34.右腕の告白
投稿日:2026/4/3
〜イブの視点〜
朝、目を覚まし見上げた天井は普段のものと違って控えめな可愛さが残された綺麗な天井。 壁や机に幼い女の子の写真が数枚飾られているのを見て思い出した。 騎士団長さんの家にお邪魔していることを。
女の子用に作られたような可愛らしい家具に囲まれた部屋。 部屋の隅まで掃除が行き渡っているのに対して、使用されている痕跡がない綺麗な家具… よっぽどの綺麗好きな人が使っていた部屋なのか、誰も使っていない部屋なのか。 誰も使っていない部屋だとしたら、ここまで掃除に気を使っていることに驚きを隠せない。
「お嬢ちゃん 入っても良いだろか? 昨日できなかった話をしたいのだが。」
部屋の扉をノックし尋ねてきたのは騎士団長さんだった。 断る理由が特に無かったので、返信を返し扉を開けた。
「昨日はすまなかった。 状況を把握しないでお嬢ちゃんを怒らせてしまった。 昨日の内に謝罪を済ましておきたいと思っていたのだが…俺も心の整理が出来ていなかった。 昨日、お嬢ちゃんが怒っていた理由聞かせてくれないか? 力に慣れる事があるのなら言って欲しい。 法に反しない限りなら手伝える。」
騎士団長さんは入室後、私の前に座り言った。
「昨日…昨日の私は…何で怒っていたんだけ?」
私の口からボソリと溢れた。
「えっ…?」
私の呟きを耳にした騎士団長さんから気が緩んだ声が漏れた。
…私は確かに昨日怒っていた。 でも何に対して怒っていたのか分からない… 思い出せない?
昨日、お店で騎士団長さんを突き飛ばし店を駆け出したことは覚えているのだけど、どうして私がそんなことをしたのかを思い出すことができない。
私の継ぎ接ぎな記憶を整理すると…フェルダさんの話を聞き終わった後、レイ先生の様子を見に行って店入り口まで走り出す…走り出す? まぁ…いいか。
その前に立ち塞がった騎士団長さんを吹き飛ばすと… 何で私はそんなことをしたのか、今思い返しても理解出来ない。
はてさて…騎士団長さんに、昨日の奇行をどう説明するべきか… この記憶通りなら可怪しいのは私であり、騎士団長さんは何も悪くないのでは…?
何も悪くない騎士団長さんが今私に頭を下げている…?
嫌、違う! 多分違う! 違わなければいけない! 恐らく『何か』があって私は怒ったのだろう。 店を飛び出し私が怒った原因は『勘違い』か『小さいこと』であって直ぐに解決し、記憶に残す程のことでは無いと自己判断し忘れたのだろう。 きっとそうに違いない。 その後の記憶に違和感が残る辻褄だが、私は自身にそう言い聞かせることにした。
「い、嫌だな〜 お、覚えいるよ。 あの後店を出て直ぐに解決できたから騎士団長さんが手伝うほどのことじゃないよ。 騎士団長さんはレイ先生とも話すことあるんでしょう? 私のことは気にしないで良いから、先にレイ先生と話してきてよ!」
私は、出来るだけ動揺を隠し話を逸らしたおかげか、騎士団長さんはそれ以上、昨日のことに対して追求してこなかった。
「あぁ… 解決したのなら良いんだ。 俺が部屋によったのは昨日の謝罪の件もあったんだが、一番伝えたかった事は別の件で、1ヶ月前の森で助けてもらった時のお礼を改めてしたかったんだ。
俺達の部隊を救ってくれて、ありがとう。
あの時、嬢ちゃんが駆けつけてくれなかったら俺達の部隊は全滅していただろう。 嬢ちゃんがアングリーベアーを倒し、俺達を助けてくれた事を森の調査報告と一緒に報告したのだが、国王はアングリーベアー討伐は俺達部隊の功績と公表し、嬢ちゃんの手柄を横取りした感じになってしまった。
俺としても、本来功績をえる筈の嬢ちゃんに何もないのは納得が言っていないのだが、国王が大々的に騎士団の功績と発表してしまっている手前、嬢ちゃんにしてあげれる事が少ない。
そこでだ… 嬢ちゃんが6歳になった時、もう一度騎士団に寄ってくれないか?
俺の推薦があれば、ここノーザンモスト帝国で一番大きい学校である『騎士兼魔法士学校』に通うためのお金、いわゆる学費を免除される。 嬢ちゃんの実力なら、特待生…いゃ飛び級だってあり得るか? 帝国一大きい学校ということもあり、通う生徒達は皆優秀、飛び級制度はあるものの、飛び級したという話は俺が学校に携わるようになってからは一度も耳にしていないな。 前代未聞だが、アングリーベアーにも引けを取らない嬢ちゃんの実力なら飛び級しない方がおかしいのかもしれないな。
それに、『騎士兼魔法士学校』はレイの母校でもある。 どうだ? かよいたくなったか?」
騎士団長さんは、前のめりになりながら私に提案した。
話を聞き、私は騎士団長さんの魂胆を何となく理解した。 冒険者協会でギルドマスターの言葉を遮ったことを思い出して見れば繋がる。
騎士団長さんが言いたいことは… つまり『騎士団』への勧誘だろう。
騎士団に興味がないわけではないけれど…少し引っかかる。
「わざわざ学校に通う意味…ある? 毎日レイ先生に教えてもらっている私が学校に通って得られる知識なんて、たかが知れているでしょ? それと、騎士団に勧誘したいのなら学校に通う期間無駄では?」
回りくどい言い回しに違和感を覚えた私は率直な疑問を口にした。
それと…レイ先生の過去話を聞く前だったら、母校と聞いて得られるものが少ないと分かっていても通いたかったけれど…あの話を聞いた後だからね。 私の気分は乗らないよ。
「学校に通う意味…か。 嬢ちゃんの言うと通り、俺は嬢ちゃんに騎士団に入団してもらいたいと思っている。 しかし、騎士団入団には色々と条件があり、その一つに騎士学校卒業が含まれている。 騎士団長である俺の権限があれば条件などいくらでも変えることができるが、嬢ちゃんにはこの国を見て感じ、見識を広げる時間が必要だと思っている。
見識を広げるという名目では、騎士団に所属するよりも学生として過ごした方が、より多角的な視点で物事を感じ取れるだろ?
それに、俺は学校に通う目的は何も知識を身につけるだけではないと思っている。 判断力や社会性、協調性を身につけることが出来ると思わないか? 慣れない環境に身を置くことを必ずしも正しいことだと言わない… レイの件もあるからな… いゃ、忘れてくれ。
学校への推薦は、あくまでも一つの提案に過ぎないということを忘れないでくれよ。 そもそも嬢ちゃんが騎士団に入りたくないというのなら、この話は蹴ってもらって構わない。 嬢ちゃんの人生は嬢ちゃんが決めるものであって、他の誰かに左右されるべきではないからな…
まぁ~ まだ時間は沢山ある。 ゆっくり考えてくれ。」
言い終わると、騎士団長さんは立ち上がり、私に背を向け、扉に手をかけた。
「イブちゃ~ん 起きてるの? 入るよ?」
騎士団長さんが部屋から出ようと扉を開けるタイミングと、レイ先生が部屋に入ろうと扉を開けるタイミングが重なり、二人は扉の前でほんのわずかな沈黙を共有し、揃って顔を背けた。
「悪い… 邪魔したな。 言いたいことは言ったから俺は失礼するぞ。」
下を向いたまま部屋を出ようとする騎士団長さん。
尊敬していると言いつつ何処か騎士団長さんを避けているレイ先生。 昔一緒に暮らしていたというのにレイ先生と目が合っただけなのに視線を逸らし、部屋から出ていこうとする騎士団長さん。
…話すタイミングはレイ先生自身に任せていたけど、このまま行き違ってばかりだと何も進展しない。
「レイ先生が話してくれるまで待つつもりだったけど、このまま何も進展しないでただ時間だけが過ぎていくのは2人にとってももったいないでしょ?
私がいない方が話しやすいなら席を外してもいいからさ…ゆっくりと2人で話し合ってよ。 お互いが納得するまで私は何時間でも待つからさ。」
ノーザンモスト帝国についてレイ先生と話していた時、唯一嬉しそうに話していた『お父さん』とこうして再び話す機会が出来たのに、何も解決せず心残りを抱えたまままた別れるのはレイ先生にとっても…私にとっても後味が悪いからね。
「…全部、俺のせいだ… 魔法の知識が無いのにも、俺はレイに魔法の道を進めた。 レイが望んで学校に通い出したとはいえ、俺の目が届かないところで一人にしてしまったのは事実。 謝って済む話なら良かったものの… 俺の力ではどうにもならない所まで進行していたなんて… 思いもしなかった…
今の俺にレイの父親を名乗る資格はない…」
一瞬生まれた沈黙を破ったのは、騎士団長さんだった。
え?…どういうこと…? 学校のことはレイ先生が前に話してくれたから、大まかな事は理解しているつもりだったけど…
謝っても意味が無い? どうにもならない所まで進行している?
騎士団長さんは『何』についてはなしているの? 在学中のレイ先生に何があったの?
私は咄嗟にレイ先生を見る。
「……」
レイ先生はすぐには答えなかった。 俯いたまま視線を床に落とし何かを嚙みしめるように唇を引き結んでいる。
やがて、小さく息を吐いたのち…レイ先生は話してくれた…
「…私の身勝手な行動で起きたことなの。 お父さんが責任に感じることではないの… 私が悪いの。
当時の私はただ、お父さんの横に立っていても恥ずかしくない存在になりたかった… 守られるだけの存在には、面倒をかけるだけの存在にはなりたくなかったの…
イブちゃんはさぁ… 早く前に進みたいのに、高い壁にぶつかって足踏みすることになってしまったらどうする?
当時の私は壁にぶつかり、現実を受け入れられず… やってしまったの。
私の犯した失敗…『悪魔契約』を私なら上手く出来ると油断して使用してしまったこと。
相応の対価を支払うことで、その見返りとして恩恵を得られる悪魔との契約… 当時の私が交わした契約は「右腕だけの依代化を対価に私が求めた恩恵は依代化した腕の使用権」。 この位の契約なら、大事にはならないと勝手に思い込んで誰にも話さなかったの。
ごめんね… 私…イブちゃんが思っている程凄い人ではないんだ… ただ悪魔の力を利用していただけなの。 騙しているみたいでずっと苦しかった。 でも…話して嫌われたくもなかったの…」
レイ先生は右腕の袖を捲り上げ、今まで隠された包帯をゆっくりと巻き取り右腕を私に見せてくれた。
包帯を巻き取り出して感じた違和感…見た目は何も変わらないのに、右腕だけからは異質な気配を感じた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
私はレイ先生のことを見ているつもりで、本当は何も見えていなかったのだと気づいた。
「……」
レイ先生の腕を見た騎士団長さんは、今一度後悔しているようだった…
「異界に存在していると言われる悪魔種。 現界に出てきた悪魔種を何回倒そうとも、倒しているのはあくまで依代に過ぎない。 依代さえ破壊すれば現界に干渉する力がない種族とは言え、『死』の概念がない不老の種族。
暴虐の限りを尽くし暴れまわり討たれた悪魔もいれば、現界に溶け込み人の営みの中で生き続けた悪魔もいたという… 不老の種族ともなれば過ごし方に違いが出てくるものよね。
レイ… 貴方が悪魔契約をしたのは今話してくれた一回だけなのかしら? 悪魔種は狡猾な種族ともいわれているわ。 一度の契約で依代と繋がりを作り方、繋がりから弱みに付け込み何度か悪魔契約を交わさせる。 最終的には依代の自我を奪い、成り替わりを目論む…
今の話を聞いた感じ、既に何度か契約…結ばされているんでしょ?
解決する方法は、あるにはあるのだけれど… どうするかは、貴方次第ね。」
いつの間にか窓枠に腰かけたお母さんが、そう言った。
「だ、誰だ! どうやって侵入した!」
騎士団長さんはいち早く反応すると、私たちをかばうように前に立った。
鞘にかけられた手に僅かな力がこもる。 威嚇ではなく、臨戦態勢に入った合図のようだった。
騎士団長さんからしてみれば、気配を感じさせず急に現れた人物が話を聞いていたことになる。 何気ない会話ならまだしも、今は悪魔契約の話をしていたのだ。 騎士団長さんも気を張り詰めていたのだろう。
「驚くよね…。 でも、大丈夫。 その人私のお母さん。」
ゆっくりと歩みを進め、横に立ち急に現れた人物をお母さんだと説明した。
それを聞いた騎士団長さんは、私を信用し臨戦態勢を解いた。
「……お母さん。 私次第、って… 本当にまだ間に合うの?」
レイ先生の声は微かに揺れて聞こえた。
「包み隠さずに言うとしたら… レイ、『人間』辞める覚悟…出来る?」
お母さんの一言で皆息を飲んだ。
「に、人間を辞める覚悟…とは一体どういうことだ… それは、悪魔に乗っ取られた時との違いはあるのか? レイが背負う代価も全て明らかにするべきだろう」
騎士団長さんは声を上げた。
「…いい? 悪魔が人の身体に乗り移る時、一番邪魔に感じるものが何か分かる? 悪魔が依代に乗り移るうえで一番邪魔なもの…それは依代の自我よ。
1つの身体に2つの自我がある時、2つの自我が同じ方向を向き進むのなら問題ないのだけれど、悪魔と人間… 当然価値観はずれているわ。
……共存は成り立たないと考えなさい。」
お母さんは私達にも分かりやすく説明を続けた。
突き付けられた事実は、私の脳裏にはレイ先生との別れが頭によぎらせる。
感情が爆発しそうになるが… お母さんの話は続き、現実に戻される。
「2つも自我は要らないと結論付けた悪魔が依代に乗り移る際、元からある自我を破壊しようとするでしょうね。 悪魔側も常に邪魔される可能性がある自我をそのままにしておく事はしない。
ここで知っておかなければいけないことは1つ。
いい?
悪魔が、元からある自我を破壊する方法を知っておくことで、対策は事前に行うことが出来る。
結論から言うと、悪魔は自我を破壊する為、人の身体ごと一度壊し、身体を作り変えることで自我を奪うの。
依代化するときも同じ方法をとるはずだったから…レイは一度体感したことがあるわよね? その右手を依代化した時、凄い衝撃を感じなかったかしら? 腕が取れてしまいそうな感覚… 人の身体ではその時の衝撃に耐えられない。
身体がバラバラになっても生きている人間を見たことがないでしょう?
なら、どうすればいいと思う? 答えは簡単で、衝撃に耐えられる身体を手に入れればいいのだけど、体を鍛えた程度で耐えられる衝撃ではない… レイなら私の言いたいこと… わかった頃かしら?」
お母さんの最後の一言で、私と騎士団長さんはレイ先生を見る。
「吸血鬼の眷属スキル…」
レイ先生の目は揺れておらず、覚悟が決まった顔つきをしていた。
お疲れ様です。 杯の魔女さんです。
今回は私が思っているよりも、ずっと早く完成しました。 寝かした時間がほぼゼロに近いから…不安はあるけれど~ まぁ、大丈夫でしょ!
今回の終わりは気になる終わり方なんじゃないでしょうか? 個人的に「うわ~ 続きどうなるんだろ~」と気になる終わり方をされた時、少し「イラッ」とする時がありますが、皆はならないでね?
自分で続きを考えてみると、また違う面白さがあるかも?
こんな所に書くのはどうかと思ったのですが…私が小説を書きだしたきっかけは、話の流れが想定していた展開になず、読まなくなった作品があり、私自身が筆者になれば、自分の想定通りの流れで書けると気が付いたからなんですよね~
こんな所で… 次回もお楽しみに~




