45.シンボル
「どうして私が聖女なんですか!?」
「ユーナの足跡を追ってここまで来た私の判断で、身分を〝聖女〟とするべきだと陛下に進言したんだ」
「でも私は魔女です!」
「いや、ユーナは魔女に召喚された被害者だ。そして、あの戦争を止めた英雄でもある」
「そんなの……! この力は魔女の力で――」
「どんな力なのかが問題ではないよ。どう使うかが重要なんだから。魔女は人々を苦しめるために使った。ユーナは人々を助けるために使っている。だから、リザの町でユーナは〝聖女〟と呼ばれるようになった。それが人々の気持ちだろう?」
私はそこまでこの国の人たちを助けたかったわけじゃない。
先代魔女の起こした戦争の後始末は罪悪感からだし、炎リザードを倒したのは珍味のためだもん。
それを国王陛下の御墨付で〝聖女〟なんて身分を保証されてしまったら、困る。
そう。これは分不相応だからって理由も少しはあるけど、それよりもそんなたいそうな肩書を与えられてしまっては自由気ままに旅ができない。
「やっぱり、クライスは悪いやつだ! ユーナ様を困らせるなんて!」
「ポンちゃん、大丈夫だよ。ちょっと意見が違うだけ」
私の困惑が伝わったみたいで、ポンちゃんがクライスに向かって吠えた。
うん。おかしいな。
ポンちゃんは人間の姿をしているのに、不思議と毛を逆立ててキャンキャンって吠えてる幻覚が見える。
クライスはそんなポンちゃんをじっと見てからぼそりと呟いた。
「このタグが不満なら、ポン太も本当の姿を記載しようか? 魔法使い見習い兼フ――」
「ひとの秘密を暴露するのはよくないぞ!」
「だろう? だから、ユーナも仮の姿が必要なんだ」
ふ? 古ダヌキ? ポンちゃんは子ダヌキだと思ってたけど、実は何百年も生きているとか?
そういえば、猫又も長生きした猫だっていうもんね。
「ポンちゃん、今まで子ども扱いしてごめんね?」
「ボクはまだ子どもです、ユーナ様」
「本当に? 気を遣っていない?」
「はい」
私が思わず謝ったら、ポンちゃんはふるふると首を横に振って否定してくれた。
それならいいんだけど、じゃあクライスが言いかけた「フ」は何だろう?
この世界に「古ダヌキ」って用語がやっぱりあって、魔女が知らないだけってこともあるよね。
ほら、魔女は引きこもりだったし、言葉は変化していくものだから。
でも「古ダヌキ」は老獪な人物に対して使う言葉だとは思うけど、この世界では単に悪賢い人にも使うのかも。
まあ、ポンちゃんは悪賢くもなくて、普通に賢いんだけど。
結局はクライスの主張に渋々納得して、今後のことを含めて簡単に話して、続きは明日からまた旅をしながらということになった。
そうだね。もうそろそろ寝ないと、明日も明後日も旅は続くもんね。
それで、クライスと別れてテントに入って寝袋に横になったら、すぐにポンちゃんの寝息が聞こえてきた。
相変わらず寝付くのが早くてくすりと笑う。
それから隣のテント――クライスはまだ起きているのか、明かりがぼんやりテントの布越しに見えて何をしているのかなと考える。
今日あったこととか報告書を書いているのかも。
だって、クライスの仕事は私を監視することだからね。
それにしたって、あのタグの〝聖女〟はさすがにあり得ないよ。
だけど、私の魔法――魔力だとそれくらいの身分じゃないと釣り合いが取れないってクライスは説明してくれた。
確かにその通りではあるけど、実際は私を〝聖女〟として祀り上げるつもりだったり?
あの戦争の一番の原因は〝悪逆の魔女〟ではあるけど、隣国を操って戦争を仕掛けたのも、もとはといえば〝傾国の王子様〟であるクライス王子を魔女が欲したから。
世間では〝英雄〟との噂を広げてクライス王子をヘイト対象から逸らそうとしていたけど、やっぱり恨む人はいるんだよね。
正直なところ、クライス王子には何の罪もない。
それでも、あの戦争で命を落とした人の家族は何かを恨まなければ耐えられなかったりするし、その怒りが魔女ではなく、クライス王子に向かうことだってある。
たぶん、〝悪逆の魔女〟はこの世界の人たちにとって、人智を超えた存在でおとぎ話の中の人物というのも大きいと思う。
あとわからないからこそ畏怖の存在になっていて、天罰を畏れるように、魔女を恐れるのもわかる。
だからこそ、わかりやすくクライス王子に怒りを向けたりするんだよね。
クライス王子はそんな人たちからの理不尽な怒りも真摯に受け止めていた。
戦後しばらく森の中からひっそり様子を見ていたからわかる。
あの頃の私は、異世界召喚されて、魔女との精神戦に勝って、とにかく戦争を止めて、ポンちゃんを助けて、ってめまぐるしく日々が過ぎていて、冷静に考えることもできなかったんだよね。
今ならもっと上手くやれたのにと思うことは多いけど、後悔先に立たず。
うつらうつらしながらいろいろな考えが浮かんできて、隣のテントの明かりが消えたことで、はっと意識が浮上した。
だけどすぐにまた眠りの世界へと入っていく。
テント周辺の防御魔法はばっちりなのはいつもと変わらないのに、隣にクライスがいるからなのか心にゆとりがある気がする。
たとえ魔法では私のほうが圧倒的に強くても、まだまだこの世界に慣れない私は心のどこかで不安だったのかも。
ああ、疲れた。




