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CHAPTER 7


 大変なことになってしまった。気持ちを静めるために栄次郎が千代を連れ出してくれたが、水茶屋でお茶を飲んでいると次第に事の重要さに気が付いて、背筋が震えた。


「どうしよう…」

「どこの家でもあることだよ」

「そんな、だってまだ決まったわけじゃないのに、お父さんを責めたのよ。でも、お母さんはどうして一之助さまがお父さんのこと調べてるって分かったのかしら」


 栄次郎は千代の好きな焼き団子を頼んでくれた。泣いた後は甘いものでも食べたほうがいいという。


「ありがとう…あっ、私、今、外出禁止なの」

「大丈夫じゃないかな?私も付いていることだし」


 栄次郎は相変わらず呑気だったが、団子も食べ終わってしまうと、なにか話したいのか口を開いては噤んだ。千代は、なに?と聞いた。


「さっきのことだけど」

「さっき?」

「うちの父と、千代ちゃんのお父さんが、その、お見合い話を進めてるだろう?」

「うん。でも、栄ちゃんだって嫌でしょ」


 間髪入れずの千代に栄次郎は苦笑した。推測を話すときは、ゆっくりと確かめるように話すくせがある。


「確かに急な話だし、幼馴染だから戸惑いもあると思うけど、惣右衛門さんは千代ちゃんのことを思って言っているんだから」


 そんなことは分かっている。


「千代ちゃんが好いている相手…」

「一之助さま」

「一之助さまが、どんな方かは知らないけど」


 千代は栄次郎に一之助のことを短く話した。栄次郎は言いかけて、止めて、また言葉を紡いでいく。


「町方同心の家だったら、なおさらだ。武家にはしきたりが多いし、千代ちゃんが苦しむのは分かっているから、反対なさってるのかもしれないよ」

「それは分かる…」


 千代がご飯を炊けないのも、掃除すらまともに出来ないのも、栄次郎は知っていた。縫物なんて、針で指を怪我してから止めた。分かるけれど、だからといって納得できるかといえばそうではない。


「でも、急に栄ちゃんは私のこと好きになれる?」


 見上げれば、栄次郎の困った顔がある。ほらね。


「もちろん、千代ちゃんは妹みたいに可愛いよ。だけれど、結婚は両人だけの話じゃない。家と家の話でもあるんだし、もしかしたら、結婚する前より後に仲良くなる夫婦だっているだろう」


 千代は言い返せなかった。確かにそう。自分の家は千代しか子供がいないから、婿や養子を取らなくてはならない。千代にお兄さんや弟がいたら話は別だったかもしれない。残念ながらいとこもおらず。

 栄次郎はもし家に帰りにくいならうちに来るといい、と手を引いた。



***


 妻が出て行き、娘は見合い相手が連れ出している状態というのは今までなかった。惣右衛門は溜め息をついて、縁側に腰掛ける。ネコが一匹傍に寄ってきたが、ツンと尻尾を立たせて船首を背けた。

 番頭が気遣わしげに声をかけるものの、あまり気の良い返事は出来なかった。惣右衛門は立ち上がると、少し出かけてくると、彦兵衛に言った。どこへ、と訊かれてもわからない。店のことは頼んだと、誰か来たようなら病気だと言ってくれと頼み、ふらふらと家を出た。


「旦那さま、誰か一緒に行かせましょうか」

「いや、いいや」


 足は馴れたもので神田方面に向かっていた。だが、又三郎を訪ねるつもりもない。あんな風に罵られた後では、顔も見られなかった。引き返そうとして、その前に酒屋で酒を買った。さらに助惣焼きを買うと、中宿に立ち寄った。ここなら横になれる。主人は中年の男で、惣右衛門の顔を見ると、にやりと笑った。小指が立っている。


「レコ待ちですか?」


 引き攣った笑みしか返せなかった。

 だらしなく襦袢姿で酒をあおる。酒というのは喉が焼けるだけで、美味いと思ったことはないし、酔えなかったのであまり飲んだことが無かった。だが、今日はこんなにたくさん買った。酔い潰れるまで飲んでやる。が、やはり酒はどうも不味い。惣右衛門は止めて、主人を呼んだ。お茶を貰おうと思った。


「悪いけど、なにかこう、甘いものはないか?」


 やはりこうなったら食べるしかない。助惣焼きを齧りながら、お茶を飲む。なかの餡子の甘みで、生き返るようだ。里香が見たら「またあなたは子供みたいに」と呆れるに違いなかった。だが、惣右衛門はその里香に罵倒された後だった。

 主人がお使いをしてくれるというので、団子やら饅頭やら羊羹を頼んだ。自棄食いだが、惣右衛門は二、三カ月に一度こういった日が必ず来る。自分でも手が付けられないのだ。心配そうな顔つきの主人に、駄賃を弾んだ。


「甘党なんですか?」

「そんなところかな。普段は一日羊羹一切れと決めているんだけど、時々、むしょうに我慢できなくて」


 女かよ、と主人の顔が露骨だった。あまり食べると太るし、健康にもよくないから、と里香がくれなかったのだ。だが、その里香に裏切り者と罵られた後だった。知るか。

 主人に買ってきてもらった団子と饅頭を齧りながら、行儀悪く羊羹は切らずに丸齧り。甘さが頭に沁みて、麻痺してくる。気持ちが悪くなるほど食べなければ気が済まない。


「あんた、そりゃ不摂生だよ」

「そのおはぎ貰っていいかえ」

「どうぞ、それにしてもひどい」


 腹に砂糖が詰まっていくと、途端に眠くなる。食い散らかしたカスの上で眠るのは至極だった。袖に突っ込んできた房楊枝で歯を磨き、ごろりと横になった。たまには昼寝も悪くない。



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