55.熟成
「ユーナ様?」
「ユーナ?」
「ちょっと……私の知っているお米とは違うから、面白くなっちゃっただけ。危険はなさそうだし、下りてもいいかな?」
「はい!」
「よし、行こう!」
不思議そうなポンちゃんとクライスに簡単に説明してから、下りてもいいかポンちゃんに訊ねる。
ポンちゃんは元気いっぱいに答えてくれて、それがやせ我慢じゃないことはわかったので、クライスと一緒に降下した。
危険はなさそうというより、私とクライスがいればたぶん無敵だから。
「わあ……。近くで見ると、大きいですね」
「本当だ。簡単には実を採れないね」
「飛べばすぐだがな。それに、熟した実は周囲に落ちている」
「熟した……。うん、そうだね」
米のなる木はヤシの木くらい大きくて、達人じゃないと木に登って採るのは難しそうだった。
その大きな木を見上げるポンちゃんの目はキラキラしていて無邪気で可愛い。
だけど、クライスはすごく現実的。
とはいえ、それも食べられるのかっていう好奇心のせいだってわかる。
お米に『熟した』って表現を使うから不自然に感じたけれど、日本酒も熟成させるわけだから……ん? 待てよ?
思い出せ、私。
確か、米酢って日本酒から造られるんじゃなかったっけ?
ええっと、お米を蒸して、それから納豆菌に弱い麹菌を入れて糖に変わって、それで……なんだっけ? あ、そうそう。酵母だ。それがアルコール発酵してお酒になったはず。たぶん?
ちょっと違うけど、まあそんな感じ?
さらに酢酸菌を加えると、酢酸発酵とやらして、お酢になるんだよ。
何か足りないかもしれないけれど、ざっとこんな感じだったはず。
だけど、自然にお酢ができるってことは、この辺りには酢酸菌があるってこと?
いや、その前に酵母があるのかな?
あれこれ考えているうちに、クライスは落ちている籾を拾って、ふるふると振っていた。
でも、さっきのように液体が入っている音は聞こえない。
私も近くに落ちていた籾を拾って、よいしょと振ってみたけれどダメだった。
「あ! これは液体が入っているみたいです!」
クライスと私を真似て、ポンちゃんが振った籾は音が鳴ったらしい。
ここまでは聞こえなかったから、それほど液体になっていないのかもしれない。
「ポンちゃん、それを貸してもらっていい?」
「もちろんです」
にこにこしながらポンちゃんが差し出してくれた籾を受け取り振ってみると、確かに音がする。
クライスも順番待ちしているように、私の後ろに立った。
ちょっと笑いを堪えてクライスに渡すと、同じように籾を振ってぱっと顔を輝かせる。
「本当だ。かすかに音がするな」
「うん。中身はどうなっているんだろうね」
「これもにおいますけど、さっきとはちょっと違うにおいです」
「そうなの?」
「はい。さっきはツーンときましたけど、これはなんだか甘い感じです」
ええ! それって、日本酒なのでは? まあ、ここは日本ではないから、正確には米酒?
そもそも、これがお米なのかは疑問だけど、魔女の知識にないってことは、名前はまだない。ってやつかも。
「ユーナ、開けてみないのか?」
「そうだね。ポンちゃん、いい?」
「はい!」
これを見つけたのはポンちゃんだからね。
元気よく返事してくれたポンちゃんに、クライスは「ありがとう」ってお礼を言って微笑んだ。
ポンちゃんは「別に」なんて答えてるけど、ちょっと嬉しそうで、ツンデレみたいで可愛い。
クライスと出会ってから、新しいポンちゃんを見ることができるのは楽しいな。
まさかの完璧王子様の意外な生態――好奇心旺盛な食いしん坊を知ることもできたし、やっぱり付き合ってみないとわからないもんだね。
今度は収納魔法からポンちゃんのカップを取り出して渡し、籾に二か所穴を開ける。
うわ! これは本当に日本酒のにおいに近い。
どきどきしながら、ポンちゃんの持つカップへと液体を注いだ。
「あれ? 甘いのに、お酒のにおいがします~」
「……うん」
「先ほどとはにおいが違うな」
ポンちゃんはカップを鼻に近づけてから、すぐに離した。
甘いにおいに釣られちゃったけど、そのあとアルコールのにおいにやられちゃったんだね。
私は懐かしいにおいに、ちょっと泣きそう。
逆にクライスはさらにテンションが上がってる。
その姿を見て、私も持ち直すことができた。
「ポンちゃん、これちょっと飲んでもいい?」
「全部どうぞ。ボクは飲めそうにないですから」
「ありがとう」
体に悪いものでないのはちゃんと確認したから、あとは味を確かめたい。
ポンちゃんに飲んでもいいか確認すると、まさかのクライスから羨ましそうな視線を向けられてしまった。
「……クライスも飲んでみます? たぶん、けっこう強いお酒だと思いますけど」
「ぜひ! ポン太、いいか?」
「まあ、かまいませんけど……」
さすがに独り占めはできなくて、クライスに勧めてみたら、喜色満面という言葉そのままの表情をした。
おかしい。イケメンなはずなのに、私の中でクライスはもうおもしろ枠に分類されてる。
それでもクライスはちゃんとポンちゃんに許可を取った。
ちょっとポンちゃんは引き気味だけど。
「では、いただきます」
「いただきます」
ポンちゃんのカップから、クライスのカップに半分注いで、それからドキドキしながら一口。
うわー! 日本酒だ! いや、どちらかというと濁酒だけど、でも米酒だ!
うるっときそうになって、じっと私を見るポンちゃんの視線に気づく。
ここで泣いたら心配させると、慌てて笑顔を浮かべた。
ポンちゃんは何となく私の気持ちを察していたのか、ほっとする。
可愛いだけじゃなくて、ほんと優しいよね。
気持ちも落ち着いて、クライスの反応を窺うと、予想外に固まっていた。
「クライス?」
「……これは、すごいな」
「美味しいよね」
「ああ。口の中に甘みが広がり、それからぐっと自然の香りが重くのしかかってくるのに、不思議と心地よい。あえて言うなら、舌触りが今ひとつだな」
「それはそう」
酒粕かな? それが口の中に残っちゃうから、舌触りが悪くなるんだよね。
これを清酒にしたら、すごく美味しいと思う。
熱燗もいいけど、冷酒にイカソーメンとか最高じゃない?




