50.報告書【王城にて】
「――陛下! 国王陛下! クライス王子殿下から、報告書が届きましたぞ~!」
マケイラ王国王城内にある執務棟に魔法長官の声が響く。
先の戦争で荒廃してしまった土地の再生について話し合っていた面々は、顔を見合わせてから国王を見た。
クライスの父である国王は渋い顔を崩さず、隣に座る嫡子――王太子にちらりと視線を向ける。
その視線を受け、王太子は苦笑しつつ机を囲む臣下たちに告げた。
「議題はまだあるが、いったんは昼休憩としよう。よいだろうか?」
「かしこまりました」
議長である大臣が座ったまま頭を下げ、他の者たちもそれに倣って頭を下げて諾の意を表した。
そして立ち上がると同時に、魔法長官が入ってくる。
「おや、まだ会議途中でしたか。これは申し訳ないことをしましたな」
「いえ、ちょうど休憩となったところですよ。それでは、失礼」
間違いなく長官は会議中であることを知っていただろうに、白々しく驚いたふりをした。
大臣たちもわかっていて、長官の謝罪を受け流し、ぞろぞろと会議室から出ていく。
魔法長官は変わり者だと有名で、まともに取り合っても疲労するだけなのだ。
皆、それをわかっており、会議室には国王と王太子だけが残った。
国王はそれまでの渋面から悪戯っぽい笑顔に変え、盟友である長官に声をかける。
「それで、クライスは何と?」
「いえいえ、私が先に目を通すわけにはいきませんからね。まだ報告書の真贋と罠などが仕掛けられていないかだけしか確かめておりません」
「そうか。では、さっそく読んでみよう」
王家子飼いの魔鳥が届けたとはいえ、報告書が途中で入れ替えられたり、攻撃魔法が施されていることはたまにある。
そのため、王宮に届いた手紙類はすべて魔法使いが軽く検分するのだが、今回のように直接国王などの重鎮が手にするものについては、高位の魔法使いが検分するのだ。
それでも、普通は魔法長官直々に検分したりはしないのだが、国王も長官もクライスからの報告書を楽しみにしているため、このようなやり取りが毎回行われていた。
そんな二人を目の前に、クライスの兄である王太子は呆れたようにため息を吐く。
「今度はどんな料理報告ですか?」
「まあ、待て。アドルフォ。楽しみなのはわかるが、まずは料理よりも、魔女の動向報告だからな」
「いえ、別に楽しみにしているわけではありません。ただ単に、クライスからの報告書がほとんど料理報告に終始しているから嫌みを言ったまでです。本来の目的である魔女の動向など、報告書の一割にも満たないではないですか。しかも、私たちへの挨拶もおざなりで……」
「なんだ、アドルフォ。大好きなクライスが魔女と料理のことばかりだから、拗ねているのか?」
「そうではありません。そもそもクライスは一部の民からは逆恨みをされてもいるのです。それを、〝悪逆の魔女〟の監視要員として、一人で旅をさせるなんて無茶だと――」
「おお! 今度はクラーケン退治したらしいぞ!」
生真面目と有名な王太子であるアドルフォは、父である国王の言葉に反論した。
しかし、手紙に目を通していた国王は聞いていないどころか、嬉しそうな声を上げて遮る。
「なんと! クラーケンを!? あれはベイカの街からも再三駆除依頼がきておりましたからな。だが、大型のクラーケンを駆除するには、かなりの力を要しますからなかなか対応できず……。助かりましたなあ」
「うむ。どうやらクライスは予定通り王国魔法騎士と名乗ったらしい。おかげで、我々がベイカの街を見捨てたと思われることも避けられたようだ。まあ、退治したのは魔女らしいが」
「さすが、魔女ですなあ。どれどれ、詳しく教えてくだされ」
国王の盟友というより悪友である長官が、うきうきした様子で続きを促す。
その姿は王国の重鎮というよりも少年のようで、アドルフォは再びため息を吐いた。
魔女は厄介なクラーケンを退治してくれたようだし、クライスも駆けつけたことで上手く国もちゃんと関与していると知らしめられたようだ。
それなら問題ないかと考えたのだが、父が読み上げる報告書の内容はやはりどう聞いても食レポでしかなかった。
「なんと! 魔女はクラーケンを食べることを提案したらしいぞ!?」
「クラーケンをですか!? 臭くはなかったのでしょうか? それに、確かぬめりもあったはずですぞ?」
「そういえば、長官もクラーケンを退治したことがあったんだったな」
「ええ、かなり昔ではありますが……。あやつの体躯の硬いうえにぬるりとしておって、剣では敵わず、魔法使いたちが動員されたのです。魔法も水魔法は効かず、火魔法などは海中に潜られると使いものにならずで、ずいぶん難儀したものです」
「それでは、長官はどうやってクラーケンを退治されたのですか?」
「雷魔法しかありませんでしたな。あの頃の私は氷魔法はまだまだ扱えず、結局はクラーケンが浮上してきたところを見計らって、海に雷を落としたのです。だが、海面近くの魚たちも感電してしまって、あの後は魚の処分に――腹に入れるのに苦労しましたな」
「そういえば、お主は保存魔法は苦手だったなあ」
「それも昔の話でしょう?」
クラーケン相手に剣で戦うのが難しいのでは、自分では歯が立たないなとアドルフォは考えながら、長官の思い出話を聞いていた。
アドルフォも魔法が使えないことはないが、クライスほどの才能はなく、早々に魔法については見切りをつけたのだ。
だが、剣に自信のあったアドルフォも、先の戦争ではほとんど役に立たず、もっと魔法の鍛錬に力を入れておけばと何度も悔やんだのだった。
あの戦争はあまりにクライスに負担がかかりすぎていた。
魔女の気まぐれで『傾国の王子』と呼ばれ、からかわれ、一部では未だに恨みを買っている。
最近は、時間を見つけては魔法の鍛錬を再開したが、己の才能のなさに落胆するばかりだった。




