51.グルメレポート【王城にて】
「――それで、魔女はどうやってクラーケンを倒したのですか? それくらいはさすがにクライスも書いていますよね?」
「ああ。どうやら長官と同じらしい。雷撃で痺れさせたようだ」
「やはり、クラーケンにはそれが一番なんでしょうね」
「それはどうかわからないと、クライスは書いているな。魔女はクラーケンを食べる気満々で、できるだけ傷つけないように捕獲しようとしたようだ、とある」
「……以前の炎リザードのときから思っておりましたが、魔女もかなり……」
「食いしん坊だな。クライスと気が合うようで、何よりだ」
アドルフォが報告書の一番肝心な部分の回答を国王から得て納得すると、予想外の続きがあった。
思わず眉間にしわを寄せ、アドルフォが控えた言葉を、国王が嬉しそうに口にする。
「私がクラーケンを倒したときには、食べるなんて考えもせず、ただ放置してしまいましてなあ。すると、二日もしないうちに、とんでもない腐臭を発生させはじめ、慌てて大きな穴を開けて埋めましたよ。海に戻すことも考えたのですが、他の生態に影響を及ぼすかもしれないと、漁師たちに反対されたものですから。でもそうか、食べればよかったのか……」
「そうだな」
悔しそうに言う長官の言葉に、国王は同意して残念そうに頷いた。
そんな二人を見て、アドルフォが「そこじゃないだろ」とのツッコミをのみ込んでいると、国王はさらにとんでもないことを口にした。
「雷撃の方法は、やはり魔女と言うべきか。長官、すごいぞ」
「ほう? それは気になりますな」
どうやらちゃんと報告書らしいとアドルフォも耳を傾け、その内容に愕然とした。
魔女は海を割り、海底の暗礁にしがみついていたクラーケンだけを雷撃で倒し、引き上げたというのだ。
そもそも、クラーケンを釣ろうとしたとか、頭がどうかしているんじゃないかというツッコミはしないでおいた。
あの戦場での戦いの止め方も、今思えばどうかしている。
アドルフォはあの日一日、足の裏の痒みに苦しめられたのだ。
だが、魔女も油断していたのか、クラーケンは絶命してはいなかったらしく、陸に引き上げられてから、最期の悪あがきとばかりに暴れた。
そこをクライスが助けに入り、自然と合流できたらしい。
「――いや、クライスは剣でクラーケンの足を切ったということですか? 先ほど、剣では倒せないと長官がおっしゃっていたのに?」
「まあ、ほら。クライスだから」
「そうですのお。クライス殿下ですからなあ……」
クライスは魔法だけでなく、剣技にも優れている。
見目麗しく、人柄もよく、いっそのことクライスが――第三王子が将来の国王にと望む声もあるほどだ。
正直に言えば、アドルフォ自身もそう思うこともあった。
しかし、第二王子であるカリストとともに、クライスはアドルフォを慕い、常に立ててくれる。
国王や王妃である両親も、アドルフォが将来の王になることを当然と考え、そう教育されてきた。
何より、母からの言葉がアドルフォのコンプレックスを一掃してくれたのだ。
――クライスはとても優秀な子だけれど、あの子が大臣たちと円滑に協議し、諸外国と折衝し、この国を治めるなんてできると思う?
その問いかけに、アドルフォは「それは無理」と即答してしまったほどだった。
ちなみに、カリストもクライスほどではなくとも優秀だが、権謀術数を弄する大臣や諸外国の使者を相手にするのは難しいだろう。
世の中、適材適所というものがある。
アドルフォは思春期のちょっとした反抗期とコンプレックスを乗り越え、今は王太子として役目を果たしている自分を誇らしく思っていた。
そのため、弟たちのことは大切で可愛くはあるが、言わなければならないことはある。
「クライスが人間離れした技の持ち主でも、それで納得しては次に繋がらないでしょう? 何か、クラーケンを斬るためのコツのようなものは書いていないのですか?」
「ふむ。……クラーケンが完全に息絶えた後、港の男たちと一緒に解体したとあるな」
「……要するに、魚を解体するための刃物なら、クラーケンを斬ることができると?」
「いや、おそらく死んでしまえば、体の硬化の力が落ちるのではないですかな。魔獣ではよくあることです」
「では、やはりクラーケン相手には雷撃が一番だと……」
たいていの生物は生命活動が終われば体は硬直するものだが、魔獣などは逆に硬い体を守っていた力を失ってか、柔らかくなるものもいる。
クラーケン退治においての心得として、今回のことは長官の経験とともに、改めてクライスに詳細を聞いてから、しっかり記録しておこうとアドルフォは決めた。
「さてさて、それでここからが長いぞ」
「……料理報告ですか?」
「ああ。炎リザードのときは美味だと知ってはいたが、クラーケンだぞ? 今まで誰も食べたことがないはずだ。記録にもないのだからな」
「それはまあ、そうですが……。まさか、また取り寄せるおつもりではないでしょうね?」
「んん?」
「そのおつもりなんですね?」
国王の曖昧な返答に、アドルフォは眉を寄せた。
クライスほどではないが、国王もかなりのグルメなのだ。――というより、好奇心旺盛である。
早くアドルフォにその地位を譲って、引退後は旅をしたいなどとよく言っているのだ。
残念ながら、戦後の混乱がまだまだ続いているため、その夢は叶わないが、いつか城から抜け出すのではないかとアドルフォは心配していた。
王太子時代にはかなり周囲を困惑させたと、古参の侍従たちから聞いているからだ。
とはいえ、アドルフォもリザの町から取り寄せた炎リザードのテールステーキを食べた時には感動したほどだった。
これは確かに、クライスが三枚もの紙にその報告を書いて寄越すほどの味だと。――いや、さすがに長すぎるかと、すぐに思い直したが。
リザードの尾がなぜ他の部位より美味なのかは、テールステーキを調理した店主に聞いて、詳しく報告してきていた。
どうやらリザードは外敵が現れると、尾を自ら切り落としたりして逃げるらしく、その後に新しく生えてくるのだ。――本来のトカゲの尾は生え変わらないので、リザード独自の生態らしい。
要するに、リザードの尾が他の部位より柔らかく美味なのは、尾自体が再生したもの――生まれたばかりだからということのようだ。
そこまでは理解できた。
その後のクライスの行動に、アドルフォはめまいを覚えたが。
『~ということで、リザの町を脅かしていた炎リザードの尾は生え変わったばかりかもしれません。私はどこかに古い尾が落ちているのではないかと、その尾の味が気になるので、しばらく森を探してみようと思います』
そう書かれた報告書にツッコミを入れる者は、アドルフォ以外にはいなかった。
そのため、アドルフォがリザの町へしっぽ捜索隊なる部隊を派遣することによって、クライスに魔女を追うようにと促したのだ。
結局、古い尾は未だに見つからなかったので、おそらく炎リザードは別の地で外敵に追われ、リザの町へと移ってきたのだろうと結論付け、クライスに報告して納得させたのだった。




