65.考え事
商人のテオさんに聞いたところによると、テバナルという街は、湧き出るお湯につかると怪我の治りが早いと広まり、治癒の街として有名になったらしい。
要するに、湯治目的の観光客が集まってくる温泉街ってことだね。
ところが最近、無限に湧いていたそのお湯の量が極端に減ってきていて、湯殿を閉める宿も増えているとか。
普通のお湯でかさ増しすることもできるのに、正直だよね。
それは好感度が上がるというか、普通に応援したくなるよ。
とにかく、源泉が枯れてきている原因がわかればいいわけで、私で何か力になれるならなりたい。
自然の摂理を下手に曲げるのはよくないけれど、原因が別のことなら手助けできるかもしれないから。
そして温泉に浸かりたい。
美味しいものも食べたい。
さすがに温泉饅頭や炭酸せんべいはないだろうけれど、温泉卵くらいならありじゃない?
温泉の蒸気を利用した半熟の温泉卵は、滅菌できるわけじゃないしさすがに無理かな?
だとすれば、黒たまごみたいなのはどうだろう?
あれは地熱と火山ガスの化学反応で黒くなるんだっけ?
温泉の成分によっては難しいのか……。
黒たまごはともかく、半熟卵での卵かけご飯も美味しいんだよねえ。
この世界では今のところ、料理で使われている卵しか食べたことないけれど、卵メインの料理もあっていいと思うんだよね。
半熟や生卵を食べる習慣がないのは、たぶん先人の知恵というか、食あたりを起こす人が多かったからじゃないかな?
日本で安心安全に生卵が食べられたのは、確か――。
「――様? ユーナ様?」
「え? ごめん、ポンちゃん、聞いてなかった」
「大丈夫ですよ。この先もまだ歩くのか、飛ぶのか知りたかっただけで、考え事なら歩いているほうがいいですよね?」
「せっかくだから、少し休憩するか? あのあたりなら腰を下ろすのにちょうどいい木陰があるぞ」
テバルナの街に向かって、ひとまず山を越えてからは歩くことにしたんだよね。
それでついつい行き先をクライスに任せて、考え事に没頭してしまっていた。
ただ、ここからは少し傾斜がきつくなる道が続くようで、それでポンちゃんが私に声をかけてくれたみたい。
ずっと黙っていた私を二人ともそっとしておいてくれたんだね。
その気遣いがすごく嬉しい。――けど、食べ物についてばかり考えててごめん。
「とりあえず、休憩しようか。それから、私が考えていたことを話したいっていうか、ちょっとクライスに訊きたいこともある」
「うん、何でも訊いてくれ。ユーナの質問に答えられるかは別だがな」
「たぶん大丈夫だと思う」
私がクライスに質問があるって言うと、クライスだけでなくポンちゃんも緊張したみたい。
うう、ごめんね。
質問内容は卵が生で食べられるかどうか、食あたりを起こすのかどうかで、食いしん坊なだけです。
今、さらっと訊けばよかったなと反省しつつ、三人でちょっとした茂みをかき分けて、大木の木陰に入る。
指を滑らしたら切れそうな草も生えているけれど、魔法で覆って草花を邪魔にならないように寝かし、収納魔法の中から簡易の椅子を取り出して休憩できるようにして、ちょっとしたデイキャンプ気分。
はあ、魔法って便利。
私とポンちゃんは一足先に椅子に座ったけれど、クライスはまたチャイを淹れてくれようとしている。
そこで私が椅子の高さに合ったテーブルを出すと、ポンちゃんがせっせと組み立ててくれた。
うん、せっかくならデイキャンプというか、優雅なピクニック感を出したいな。
というわけで、テーブルクロスを出して広げる。
それから、ベイカの街の屋台で買った焼き菓子をお皿に並べ、マグカップも出してチャイ待ち。
「ユーナ様、これって、ベイカの街で買ったものですよね?」
「そうだよ。いろいろと……考え事してたから、甘いものが食べたくなっちゃった」
「大丈夫ですか?」
「うん。大したことじゃないのに、なんだか大げさになっちゃって……。ほんと大丈夫だから、心配しないでね」
ポンちゃんが実はフェンリルの王だったってわかったのは大きな衝撃で、お兄さんのこととかもあって、今になって疲れが出てきている。
でも、いろいろあった、なんて口にしたらポンちゃんが気に病むのは間違いないから、卵料理について考えていて甘いものがほしくなったということにしよう。――事実だし。
クライスは私たちのほうをちらっと見ただけで何も言わず、チャイに集中した。
私が言いかけたことに気づいたのかもだけど、まさかこの後の質問が生卵についてとは思わないよね。
なんか、ごめん。
食いしん坊万歳! ということで。
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