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董卓伝暴狼記  作者: サトウロン
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百五、誘引撃滅策

「宦官はやり過ぎでしょう。主上もそろそろ親政をしたくなるでしょうし、大将軍様も宦官を苦々しく思っておられるはず」

「そのような機運が高まり、宦官から権力が奪われる、と?」

「その形はわかりませぬが、近いことは起こるでしょう」

「なるほど。宦官のことはわかった。しかし、喫緊の懸念があることはそなたも武人ゆえわかっておろう」


 鮑鴻はそう言った。

 董卓も頷く。

 朝廷も、宦官も、とりあえずは戦には無関係だ。

 そして、その戦に問題があった。


「この美陽のことですね?」


 董卓の言葉に鮑鴻は頷く。

 美陽は小城である。

 十万の兵を収容できない。

 そのため、付近に兵たちが陣を張っている。

 城の中にはおそらく千ほどしか入らないだろう。

 となると張温の直衛の兵しかいないことになる。


 そして美陽の地も、微妙に街道から外れた右扶風でも主要では無い土地なのだ。

 先に述べたように流通の面ならまだしも、軍事的には貧弱の一言につきる。

 ここに駐屯するならば鮑鴻の故郷である郿の方がまだマシで、なんなら右扶風の西端である陳倉城の方が防御拠点として優れている。


「車騎将軍は軍事に疎いと聞くが」

「いえ、これは軍事的に大きな目的があると俺は思います」


 張温のことを危惧する鮑鴻に、董卓は答える。


「軍事的な、目的?」

「そも、車騎将軍の引き連れてきた参軍事の二人は共に武略で名を馳せている人物です。張将軍も己の軍才のことはわかっているはず」

「その二人が具申した策だ、と?」

「おそらく。漢軍は十万といえど地の利はございませぬ。皆、他の土地から集められたのですから。故に張将軍は敵をここに集めてしまおう、と思ったのでしょう」

「ここに?」

「ええ。涼州が失陥したのは三方面同時侵攻によって諸郡の連携ができなかったゆえ。その轍を踏まないために敵を一ヶ所に集め、全軍をもって倒そう、と言うのでしょう」

「なるほど」

「この美陽の地は街道から外れているために、街道を進む上で圧力になりまする。そして水運で補給が楽、かつ迅速に兵力を展開できる」

「しかし、拠点として見るとここはどうにも危うい土地よな」


 鮑鴻は眼下の田畑を見て言った。

 ろくな砦も城壁も無い。

 そこに旗がたなびき、兵がうろうろしている。

 大軍が来たらたやすく包囲されそうな地形である。

 ここに引き込んでどう戦うか。

 董卓は先ほどからそれを“見”ていたのだった。


「とにかく、義兄上には俺に協力していただきたい」

「それはもちろん。中央から来た奴らより、そなたの方がよほど頼りになる。それに俺は右扶風の相といえどこの軍の指揮権は車騎将軍にあるゆえ、宙ぶらりんなのだ。どこにいたとて文句は言われんだろう」


 義兄弟は顔を見合わせて頷いた。

 どのような策があろうと、激戦になることは間違いない。

 頼りになるのはやはり血縁と縁戚の関係だ。

 二人は連れだって城壁の上から降りていった。



 漢軍が大軍を集結させた、との報告はすぐに反乱軍に届いた。

 総大将の北宮伯玉、そして四人の指揮官である李文侯、韓遂、辺章、宋建が集まり、対処を話し合った。


「危険だ。わざわざ敵の誘いに乗ることはあるまい」


 と慎重策を口にするのは李文だ。

 彼にとって涼州を取ったことで、この反乱の目的はおおよそ達成されている。

 後は交渉なりなんなりで有利な和睦をするだけだ。


「いえ、李文侯。十万を号する敵を討ってこそ、我らの武名が響きまする」


 と辺章が反発する。


「武名?我らの目的は涼州の安寧だ。要らぬことをして、漢帝国を本気にしてはならぬ」

「何をいまさら。漢帝国の本気は三十六万の兵、そしてそれは先年の乱で使ってしまったではないですか。いまこそ、好機!」

「再び、その数の討伐軍が興される可能性はある」

「ありませぬ。漢帝国の威信は尽き、帝国各地で反乱が相次いでおります。これらを利用し、あるいは合流することで新たな帝国を打ち立てる。我らならばできましょう」

「話にならぬ。文約、そなたの考えはどうだ。同調するのか?」


 文約は韓遂の字である。

 元の名前の約を字に取り入れた形だ。


「我らにできるかはともかく、長安付近の十万は危険です。討つべきか、と」

「貴殿も戦闘派か。……宋建、貴殿の考えも一応聞こう」

「私は韓文約殿の与力ですので、彼の考えに従いましょう」


 と、宋建は自慢の髭を撫でながら言った。

 戦場にあるにもかかわらず、品よく刈り揃えられた髭を見て李文は顔をしかめる。

 李文は宋建のことが嫌いだった。


 韓遂や辺章は良い。

 己が目で見て引き入れるのを決めたのだ。

 だが、この宋建は盗賊の頭目である。

 どのようにして、韓遂に取り入ったかは知らないが気に入らない。


 実は韓遂の方から宋建を誘ったことは李文は知らなかった。

 そのため、宋建が一番困っていることも李文は知らなかった。


「攻めるが三、攻めぬが一。これは私がどう主張しても攻めることになりそうだね」


 と話し合いを静観していた北宮伯玉が言った。

 総大将が強く引っ張っていくという組織ではない。

 様々な思惑をもって集まった集団では互いの意見を無視できない。

 そのことを北宮伯玉は理解している。


 元々、この反乱は羌族と鮮卑族の涼州并州同時侵攻を根本の策としていた。

 北宮伯玉と鮮卑の大人である檀石槐とは永年の盟友であり、ことあらば呼応して侵攻する約束をしていた。

 だが檀石槐が志半ばで亡くなり、彼の息子が鮮卑をまとめる器で無かったことから鮮卑族の協力が見込めなくなってしまったのだ。


 だからといって、起こした乱を無かったことにはできない。

 漢帝国の重税と中央の腐敗はもはやどうしようもないところに来ていて、反抗せねばこちらが枯れるまで搾り取られる。

 涼州独立。

 それが北宮伯玉と李文侯の落としどころだった。

 あながち不可能とも言えないのは、既に三度に渡って涼州不要論が出ているからだ。

 収穫がさほど期待できぬ土地。

 まつろわぬ異民族。

 そこを領していても、人も金も無駄になると進言した者がいる。

 その時は、涼州の武者は強いこと、西域からの交易の旨味が大きいことなどを理由に取り下げられている。

 だが、その武者どもが異民族と一緒になって付き従わないとなると話は変わってくる。

 後は、漢帝国の顔を立てること、西域との交易路を確保することを約束すれば望みはある。

 それが北宮伯玉の狙いだった、のだが。


 韓遂たちとの意見の違いに危惧を覚えつつも、しかし北宮伯玉は楽しみを見いだしていた。


 羌族の特徴として強い者に興味を抱く、ということがある。

 北宮伯玉は若い頃から漢帝国に服従したとはいえ、れっきとした羌人だ。

 韓遂は朴訥そうな顔の内に巨大な野心を秘めている。

 辺章は美形の顔立ちとは打ってかわって苛烈な戦を得意とする。

 宋建は、よくわからないが。


 漢帝国を滅ぼし、新たに帝国を建てる。

 そういう辺章の言葉は若者ゆえの大望だとはわかるが、できそう、という希望すらいだける。

 そういうことを微笑ましく思っている己に北宮伯玉は驚いていた。


「北宮伯玉様が良しとするならば、攻めよう」


 と、李文が言った。

 主君が言うなら納得せざるを得ない。


「では手立てを決めましょう」


 と場が落ち着いた隙間に韓遂が切り出した。

 彼はどうやらこれを待っていたらしい。

 白熱した舌戦で、緊張した場。

 それがほどけた時に己の意見を述べることで、場を掌握した。


 北宮伯玉が感じた野心は、後に北宮伯玉自身に影響を与えることになるが、それは後の話だ。

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