18.釣り
「イカ釣り? 相手はクラーケンですよ?」
「まあ、それはそうですけど、要するに大きなイカってことで」
「いやいや……」
「表現に問題はあったと思いますが、たぶんクラーケンもそろそろお酒が欲しくなっていると思うんですよね」
「それはまあ……。ここ十日ほどは皆も警戒して海には近づかなくなりましたし、街道も誰も利用しなくなりましたから……」
アル中に十日も禁酒はつらいと思うんだよね。知らないけど。
ただ、クラーケンは三度も人間の罠をくぐり抜けたわけだし、自分を賢いって思ってる気がする。知らないけど。
「この街で一番丈夫な釣り竿と、一番長い釣り糸を巻き付けたリールを貸してもらえますか?」
「そりゃ、まあ、それは……」
「本当にクラーケンを釣るつもりですか?」
私がお願いすると、ヤク爺さんの息子さんのジャックさんが曖昧に答え、エレシムさんが目を丸くして問いかけてきた。
それに答えたのは、海鮮料理を美味しそうに食べていたポンちゃん。
「ユーナ様に不可能はありませんよ」
「ポンちゃん、それは言い過ぎ」
あたりめみたいな焼いたイカの干物を右手に持って、にっこり笑うポンちゃんはシュールだよ。
しかも左手にはぶどうジュース。
ジュースはともかく、あたりめを見ていたら、日本酒が飲みたくなってきた。
やっぱり近いうちにお米を探して、日本酒を造ろう。
じゃなくて。今はクラーケン退治だ。
「心配になるのはわかりますが、私は魔法使いです。普通に釣りをするわけではないですよ」
にっこり笑って説明すれば、納得しかねるような顔でヤク爺さんとジャックさんが首をひねった。
だけど、同じ魔法使いのエレシムさんはにこにこ笑っている。
そこに、女性が二人入ってきた。
その両手には新たな料理があって、わあって思わず声が出る。
これは、パエリアっぽい! それにそっちのおばあさんのほうの手にあるのは、ブイヤベースっぽい!
「まあまあ、せっかく久しぶりのお客人なんですから、ひとまず食べてくださいな!」
おばあさん――どうやらヤク爺さんの奥様らしき人の言葉に、みんな目の前に並べられた料理を見る。
どうしよう。さっきまでお腹いっぱいだと思っていたのに、また食欲が湧いてきた。
自家製サングリアも美味しいし、この街にいると太ってしまうかも。
「そ、そうだな。ユーナ様? どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます」
たとえ太ろうともおもてなしには感謝して食べないとね。――って、どうして人は食べすぎるときに言い訳しちゃうんだろう。
いっそのこと魔法を使うと運動するのと同じくらいカロリーを消費するとかだといいのに。
とにかく、このお腹の中に貴重な食材を収めるんだから、絶対にクラーケンは退治しないと。
うん。このパエリアっぽいの美味しい!
お米はパサパサしてる細長いやつだけど、間違いなくお米だ。
これは日本酒に……と、また頭の中がグルメに支配されるところだった。
「これ、なんていうお料理ですか?」
「ええ、それはパンチャっていって、この地方の郷土料理なのよ」
「へ~! サフランが使われているんですね?」
「そうなの。それで、このマイムは山間部から仕入れていてね。パンチャを作るときには水を控えめにして炊くのよ」
「なるほど~」
マイムっていうのがお米だということはわかった。
この世界は、日本と同じ名称のものもあれば、別の名称で呼ばれているのもあって、〝悪逆の魔女〟の知識だけではわからないことも多いんだよね。
お醤油の原料となる大豆も、この世界ではオーマメって呼ばれていたからね。
ただ、マイムにしても呼称が似ているようだから、どこかで日本と――地球と繋がっていたりしないでもないかもしれない。
でもそれを考え出すと、宇宙の真理を導き出すようなものな気がするから、深く考えない。
わかったときに、わかった。でいいと思う。
今度はヤク爺さんの奥様とジャックさんの奥様と、あれこれ料理について話し、やっぱり新鮮な魚介類が食べたいと心新たにした。
「ポンちゃん、どう?」
「どれもこれも美味しいです~。でもこのスープはちょっと辛いです……」
「そうだねえ。ポンちゃんにはちょっと刺激が強かったかもしれないね」
ポンちゃんはまだ子どもだからスパイスや辛いものは少し苦手なんだよね。
この前のテールステーキの味付けに使われていた程度のスパイスなら大丈夫みたい。
ちなみに、タヌキだから玉ねぎとかニンニクはダメなんじゃないかと思ったけど、それは平気らしい。
単なる好みの問題だって言ってたけど、本人が気づいていないだけじゃないかって、こっそり魔法で消化器官とかに異常がないか確認したら大丈夫だった。
やっぱり異世界だから動物も体内構造が違うのかな。
まあ、魔法が使えて人間に化けられるだけで、十分に違うか。
「――さて、しっかり食事もしてくださったようですし、二階に部屋を用意しておりますので、今夜は我が家に泊まってください」
「え? いいんですか?」
「はい。宿屋ももちろんありますが、やはりこの街のためにクラーケンを退治してくださる魔法使い様には、きちんとおもてなしをさせていただきたいので」
ヤク爺さんの言葉に驚きつつ、エレシムさんをちらりと見たら、うんうんと頷いていた。
遠慮しないでいいってことだと思う。
それなら素直に甘えさせてもらうけど、その前にやることはある。
外を見れば陽は傾きかけていて、夕闇が近づいてきている。
これはいわゆる夕まずめ。
クラーケンがどのイカに属するのか、イカとはまったく違うのかはわからないけれど、夕まずめを狙うのがベターじゃないかな。
善は急げって言うし。
「あの、泊めてくださるのはとってもありがたいのですが、できれば先にクラーケンを退治してしまいたいんです」
「はい? まさか、今からですか?」
「ええ、ちょうど夕まずめも迫っていますし、下手に準備に時間をかけてもクラーケンがもうお酒を手に入れられそうにないって、他の港町に移っても厄介ですから」
「そりゃ、そうかもだが……」
「酒樽と釣り竿、長い釣り糸だけでも大丈夫です。なんといっても、私は魔法使いですから!」
ドヤって感じで魔法使いアピールをする。
途端にエレシムさんが噴き出したけれど、反対はしなかったどころか、笑いながら同意してくれる。
「おそらく、ユーナ殿のおっしゃる通りにして大丈夫ですよ。ユーナ殿は間違いなく素晴らしい魔法使いでしょうから」
「契約もエレシムさん側は履行してくれてますからね?」
「私は何もしておりませんがね」
穏やかな微笑みに変わったエレシムさんは大人の色気があって困る。
だが、色気より食い気!
私はイカ焼きが食べたいんだ!




