63.服従
最大限に魔法を行使するには、魔法の詠唱や、補助器具にあたる杖などがあるといい。
杖も指揮棒サイズから転ばぬ先の杖のような大きなものまでいろいろ。
だけど、そんなものを必要とするうちはまだまだヒヨッコ。
威嚇するためや見栄を張るために、これ見よがしに大きな杖を持つ魔法使いもいるけれど、あれは詐欺師に等しい。
私もクライスも、エレシムさんだって、そんなものは必要ないので持っていない。
ただし、今は威嚇も必要。
あの一年前の戦争を止めたときのように、最小限の被害で最大限の効果を発揮したい。
だから私のやることは一つ。
右足で地面をとんっと軽く足踏みして、その地点から大きな大きな防壁魔法を地中へと広げて球体の保護魔法を施し、生態系を守る準備をする。
ここには大切な麹菌や酢酸菌が生息しているわけだし、他にもたくさんの生物がいるからね。
目に見えないはずの防壁魔法が広がるにつれて、フェンリルたちが遠吠えをやめ、驚き私を見た。
うん、正解。一同、警戒態勢に入ってほしい。
私は杖も詠唱も必要はないけれど、パフォーマンスとしてわざとらしく大きく腕を広げ、それから頭上で勢いよく両手を叩いた。
瞬間、パンっと小気味いい軽い音と同時に、空に浮かび上がっていた魔法陣が消える。
自分たちの展開していた魔法陣が消えたことにフェンリルたちが動揺しているうちに、もう一度軽く手を叩く。
途端に、雲一つないはずの空から一撃の雷がお兄さんたちを中心に襲った。
これぞ晴天の霹靂。本物の雷撃というものだよ。ふふん。
お兄さんや他のフェンリルたちはその場に倒れ込み、呻いている。
でも、ほんの一瞬で防御魔法を展開して直撃を免れたのはさすがというべきだよ。
ま、その防御魔法さえも威力が軽減されるだけでしかないほどの魔法を放つ悪逆の魔女の力はすごいんだけどね。
どうしても魔女の力は他人事な気がするけれど、この膨大な魔力を今使わずしていつ使うって感じ。
もう二度と、ポンちゃんが蔑まれないように徹底的にやるよ。
その気持ちで、一気に抑えていた魔力を私の内から解放した。
球状の中に私の力が広がり、野生動物たちは驚き怯えて逃げ出す。
ごめんね、って気持ちで、防壁魔法内から飛び出す動物たちを横目に見ながら、意識だけはフェンリルたちに向けていた。
すると、フェンリルたちはぺたりとその場に伏せる。
そして、尻尾を股の間に仕舞い、耳を垂れてきゅうんと鳴いた。
か、可愛い……くなんてないからね!
「ユーナ様、兄上たちは服従するみたいです!」
「服従?」
はあ? 今さら?
服従するならお腹も見せてほしいんですけど?
そのお腹の毛はさぞかしもふもふで気持ちいいだろうね!
って、そうじゃなくて。
フェンリルたちに服従されても嬉しくはないというか、どうでもいい。
だけど、ここで受け入れれば、もしポンちゃんが群れに帰りたくなったとき、仲間に会いたくなったときに、助けになるよね?
うん、受け入れよう。
とはいえ、まずはポンちゃんの意思確認。
「ポンちゃんはどうしたい? 彼らを受け入れたほうがいい?」
「ボクは……ユーナ様を邪険にしたことは許せません。だけど、このまま一括りに人間を嫌ったままでいてほしくもありません」
「うん、わかった。ありがとう、ポンちゃん」
ポンちゃんの大きな前足をぎゅっと抱きしめて、優しい気持ちに感謝する。
それから、クライスに視線を向けると、この状況を楽しんでいるような笑顔が返ってきた。
「ようやく私のことを思い出してくれたか」
「別に、忘れていないよ」
「冗談だ。ただ少し、二人の仲に嫉妬しただけだから、今の言葉は気にしないでくれ」
「それこそ、冗談でしょ?」
「そうだな。とにかく、フェンリルたちを許してやるなら、何か声をかけてやったほうがいい」
「わかった」
クライスの冗談はいまひとつ面白くないけれど、それは内緒。
でもポンちゃんはお座りすると、クライスを見下ろしてふんっと鼻で笑った。
「ポン太、笑うなよ」
「冗談なら笑ってもいいでしょう?」
「嫌みが上手くなったな」
「ボク、成長しましたから」
仲が悪いようでいて、本当は仲が良さげなこのやり取りを聞いて嬉しくなる。
いつものポンちゃんが戻ってきたようで、クライスに感謝だよ。
さて、それでは、フェンリルたちに仲直りを申し出るか。
正直に言えば、お兄さんのことは許せない気持ちのほうが大きいけれど、そういうのが未来に禍根を残すことになるからね。
服従のポーズらしい、伏せをするフェンリルたちに数歩近づき、リーダー格のフェンリルに声をかける。
「私はあなた方との争いをこれ以上望みません。仲直りしていただけますか?」
「そのようなありがたい申し出をいただき、誠に感謝申し上げます。我々は、あなたに服従と忠誠を誓います」
「いえ、そこまでは必要ないです。私からのお願いは、むやみに人間を嫌わず攻撃しないと約束いただけるだけでいいですから。それと、ポンちゃんに、……彼に謝ってください」
「ユーナ様……」
大げさなフェンリルの言葉に私は首を振って、希望を口にする。
ポンちゃんは嬉しそうにしっぽをぶんぶん振って風が起こったけれど、お兄さんは未だに不満そうなのがちょっと腹立つ。
お兄さんは選べる立場にないからね?
まあ、ポンちゃんがもう気にしていないっぽいからいいか。――眼中にないだけの気もするけど。




