62.群れ
「……ポンちゃん、これはさすがに私も見ているだけなんてできないよ?」
「ユーナ様……、申し訳ありません」
「ポンちゃんが謝る必要はないからね。卑怯なのは、お兄さんなんだから」
私が怒りを抑えて声をかけると、ポンちゃんは耳も尻尾も垂れて謝ってきた。
その姿はタヌキに見えた頃と変わらず可愛くて、きゅんとする。
って、いやいや、そんな場合じゃないから。
ちらりと視線を向けると、クライスも今度は私の意見に賛成してくれたようで、小さく頷いた。
そこでポンちゃんに駆け寄り、柱のような右前足に抱きつく。
黄金色に輝く毛は予想よりも柔らかくてもふもふだ。
これだけ体が大きくなるともっと毛は硬いかと思ってた。
そんな私を歓迎するかのように、ポンちゃんはさらに柔らかな尻尾で一度するっと撫でてくれる。
「ユーナ様、ボクは負けませんから」
「うん、それはわかってる。でも、私はいつだってポンちゃんの味方だからね」
もし今集まってきているフェンリルがポンちゃんに敵意を向けてきたら、私も黙ってはいられない。
魔女の知識では、フェンリルの仲間意識はそれほど強いとはなかった。
それでも、ポンちゃんが仲間として認められないなら、私はどうすればいい?
ポンちゃんの意思を尊重したいけれど、蔑ろにされるようなら許せない。
だから、私はさらに力を抑えて、他のフェンリルたちの出方を待つことにした。
クライスも沈黙したまま、傍へとやってくる。
「この出来損ないが、いつまでも人間ごときと馴れ合いおって! 我が種族の誇りを忘れたか!」
「兄上こそ、一対一の戦いかと思ったのに、仲間を呼ばれるなんて、大した誇りですね」
「なんだと!? このクソガキがっ!」
ポンちゃんってば、いい感じに嫌みが言えてるよ。
純粋で素直なポンちゃんも好きだけど、今の負けん気の強いポンちゃんも好きだな。
思わずポンちゃんの前足をぽんぽんと叩くと、くすぐったかったのか嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
うん、ポンちゃんは大丈夫だ。
「――アーク! 無事か!?」
「なぜ我々を呼んだのだ!?」
続々と駆けつけてくるフェンリルたちは、お兄さんに――アークって名前らしい――に声をかけ、それからポンちゃんを見てはっと息をのむ。
四方から駆け付けたらしいフェンリルは六頭。
彼らはポンちゃんに向けて、急いで頭を下げるように伏せた。
「まさか、我らが王が顕現されたのか」
「それで呼んだのか?」
「ならば、なぜ救援の遠吠えを?」
「違う! よく見てくれ! あやつは人間の味方なのだ!」
往生際が悪いというか卑怯というか。
まあ、自分より格下だと思っていたポンちゃんに対して、あんなに暴力的な攻撃をしてきたお兄さんだもんね。
お兄さんの態度に呆れていたら、一度は消えていたフェンリルたちの敵意が再燃したのがわかった。
嘘でしょう? 魔女の知識にはないけれど、ひょっとしてフェンリルって馬鹿なの?
それとも、それほどに人間が憎いとか?
「王よ、これはどういう了見でしょうか?」
「人間ごときに肩入れされているのか?」
「そうなんだ! 聞いてくれ、あいつは人間を庇い、私へ危害を加えようとしたんだ!」
え~。ほんとに人間のこと嫌いなんだ。
その理由を知りたい気もするけれど、今はどうでもいいかな?
人間でも善良な人もいれば悪人もいるように、フェンリルだって同様だよね。
そして、ポンちゃんのお兄さんは悪いフェンリルでOK?
なぜなら、自分から売った喧嘩に負けたからって、被害者ぶってポンちゃんを悪役に仕立てているから。
だとして、あのフェンリルたちは何だろう?
ついさっき『王』と呼んで頭を下げた相手なのに、今は自分たちの理想とする存在じゃないから牙をむいているの?
王の意思は絶対、なんてことは反対だけれど、都合のいいだけの王を求めているなら――そして、それをポンちゃんに押し付けるのなら許せない。
「ユーナ、もう少し待ったほうがいい。彼らがあの兄の言い分をどこまで信じるかだ」
「待てないように見えた?」
「……私も同じ気持ちだからな」
声には出していないはずなのに、クライスには読心術でもあるのかと思う。
でもまあ、クライスも王族で、力の強さのせいでいろいろな悪意にさらされてきただろうし、考えることは同じなのかも。
「あなた方がどんなに人間を嫌おうと関係ありません。ボクはユーナ様を――ユーナ様だけじゃない、いい人間がたくさんいるって知っているんです! だから、ボクは人間だというだけで嫌いになったりしません!」
「ポンちゃん……」
ポンちゃんは一年前の戦争に巻き込まれて大怪我をしたのに、それでも人間に対する恨み言は言わなかった。
リザの町で嫌なやつだったガースだって、翌朝ちゃんと謝ってくれたもんね。
他にも旅の途中で嫌な思いをすることはあったけれど、それ以上に善良な人たちに出会って、ベイカの街ではみんなに親切にしてもらった。
それはクラーケンを倒したからってだけじゃないと思う。
クライスだって、本当はとっても偉い人なのに、食いしん坊で面白いしね。
「そなたは忘れたのか! 人間は、我らの聖女を殺したのだぞ!?」
「え……」
集まった中でも一番の実力者であるらしいフェンリルの言葉に驚いて、私は思わず声を漏らしてしまった。
どういうこと? 聖女って、あの聖女?
でも、聖女だって人間だよね? それとも、フェンリルの中にも聖女がいたってこと?
「そういえば、伝説の聖女はフェンリルを従えていたとあったな」
「そうなの?」
「……はい。ボクも小さい頃から聖女様の話は聞かされていました」
「ポンちゃんまで……」
でもでも、悪逆の魔女は聖女殺しの罪を負っていて、その魔女は私で……。
あの戦争だって魔女の仕業だから、間接的にポンちゃんの怪我だって魔女の――私の仕業ってことだよね。
それなのに、ポンちゃんは今まで私を師匠と呼んで慕ってくれていたの?
「ユーナ様はユーナ様です。魔女だとか、聖女だとかは関係ありませんから」
「……ありがとう、ポンちゃん」
「ユーナと魔女は別人だ。それは私もよく知っている」
「クライスまで……ありがとう。うん、そうだね」
ポンちゃんのほうが今はつらい立場のはずなのに、動揺する私を慰めて励ましてくれる。
クライスも励ましの言葉をくれて、ぐらつく私の心を支えてくれた。
そうだよ。私は私でしかない。魔女の力を持っていても、魔女に意識に支配されたりもしない。
「何をごちゃごちゃ話しておるのだ! たとえお主が王としての力を顕現させたとしても、人間の肩を持つようでは、我らは認めぬ!」
「そうだ! このままでは、そなたを永久追放とするぞ!」
「かまいません! ボクは過去の恨みに囚われるよりも、ボク自身を大切にしてくれるユーナ様や、友人である人間が大切ですから!」
聖女とフェンリルの関係がどんなものだったのかはわからない。
だけど、ポンちゃんの言葉こそが正しいと私は思う。
これは身びいきでもなんでもない。そして、ひいきするなら、私は絶対的にポンちゃんの味方だから。
「おのれ、小童が生意気を言いおって!」
「今ならまだ我らが力を合わせれば、あやつを倒せます!」
「そうだ! あいつに我らの掟をわからせるべきです!」
は? 何言ってるの?
ポンちゃんには申し訳ないけれど、フェンリルは人語を操るだけの馬鹿だ。
頑固とか、そういうレベルじゃない。
たとえ自分たちが慕っていた聖女の仇だったとしても、それだけで人間を庇うポンちゃんを攻撃しようとするなんて。
集まったフェンリルたちが空を仰いで遠吠えを始めた。
これは先ほどの救援の遠吠えではないことは、私でもわかる。
同時に、空にいくつかの魔法陣が浮き上がり、この遠吠えが強力な魔法の詠唱だと気づいた。
その強さは、さっきのお兄さんの焦土魔法の比ではない。
フェンリルたちは、この土地を――この国を破壊するつもりなのかな?
「クライス、もういいよね?」
「ああ、頼む」
「ポンちゃん、いい?」
「はい、お願いします」
クライスの許可も得た。――いらないけど。
ポンちゃんは申し訳なさそうに耳も尻尾も垂れて頷く。
何も悪くないポンちゃんに、そんな態度を取らせたことを許さないんだから。
それでは、私はこれから悪逆の魔女として、聖女殺しの仇として、フェンリルたちに反撃を開始します。




