6.出立
翌朝は、酔いがさめた町の人たちに連れられてきたガースに改めて謝罪された。
こんなに早くから起きているし、反省もちゃんとしているようだから、許してあげよう。
本当はいいところもあるとか、ちょっと捻くれているだけとか、旅立つ私とポンちゃんには関係ないしね。
そんなことより、早くじっくりことこと煮込んだスープが飲みたい。
「うわー! すっごく美味しい!」
「本当ですね! 昨日のポトフも美味しかったけれど、これはまた違って、とろみがあって美味しいです!」
「うんうん。でも、ちょっとやけど注意だね」
「はい! って、あつっ!」
「ほら、ポンちゃん。気をつけて」
言ったそばからポンちゃんはやけどしかけて、慌ててカップをテーブルに置く。
私がお水の入ったコップを渡すと、ごくごく飲んで、ほっと息を吐いた。
「危うく舌をやけどするところでした~」
「とろみがあるお料理は要注意だよ」
私も過去にそれでどれだけ涙をのんだか……。
舌をやけどすると、治りは早くてもしばらくご飯を楽しめないのがつらい。
私の人生の楽しみはご飯だったからね。
社畜時代にぼろぼろだったときも、ご飯だけはしっかり食べることができて、精神的にまだ大丈夫って思えた。
まあ、あのままの生活を続けていたらわからなかったけど、パワハラ上司に負けたくなかったんだよ。
あと昔ならお局様と呼ばれた女性上司はとにかく陰湿だった。
あの人のせいで、どれだけの女性社員が辞めていったか……。パワハラ上司も彼女にだけは頭が上がらない感じだったけど、あの理不尽二大巨頭がつぶし合えば社内の空気も少しはよくなっただろうに。
って、どうでもいいことを考えたら、せっかくのこの美味しい朝食が台無しになるね。
「パンも焼き立てでふわふわ~」
「こっちはパリパリしてます!」
「パンは近所のパン屋から仕入れているんですよ。そのほうが料理に集中できますからね」
「なるほど~。このスープはもちろん、こっちの卵もとっても美味しいです」
「卵はうちの裏庭で放し飼いしているニワトリが今朝産んだばかりですからね。間違いなく新鮮ですよ」
「そうなんですね。でも放し飼いとなると大変でしょう?」
「ええ、小物の獣に狙われたりしますから。昼間は犬に番をさせて、夜はきちんと厳重な小屋に帰してます」
さすがお料理がウリの食堂でもあって、かなり食材にも気を遣っているんだ。
このスープも昨日のポトフと似てはいるけど、たぶん野菜を細かく刻んでじっくりことこと具材が溶けるまで煮込んでるんだと思う。
しかも、この隠し味は昨日の炎リザードの……どこの部位だろう?
「このスープは野菜の他に、昨日の炎リザードのどの部位が入っているんですか? お肉はテールかなって思うんですけど」
「正解ですよ、お嬢さん。昨夜お出ししたテールステーキとは別に、先の細い部分の皮を剥いで、この店の売りである野菜のベーススープと一緒に骨ごと煮込んでから一度濾して、そこにまた細かく刻んだ野菜とテール肉を入れて煮込んでいるんですよ」
野菜のベーススープって、ブイヨン的な感じかな? 牛骨スープのような感じだけど、このとろみはどうやって出しているんだろう? 片栗粉のようなものはなかったはず……。
そういえば、片栗粉に似たものを探すのもありだね。竜田揚げとか食べたい。
いや、今はそれよりも、このテールスープだ。
「すごく手間をかけていただいて、こんなに美味しいスープを作ってくださり、ありがとうございます。……って、それじゃあ、店主さんはちゃんと寝れましたか?」
「ご心配いただき、ありがとうございます。確かにいつもより睡眠時間は少ないですが、このスープを作るためなら平気ですよ。炎リザードなんて希少な食材を手に入れることができたんですから。料理人冥利に尽きるというか、本当にありがとうございます」
「いえ、それは……」
昨日からたくさん美味しい料理を出してくれているのに、店主さんに改めてお礼を言われて頭を下げられてしまった。
どうしたらいいんだろうって思ってたら、ポンちゃんがくふくふ笑う。
「ユーナ様は本当に謙虚な方ですね。炎リザードを倒した英雄なんですから、もっと威張っていいと思います」
「英雄って、ポンちゃん……」
私は悪い魔女なんだよ。秘密だけど。
それを知っているのに、ポンちゃんは楽しそうに〝英雄〟だなんて、とんでもないことを言う。
「ははは! 確かに、お嬢さんは私たちにとって英雄のようにも思えますが、やっぱり英雄と言えば、この国では第三王子殿下でしょうね! なにせ、あの戦争を終結に導いてくださったんですから!」
「ああ、うん。そうですよね」
第三王子殿下は、とっても強い魔法騎士でもあって、先の戦争ではかなり活躍して終戦に導き、今では英雄と呼ばれているんだよね。
終戦後の交渉などでもかなり尽力して、この国にとって有利な条約を結ぶことができたとか。
それなのに、ポンちゃんは不服そうに頬をぷうっと膨らませている。
「戦争を終わらせたのは、ユーナ様なのに……」
「ポンちゃん! ほら、このハムも美味しいよ!」
ポンちゃんはぼそっと呟いたから店主さんには聞こえなかったけど、私は慌てて気を逸らすようにハムを勧めた。
すると、店主さんは嬉しそうに満面の笑みになった。
「それも炎リザードのモモ肉を使った一夜漬けなんですよ。本当ならもっと塩漬けしておいたほうが旨いんですがね。お嬢さんたちは、もう今日発たれるんですよね?」
「はい。約束があるので、残念ですが……」
「ええ、本当に残念です。もっといろいろな炎リザードの料理を食べていただきたかったんですが、このモモ肉の塩漬けは日持ちしますからね。いくつかお持ちになってください」
「いいんですか!?」
「もちろんですとも。そもそも、炎リザードの肉を無償提供してくださっただけでも、感謝しきれないんですからね。それに、ガースの性根を叩き直してくださったことも、感謝しているんですよ。あいつもお嬢さんみたいな若い娘さんにやられたことで、今までのように威張り散らすこともできませんから……って、お嬢さんを甘く見ているわけではないですからね! すごい魔法使いだということは、もう十分にわかっていますから」
「……ありがとうございます」
店主さんや町の人たちに甘く見られてるとはもう思ってないけど、店主さんには余計な気を遣わせてしまったみたいで、苦笑しつつお礼を言うしかなかった。
ポンちゃんは私が勧めたハムに夢中で、さっきまでの不満はすっかり忘れたみたい。
その単純さが可愛くて好きだな。




