10.駅馬車
いくつか町や村を飛行魔法でショートカットして、海辺の街に近くて人に紛れられる街からまた駅馬車で旅をする。
でも車内に座っているだけじゃ退屈なので、御者のおじさんの隣にポンちゃんと座らせてもらって、いろいろな話を聞いていたら、驚きの事実発覚。
「え? ベイカの街までは行かないんですか?」
「ああ。ここからだと、海沿いの道を走ることになるからな。今、あの辺はクラーケンが出没するから、危険なんだよ」
「でも、クラーケンは海の生き物ですよね? 海路を行くわけでもないのに危険なんですか?」
「ベイカ近くの街道は海岸線に沿ってそのまま続いているからなあ。荒波の日には通れないほど海に近いんだよ。しかも水深がけっこうあるもんだから、クラーケンが岸まで近づけるってわけさ」
「それって、いきなり海からクラーケンの足が現れて、引きずり込まれるってことですか?」
「そういうことだね」
確かにそれは怖いよね。しかも人間を襲ったクラーケンをイカ焼きにして食べるのはないな。うん。
なんていうか、倫理観がね。
ちなみにリザード種は草食だけど、狂暴で縄張り意識が強く、人間を敵とみなしているから危険種だっただけ。
しかも、縄張りを広げることが強さの証明的な本能があるらしくて、いきなり人間の居住区を縄張りにすることもあるとか。
だからこそ、駆除の必要があったんだよね。
というわけで、せっかくここまで来たし、クラーケンも退治していたほうがいいかな。
イカ焼きは諦めても、他の海鮮をたっぷり味わえばいいわけだし。
「ボク、クラーケンって見たことないんですけど、人間を食べちゃうくらい大きいんですか?」
「いや。大きいのは確かだが、人間を食べるわけじゃないぞ、坊主」
「え? 食べられるわけではないんですか? でも襲われるって……」
ポンちゃんがぶるりと震えて言えば、御者のおじさんは困ったように笑って首を横に振った。
人間を食べないなら、どうして襲ってくるのかな?
いたぶるのが趣味とか、遊び感覚?
【魔女の知識:クラーケンは深海の生き物だが、時々海洋船を襲うことがある。火系魔法に弱いが、水中に潜られると厄介でもある】
って、わざわざ大海原を渡る船を襲ったりするのに、何が目的なんだろう。
「クラーケンの狙いは酒なんだよ」
「酒って、あの酔うお酒?」
「ああ。ほら、進水式のときとかに酒を船首にぶつけるだろう? あれでどうやら、流れ出た酒の味を覚えたらしい。で、人間なら酒を持っていると考えたのか、手あたり次第襲ってくるようになったんだ」
クラーケンってお酒とか飲むんだ。それは魔女の知識にもなかった新事実。
しかもそれを狙うとかって、アル中なクラーケンってこと?
話に聞くだけなら面白いけれど、実害は出ているんだよね。
「お酒だけ狙うってことは、人畜に被害はないということですか?」
「それが残念ながら、馬も人も構わず馬車ごと海に引きずり込むもんだから、溺れて亡くなってしまう人もいてね……。ほら、浅瀬ならともかく、街道沿いの海は深いし、波に削られた岸も人が登れるような場所はないから」
「そうでしたか……。あ、でもそれなら、先に海にお酒を投げ込んでしまえばいいのではないですか?」
「そのクラーケンはかなり大きいらしいからね。ひと瓶くらいじゃなく、ひと樽は必要だろうから、通行のたびに毎回投げ入れていたら大損だよ」
「それもそうですね……」
本当なら国の軍隊とかが退治するべきなのに、ここでもやっぱり戦争の影響なのかもしれないな。
って、陸でそれだけの被害があるなら、海上はもっと大変なんじゃない?




