60.兄弟喧嘩
クライスの衝撃発言に私が混乱しているうちに、ポンちゃんは元の姿のタヌキ……じゃなくてフェンリルに戻っていった。
だけどその毛並みは、やっぱり黒と焦茶と茶色が入り混じったタヌキ柄で、魔女の知識でもフェンリルと認識しない。
「兄上! ユーナ様のことを〝人間ごとき〟だなんて、失礼なことを言わないでください!」
「なんだと?」
「ユーナ様はボクの大切な師匠なんです! だから、ユーナ様に謝ってください!」
「ポンちゃん……」
ポンちゃんは自分が『出来損ない』と言われたことではなくて、私のことで怒ってくれてる。
それは嬉しいけれど、お兄さんに逆らっても大丈夫なの?
兄弟云々の前に、種族的な上下関係とかがあるんじゃないかな。
特にポンちゃんが本当にフェンリルなら。
今だって毛色だけでなく、明らかに体格差があって……って、あれ?
ポンちゃんが成長してる!
私と出会ったときには、タヌキサイズだったのに、今はクマサイズだ。
この一年で大きくなったんだね、感無量。
って、今はそれどころじゃない。
フェンリルが群れる生態なのかは魔女の知識にないけど、一匹狼的に暮らすことによって、今後のポンちゃんの精神的肉体的負担がかかったりしない?
私は絶対にポンちゃんに寂しい思いなんてさせないけど、どうしても超えられない壁があったらどうしよう。
それで、このフェンリルお兄さんは怒ってるのかも。
野生動物は人間のにおいがつくと元の居場所に戻れないとか聞くし、お兄さんの怒りの原因はそれかな。
だけど、ポンちゃんは私のためにお兄さんに立ち向かっているんだから、私もしっかりサポートしたい。
もし、ポンちゃんに何かしようものなら許さないんだから。
そう思って、私がいつでも魔法を展開できるようにじりじりしながら構えていると、ポンちゃんが気づいたらしい。
「ユーナ様、手出しは無用です。これはボクの戦いですから!」
「でも――」
「ユーナ、ポン太の言う通りだ」
「クライス……」
私の動きをポンちゃんは察したみたいで、助けを断られてしまった。
しかも、クライスまで止めてくる。
でも、もしポンちゃんが怪我をしたら? って、心配だったけれど、いくら私が力を抑えて隠しているとはいえ、私の動きを察知できていないお兄さんはそれほどの実力ではないんじゃない?
よし! 可愛い子には旅をさせよ、だね。
黙って、見守ろう。……我慢できるまで。
「ごちゃごちゃとうるさいぞ! 人間と馴れ合いおって、この出来損ないが!」
「――っ!」
私たちのやり取りにしびれを切らしたように、お兄さんがポンちゃんへと雷撃を放った。
だけど、やっぱり大したことない。
ポンちゃんも簡単に防いでいるからね。
ほっとしたのもつかの間、お兄さんはさらに強力な雷撃に続いて旋風までを起こし、ポンちゃんを追い詰めようとした。
その容赦なさに腹が立ったけど、怯んだ様子のないポンちゃんを見て気持ちを抑える。
これはおそらく兄弟喧嘩ではなく、種族としての優劣をつけるための戦いだ。
私が手を出すわけにはいかない。
できることといえば、周囲に被害が及ばないようにすること。
米酢を作る菌はデリケートなんだよ。
だから、お米のなる木やその他のことは私に任せて、ポンちゃんには思いっきり戦ってほしい。
そう思ったのに、防戦ばかりのポンちゃんを見ているだけはつらい。
「……クライス、いざとなったら手を貸してもいいかな?」
「やめておいたほうがいい。それに、ポン太には必要なさそうだ」
「それは、確かに……」
クライスの言う通り、ポンちゃんにはまだ余裕が感じられる。
そうだ。ポンちゃんを信じて見守ろう。
攻撃魔法をまだ一度も放っていないポンちゃんに比べて、優勢に見えるお兄さんのほうが焦っているみたい。
「ちょこまかと逃げよって、この出来損ないが! 正々堂々と戦ってみろ!」
お兄さんはしびれを切らしたように吠える。
でも、正々堂々って何? ポンちゃんは逃げているんじゃなくて、避けているだけじゃん。
攻撃魔法だけが戦いのすべてではないからね。――って、あれ?
ひょっとして、ポンちゃんはあまり攻撃魔法が得意ではない?
今さらなことに気づく。
この一年、一緒に暮らしていて、いろいろな魔法――主に調理に使えると便利な魔法は教えたりしていたけれど、攻撃魔法は教えたことがない。
必要ないと思っていたけれど、これからは自分の身を守るためにはきちんと魔女の知識にある攻撃魔法を教えていたほうがいいのかも。
そんなふうに考えていると、お兄さんの放った攻撃魔法で破壊された岩石の破片が私たちに向かって勢いよく飛んでくる。
「ユーナ様!」
もちろん、私もクライスも防壁魔法を施しているから破片が当たることはない。
だけど、焦った様子のポンちゃんが風魔法で破片を粉々に砕いた上に、水魔法で飛び散らないように水分を含ませて地面へと落とした。
一瞬の出来事ではあったけれど、それだけでポンちゃんの実力が――攻撃魔法だってできるって示している。
さすがやればできる子ポンちゃん。
私が余計な心配をする必要はなかったなって、ほっとしたのもつかの間。
ポンちゃんの実力を見ることになったお兄さんは超お怒りモード。
「おのれ、出来損ないが舐めおって!」
「兄上、僕に怒るのは仕方ありませんが、ユーナ様たちを巻き込むことは許しません!」
「何を生意気な! 人間に肩入れするなぞ、お前こそ許さんぞ!」
ポンちゃんの言うことは正論なのに、お兄さんは許せないらしい。
人間が何か嫌なことをしたのかな?
フェンリルと人間が敵対しているなんて情報は、魔女の知識にもない。
便利なようでいて、魔女の知識は全能ではないんだって、つくづく思う。
だからこそ、旅を続けて知見を広げたい。
でも、それより先に目の前のお兄さんだよ。
ポンちゃんは優しいから、さっきよりもさらに力を増したお兄さんの攻撃魔法にも、防ぐだけで反撃しない。
ただ防ぎ方が変わって、周囲に被害が及ばないように、細やかに魔法で操作して威力を消している。
それは簡単なようでいて、かなりの実力が必要な技術だ。
さすがポンちゃん。
教えてもいないのに、こんなことができるなんて、私が師だって名乗るのがおこがましいくらいだよ。
お兄さんもポンちゃんの実力に気づいているようで、苛立ちを募らせている。
冷静さを欠いたら、戦いはそこで負けですよ。――って、待って! お兄さんが展開させようとしている魔法はまずい!
まさか、その魔法をここで放つつもり!?
「ポンちゃんっ!」
「ポン太!」
面白おかしく考えていた私は油断していて、お兄さんがまさかこの辺り一帯を焦土と化すほどの炎魔法を放つとは思っていなかった。
私もクライスも急ぎ防壁魔法ならびに壁内の緑土へ保護魔法を施す。
お兄さんが魔法を放つ前に倒すこともできたけれど、それはたぶんポンちゃんが望まないはずだから。
ポンちゃんを庇うこともできたけれど、それは信じているから。
頑張れ、ポンちゃん!




