……して、董将軍はどのようにここを切り抜ける?」

「追い詰められれば追い詰められるほど、我らの防備は重厚となりましょう。守りを厚くし、後は天祐を待つのみですな」


 現場より胃が痛いのは張温のほうだろうな、と董卓は思った。

 十万を集めて、ただ敗北したとあれば張温に後は無い。

 政界にもう席は無いと思っていい。


「ふむ。ともあれ、まだ初日。来ることがわかっていれば驚くこともあるまい」


 という鮑鴻の言葉通り、顔色を青くするにはまだ早い。

 打てる手を打っておかねばなるまい。



 美陽近くに造られた反乱軍の陣地では、指揮官たち四名が軍議をしていた。

 獣脂の火がゆらゆらと揺れる。

 その灯りに照らされた面々は、どれも喜色が浮かんでいた。


「思ったより漢軍は脆いようだ」


 と李文侯が口を開いた。

 攻撃には反対していた彼だが、やはり勝ちは嬉しいものだ。

 それは武将の性であろう。

 そして想定していたよりも漢軍が弱かったこと、それを恐れ過ぎていた己を歯がゆく思う気持ちもある。


「それは確かに。しかし、これは奇襲がうまくいったゆえ、明日以降は気を引き締めねばなりますまい」


 と辺章が口にした。


「確かにそうだ。……さて、明日の漢軍はどのような手立てを取ると思う?」


 李文の問いに韓遂が指を二本立てて答える。


「手立ては二つ考えられまする。一つは亀のごとき重厚に守りを固めること、もう一つは囮をたてて拙速に攻めてくること」

「なるほど、文約殿はどう見る?」


 韓遂は指を一つ折った。


「勝てる可能性は拙速にあり。しかし、これは漢の諸将の意志が一統されねばできることではありませぬ。故に敵は亀の甲羅のように守りを固めるのが必定」

「うむ。こちらはどう動く?」

「包囲をしつつ、勇んできた部隊を討つのみです」


 韓遂の考えでは、敵は越冬するだけの用意はしていない。

 籠城するならば陳倉城、あるいは長安に籠るしかない。

 それ以外の小城ではあれほどの大軍は養えない。

 美陽に反乱軍を引き付けての短期決戦。

 それが漢軍の目論見だったのだろう。

 だが、予想外の韓遂らの才覚によって彼らは守り固めることしかできなくなった。

 その間に韓遂らは関中に威を示す。

 漢帝国は弱いことを示す。

 そうやって関中の名家、豪族、かつて移住させられた異民族の子孫らを取り込んでいき、無視できないほどの大勢力を作る。

 そこまで韓遂は見ていた。


 韓遂が北宮伯玉や李文侯と違う点は、現状に不満があるゆえの反乱ではない、ということだ。

 野心である。

 郡太守や刺史では収まらぬ器、将軍や三公の地位でも不足の才。

 それをかつて韓遂は見たことがある。

 直に語らい、知ったのだ。

 曹操孟徳というその男に、己は及ばぬ。

 ならば強大な野心にて国を作り、並び立つしかないではないか。


 それが朴訥そうな見た目の、韓遂という男の内心である。


 軍議はこのままの陣容で敵を取り囲み続ける、と決まった。

 李文侯も韓遂らに同調するようになり、問題は無かった。


 あるとすれば、軍議に参加していた辺章の口数が少なかったところだろう。


 軍議の後、韓遂は心配になり辺章の天幕に向かった。

 今朝も早くから動き、明日も長い戦いになる。

 少しでも休みたかったが、同輩のことが気になった。


「私だ。入るぞ」


 返事はない。

 韓遂は胸騒ぎのままに中に入った。


 そこには寝台にもたれた辺章がいた。

 胸元に赤いしぶき、肩で息をしているので生きてはいることはわかる。

 韓遂は駆け寄った。


「允!?」


 つい元の名で辺章のことを呼んでいることに気付かず、韓遂は彼のことを抱き起こした。


「文約……丁度……よかった……」

「何が丁度よいものか!今、薬師を呼ぶ」

「いい」

「何を」

「いいのだ……もう少ししたら……落ち着く」

「辺允……」

「今の私は辺章だ。お前が韓遂であるように」


 辺章の呼吸がゆっくりと落ち着いてきたようだ。


「悪いのか……?」


 辺章が何か重い病にかかっていること。

 韓遂はそれを察した。


「まあ、な」

「いつからだ?」

「発作が重くなったのは夏ごろか。だが元々、病に冒されていた」

「私が巻き込んだから、か?」

「そんな顔をするな。私は楽しかった。お前と共に戦い、夢を見れた。中華の歴史に微かにでも名を刻めたのだ。それこそが私の生きた証だ」

「死ぬような話をするな」

「そんなに怒るな」


 すっかり落ち着いたように振る舞う辺章だが、その顔色は青い。


「……退いて療養しろ」

「それは断る」

「辺章!」

「私がいなくなれば、北宮伯玉殿と李文侯に対し、お前と宋建殿の二人で意見が対立することになる。余計な争いによって反乱軍内部で確執が生まれるのは避けなければならぬ。そうだな?」

「それはそうだが」

「一度、漢軍を退かせ、余裕を作ってからでなければ軍の掌握はなるまい。それまでは私はここを去るわけにはいかぬ」


 辺章の決意は固く、韓遂にはそれを翻すように説得することはできなかった。


「……無理はするな」

「もちろんだ。私とて、お前と共に駆けていたいのだから」


 辺章は汚れた服を変え、口元を拭いた。

 それでもう血を吐いたことはわからなくなった。


 今までもそんなことはあったのだろう。

 友の苦しみに気付かなかったことを、韓遂は恥じた。

 その決意のためにも、韓遂は止まるわけにはいかなかった。


 漢軍も、反乱軍もその内部で軋轢と問題を抱えながら、一日目の夜を過ごした。



 誰も気付かなかった。

 遥か遠く、光の速さでも何年もかかる距離にある何年も前に起こった大爆発の、その輝きがもうすぐこの星に届くことを。


 その輝きが戦の鄒勢をひっくり返してしまうことを。

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