44.身分証
「おいしいです……。ちょっとにおいがきついですけど、クセになりそうな気がします」
「そっか。ポンちゃんは鼻がすごくいいし、舌も敏感だから苦手かなと思ったけど、余計な心配だったね。でも、この飲み物はたぶん夜眠れなくなっちゃうかもだから、こっちにしたほうがいいかも」
本気で我慢しているわけじゃないようだけど、わざわざ無理をする必要はないから、収納魔法から新しいカップを取り出して温かいミルクを注ぐ。
紅茶にはカフェインが入っているし、スパイスもどういう効果があるかわからないからね。
そんなやり取りをする私たちを黙って見ているクライスを、ポンちゃんはちらりと見てからミルクのカップを受け取った。
うん、素直が一番。
ポンちゃんがクライスに対抗意識を持つのはわからないでもない。
でも、クライスもなぜかポンちゃんのことを警戒しているというか、怪しんでいるようなんだけど。
化けタヌキ――魔法が使えるタヌキだから?
ポンちゃんは無害だよってわざわざ伝える必要もないよね、って考えていたら猛スピードで魔獣が近づいてくる気配がした。
ポンちゃんも気づいて身構えたけど、すぐにこれが魔鳥だと気づく。
「大丈夫だよ、ポンちゃん」
「――魔鳥ですね」
「うん。クライスに手紙かな?」
「そのようだ。おそらく頼んでいたものだろう」
魔鳥のすごいところは、スピードの速さと夜でもかまわず飛べるところ。
おそらく私も本気にならないと、飛行中の魔鳥を止めることはできないと思う。
それに何より、あれだけのスピードで飛んでいながら急停止できるのは自然界の法則を無視しているよね。――って、魔法のあるこの世界で地球の自然界の話を持ち出しても意味ないんだけど。
「ああ、やはり予想通りだ」
クライスの目の前で急停止した魔鳥は小包を掴んでいて、その体勢であのスピードで飛んでいたことにさらにびっくり。
頼んでいたものって何だろうと思っていたら、クライスは私たちの前で小包を開け始めた。
私たちに知られてもいいんだ。
「何が届いたんですか?」
ポンちゃんは今までの警戒が嘘のように、わくわくした様子で身を乗り出す。
クライスは苦笑しながら小箱から中身を取り出した。
「……身分証タグ?」
「ああ。これから二人にも必要になるだろうからね」
身分証タグはその名の通り、自分の身分を証明するもので、紛失盗難防止のための魔法が付与されていて便利なグッズ。
とはいえ、タグを持っているのは軍関係者や行商人とか、定住地を持たない人や仕事柄移動が多い人がほとんどで、旅行などの場合は臨時のタグが発行される。
臨時タグは魔法が付与されていないから、紛失盗難注意。でも、別に絶対タグがないとダメってわけでもない。
ただたまにある関所のような場所や高級な宿泊施設などはタグの提示が求められるし、その土地で商売しようとすると必須になるってわけで、今回の旅ではあったらいいなと思いつつ、空を飛んだり野宿をしたりしてやり過ごしていた。
「これはユーナので、こっちはポン太のだね。はい」
「ありがとう、クライス」
「……ありがとうございます」
まさかクライスが私やポンちゃんのものまで身分証タグを用意してくれるなんて思ってもいなかった。
さすが、王子様。気配りの鬼。……ちょっと違うか。
クライスから渡されたタグをお礼を言いながら受け取って、すぐにこのタグが最高級品だとわかった。
首から提げてもいっさい異物感のない、邪魔にならない魔法が付与されている。
さらには裏面の発行元がまさかの『マケイラ国王』って、超レアどころか普通にあり得ないですけど!
臨時タグは住んでいる街や村の役所で発行してもらえる簡単なもので、一般的なものは拠点にしている地域の領主様が発行してくれている。
もっとすごいのになると『国務省』『魔法省』『騎士団』とかあって、クライスのは『騎士団』発行だったのに。
クライスも新しいタグを受け取ったみたいで、裏表を確認している。
私はいったいどんな身分を保証されてしまったんだろうって、ひっくり返して表面をおそるおそる見た。
名前は『ユーナ・タナカ』で、一度だけ戦後に軽く名乗ったことを覚えてくれていたんだとわかる。
それで身分は……。
「って、聖女!?」




