68.攪拌
魔法での攪拌は、ジューサーのような音はしない。
だけど、蓋を押さえておかないとダメなくらいの力は感じる。
それが次第に収まってきたので、いい感じに攪拌できているのかな。
「……ポンちゃん、この蓋代わりにしているお皿を押さえてもらえるかな?」
「はい! お任せください」
木製のジョッキだから、中身がどうなっているのかわからなくて、ポンちゃんもクライスもそわそわしながら見ているだけ。
だから、ポンちゃんにお手伝いをお願いすると、顔を輝かせて一つ返事で代わってくれた。
今はもうポンちゃんの小さな手で押さえても、力が足りないってことはないはずだからね。
クライスも何か手伝いたいようだけれど、特にないのでそのまま待ってもらう。
その間に私はバニラエクストラクトもどきの小瓶のコルクでできた蓋を開けた。
コルク栓だけでなく、魔法で封をしていたから、液体が漏れるってことはなかったけれど、香りはどうかな。――って、心配は一瞬で消えた。
辺りにバニラ特有の甘い香りが漂う。
懐かしくも食欲をそそる香りは、間違いなくバニラだ。
あの植物は魔女の知識にはなかったけれど、今日から加えておこう。
あれは、バニラっていう植物。
「やっぱりすごい甘いにおいがします~」
「本当に強い香りだな。そのまま飲むと甘いのか?」
「甘い香りがしても、強いお酒なのには変わりないから、そのまま飲むのはオススメしないよ」
香りと味が一致しなくて、むせること間違いなし。
ただでさえ、ウォッカは度数が強いからね。
私は日本酒は好きだけど、洋酒はどうにも……まあ、日本酒は強くて二十度くらいで、ウォッカは四十度くらいだからね。
しかもウォッカは九十度くらいのやばいやつもあるとか。
どちらにしろ、お酒はほどほどに。チェイサーとしてお水をしっかり一緒に飲むこと。飲んでも飲まれるな、だよ。
「とりあえず、一口舐めてみる?」
「ああ、いいのか?」
「もちろん」
先ほど砂糖をすくうのに使ったスプーンに、バニラエクストラクトを数滴垂らしてクライスに勧める。
強いお酒でもあるから、ポンちゃんはちょっとだけ羨ましそうにしながらも見ているだけで、その姿からはフェンリルの王だとは想像がつかない。
「どう?」
「……甘ったるい酒、といった感じだな。ただちょっと、咳が止まらなかったときに、薬師が調合してくれた薬に似ている気もする」
「ああ、それはそうかも」
まだ体が小さい子は、よほど重症ではない限り自然治癒力に任せて、治癒魔法で治したりしないんだよね。
その考えには賛成。なんでも魔法で解決するのはよくないからね。
だから、騎士団では魔法を使わず野営を何日もする訓練もあるらしい。――というのも魔女の知識から。
悪逆の魔女と違って、たいていの魔法使い――魔力が歴代最強クラスと言われているクライスだって、魔力切れなんてことは起こりうるからね。
「ありがとう、ポンちゃん。もういいよ。それでは、このミルクセーキを飲んでみようか」
「はい!」
「はい!」
攪拌は終わっていたけれど、うっかり声をかけるのを忘れてて、ポンちゃんはずっと蓋を押さえてくれていた。
だからポンちゃんに声をかけると、クライスまで元気のいい返事をする。
もうそれについては突っ込まないよ。
ポンちゃんがおそるおそる蓋代わりのお皿から手を離し、私がそれを開けると、二人とも興味深々で覗き込んだ。
「しっかり泡立っているな」
「クッキーの生地と同じ色ですね。匂いも似ています」
「そうだねえ」
ちょっと攪拌しすぎて、白身が泡立ちすぎちゃったけれど、これはそのうち液体に戻るから気にしない。
クッキー生地と同じ色とにおいなのは、これに小麦粉とバターを入れればクッキー生地になるからだね。
二人の感想を楽しく聞きながら、きちんと飲み切ったチャイが入っていたカップ三つを浄化魔法で綺麗にする。
お口に合うかどうかはわからないし、大丈夫そうなら後でバニラエクストラクトを入れたものを作り足すから、三人で一杯分を分ける。
それぞれのカップには三分の一くらいの量だけど十分だよね。
「美味しいかどうかは、好き嫌いがあるから、まずは試しに飲んでみて?」
「はい!」
「はい!」
うん。もうクライスについては何も言うまい。
とにかく、この世界でのミルクセーキを召し上がれ。




