47.【出会い】
いつまでも〝悪逆の魔女〟が戦場にいては、警戒態勢を崩すことはできないだろうし(魔女はそれだけの悪行を重ねていたからね)、さっさとその場を去るために姿を隠し、浮遊魔法で離脱する。
そのとき、視界の隅でとらえた地上――戦争が始まるまでは自然豊かな草原だっただろうその場所に、黒焦げ茶の小さな体が見えた。
はっとして、慌てて地上に降りれば、怪我をして動けないらしいタヌキの子どもが横たわっていた。
私が――人間が近づいたことに気づいたとしても、目を開ける力もないようで、呼吸も浅い。
このまま放置しているわけにもいかず、急いで治癒魔法を施してから空気の膜でふわりと包んでその姿を隠し、一緒に小屋へと帰る。
森の中の小屋は先ほどまでの喧騒と打って変わって静かで、ぴくりとも動かないタヌキの子に不安になってきた。
(怪我は治したはずだけど……他に何をすればいいの?)
治癒魔法で怪我は治っているはずで、浄化魔法で血と土埃で汚れた体を綺麗にする。
どこも悪いわけじゃないのに、未だに意識を取り戻さないタヌキを心配して回復魔法を施した。
それでもタヌキは動かない。
(呼吸は安定してきているのに……)
どこかで獣医さんを探してきて連れてこようかとも思ったけれど、今の私がそんなことをしたらただの人攫いでしかない。
できることはしたし、後は一晩中起きて異変がないか看護するしかないなと判断して、食事をとることにした。
腹が減っては戦は……もうしないけど、とにかく体力はつけておかないと。
ひとまずお昼に食べたスープを温め直そうと魔法のコンロにお鍋をかけて火をつける。
その隣で、昨日焼いたパンを魔法オーブンで温め直して、ハムを切ろうと魔法冷蔵庫から出したとき。
つい先ほどまで意識がなかったタヌキはお座りして、しっぽをぶんぶん振ってた。
どうやらスープやパンのにおいに釣られたらしい。
ひょっとして、ひょっとすると、さっきまでのは狸寝入りだった!?
◇ ◇ ◇
「ユーナ様、ユーナ様! 見てください!」
「ポンちゃん、すごい! 持って帰ってくるの大変だったでしょう? 言ってくれたら手伝ったのに」
「大丈夫です。これくらいは一人で運べますから」
フンスと鼻息荒く答えたのはあのときのタヌキで、十歳くらいの人間の姿に変化している。
森の中へキノコや果物を採りに出かけたポンちゃんは、持っていたカゴを溢れんばかりの収穫物で満たしていて、両手で抱えていた。
実はあのとき怪我をしていたタヌキはさすが異世界というか、魔法が使えるようで、人間の言葉も話せて意思疎通ができたんだよね。
狸寝入りしていたのは、私のことを警戒していたから、死んだふりをしていたらしい。
とはいえ、無事でよかった。
それで、名前がないと聞いたので、ポン太と名付けてから、魔法を教えたり、料理をしながら森の小屋で一緒に暮らしている。
得意げなポンちゃんからいくつか収穫物を受け取り、透明のカゴを魔法で作り出して、そちらに移すと、ポンちゃんは目を丸くして私の魔法を見ていた。
「今日はキノコのシチューにしようか。あとは木の実をパン生地に混ぜ込んで焼けば、いつもと違った美味しい木の実パンができるよ」
「わーい! ボク、ユーナ様のシチューもパンも大好きです!」
「ポンちゃんは何でも美味しいって言ってくれるから、作りがいがあるよ」
「えへへへ」
一緒に小屋へと入りながら、今夜のメニューを言うと、ポンちゃんが嬉しそうに笑う。
ポンちゃんがいてくれるだけで、一人で暮らすよりもずっと楽しい。
先代魔女はずっと一人でいたから捻くれちゃったんじゃないかな。
そう考えると、このままずっとポンちゃんと森の中に閉じこもっているのもよくないかなとは思う。
ポンちゃんも人間に変化するのが上手になってきたし、森を出てこの世界を見てみようとは考えているけど、ポンちゃんはどうするかな?
今日、話して訊いてみよう。
「ユーナ様、木の実の殻向きはボクがやります」
「ありがとう、ポンちゃん。でもちょっと大変だから、パン生地に木の実を混ぜるほうをお願いしてもいいかな?」
「お任せください!」
ポンちゃんの小さな手では、まだ木の実の殻を剥くのは大変なはず。
魔法もずいぶん上達したけど、まだまだ練習が必要なんだよね。
ちなみに木の実はあく抜きしたりと下拵えが必要だから、今日のパン生地に混ぜるのは一昨日ポンちゃんが採ってきてくれたものを使う。
パン生地は発酵も終わらせていて、あとは木の実を混ぜて成形して焼くだけ。
これぞ『ていねいな暮らし』ってやつ。……といいたいところだけれど、かなり魔法で簡略してる。
まあ、それは日本でも薪でかまどに火を入れて……なんてことまでしている人はほとんどいないから、『ていねいな暮らし』と言ってもいいはず。




