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35.覚悟の牙

投稿日:2026/4/19


 

 覚悟という言葉の意味を、私はまだ知らなかった。


「待て、待ってくれ… どうして吸血鬼の話が出てくるんだ! 今はどうやって衝撃に耐えられる身体を得るかの話だろ?」

騎士団長さんは思わず声を荒げた。


「あら? 貴方騎士団長なんでしょ? 騎士団に所属していて、吸血鬼の眷属スキルをご存知でないの?」

お母さんは呆れたように言うと…


「もちろん知っている。

 スキルを持つ吸血鬼に血を吸われた者が、一生言いなりになるスキルだろ?

 過去、多くの者が眷属となり、そして大半が命を落とした……危険な行為だ。

 だが、なぜ今その話が出てくる? 俺たちのために力を貸す吸血鬼なんて――」

騎士団長さんの反論はもっともだ。


 私とお母さんの正体を知らない彼からすれば、話が見えないのは当然。


 このままでは話が進まないね。 お母さんはどう説得するのだろう……と、私は息を呑んでいると。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。 私の名前はリリス――『リリス・ヘルエスタ』よ。

騎士団長なら、もう一つの二つ名の方が聞き覚えがあるかしら?


 数年前まで『国落としの悪魔』と呼ばれ恐れられた吸血鬼。 今後ともよろしくね。」

お母さんは隠していた二枚の翼を広げた。


 その姿を見て、騎士団長さんは息を呑む。


「……そうか……そうだよな。ようやく辻褄が合った。

森で嬢ちゃんに助けられた時の違和感……

 嬢ちゃんは森の麓の村に住んでいると言っていたが、どの村にも嬢ちゃんを知る者はいなかった。


 本当は森の麓には住んでいないんだろう?


 責めたいわけじゃない。 ただ……安心しただけだ。

 人に優しい吸血鬼も、まだ存在していたんだな。」

騎士団長さんは驚きつつも、どこか安堵したように微笑んだ。


「理解できたなら進めるわよ? レイの自我が残っている今のうちに対処したいの。

 迷って時間切れは後味が悪すぎるものね。……レイ?」

お母さんが急かすように声をかける。


 私も、時間切れでレイ先生と話せなくなるのは嫌だった。

 眷属スキルが見られる期待と、レイ先生が私と同じ吸血鬼になるかもしれない期待で胸が高鳴る。


「レイ? 緊張しているの……? 何も心配はいらないわ。

 人間から吸血鬼になっても自我は残る。

 日中の行動や私生活に最初は慣れないと思うけれど、結界魔法や時間が経てばどうにでもなるわ。


 貴方なら吸血鬼の身体にも適応できるわよ。

 依代化した右腕を使いこなしている天才なんだから。……ね? レイ、大丈夫?」

お母さんが覗き込むが、レイ先生は反応しない。


「レイのこの表情……何だと思う?」

お母さんが私を手招きし、耳元で囁く。


 私は、言われるままに覗き込むと――


 ……?

 レイ先生は瞬きもせず、虚ろな瞳でどこか遠くを見ていた。


 胸がざわつく。

 目の前にいるのはレイ先生のはずなのに……

 “別人”を見ているような感覚。


「何だろ……私も知らないレイ先生だよ……考え事……?」

そう呟いた瞬間――


 レイ先生の肩が、びくりと跳ねた。


 その動きは、人間の反応ではない。

 “中から何かが動いた”ような、不気味な跳ね方。


「……っ……あ……」

喉から漏れた声は、レイ先生のものではなかった。

 低く、濁り、聞いたことのない響き。


「レイ先生!? ねぇ、大丈夫!? 何があったの!?」

右肩に触れた瞬間、ゾワリと冷たい感触が走る。


 右腕を中心に、黒い線が皮膚の下を蠢きながら広がっていく。


「……長かったな……やっと……全部……手に入る……」

レイ先生の唇が勝手に動き、誰かの言葉をなぞるように呟いた。


 お母さんの表情が初めて“焦り”に染まる。


「……悪魔が、レイの身体を乗っ取ろうとしている……?!

依代の完全化が始まったのよ。このままじゃレイの身体は壊される……!」

お母さんが息を吞むように告げた。


 理解が追いついた瞬間、足が震えた。


「壊される……? そんな……!」


 レイ先生が消える未来が、現実味を帯びて迫ってくる。


「嫌だ……嫌だ……嫌だぁ!!」


 目の前で大切な人を失うのは、もう嫌だ。


「もう……私の目の前で大切な人を奪うのはやめてよ……!」


 涙が溢れ、視界が滲む。


 私は弱い。 どれだけ強くなっても、レイ先生一人守れない。


「……ちゃ…… …ブちゃん…… …っかり……」


パシッ!


「イブ! しっかりしなさい!

 今は泣いている暇なんてないの!

 今を逃したら、もう二度とレイと会えないと思いなさい!」

お母さんの叱咤が、痛みと共に胸に響く。


「そんなこと……言ったって…… 私には何もできないよ! レイ先生を助ける力なんて……!」

八つ当たりだと分かっていても… 感情が抑えられない。


「違うわ。 今この場でレイを助けられるのは、イブちゃんだけなの。」

お母さんは迷いなく言い切った。


「……え? 私……だけ……?」

信じられなかった。 でも、お母さんの瞳は真剣だった。


「いい、イブちゃん。 時間がないからよく聞いて。


 今のレイを救うには…… レイの意思を無視して眷属スキルを使うしかない。


 私はレイの動きを何があっても止める。

 だからイブちゃん……“貴方”がレイに吸血を行い、眷属スキルを使いなさい。

 貴方ならできる。」

震える声。 でも、そこには確かな信頼があった。


 私は息を呑み、そして――覚悟を決めた。


「覚悟は決まったようね……始めるわよ。


『深淵アビスの糸人形マリオネット』!」


 床から鎖が伸び、レイ先生を拘束する。 それでもレイ先生の身体は激しく痙攣し、黒い亀裂が胸元まで広がる。


「……あ……あぁ……たす……け……」

その声だけは、確かにレイ先生だった。


 迷っていた時間だけ、浸食は進んでいた。


私は震える指先でレイ先生の頬に触れた。


「……レイ先生…… 絶対に……助けるから……」

触れた手は、生命の熱ではない“異質な熱”で満ちていた。


「レイ先生……聞こえる……?」

返事はない。 ただ、虚ろな瞳がわずかに揺れた。

それが“最後の抵抗”だと直感した。


「……レイ先生を……失いたくない……」

涙がこぼれる。

私はレイ先生を抱き寄せ、首筋に唇を寄せた。


「……ごめんね……でも……絶対に助けるから……」


 そして――牙を立てた。


 鉄の味が広がり、温かい血が流れ込む。


 初めての“意思を持った吸血”。

 その瞬間、私の全身が脈打つように躍動した。


 ドクッ……ドクッ……


 何だろう……この感覚……

 前にも一度だけ、感じたことがある……



~リリスの視点~


「お願い… イブちゃん。 貴方なら、出来るはず…」

拘束魔法を維持しながら、私は祈ることしかできなかった。

“眷属スキルを使えない”私には、イブちゃんに託すしかなかった。


「……フハハハハハ 何か企んでいたようだが――時間切れだ。」

レイ……いや、悪魔は拘束をあっさりと破り捨てた。

 魔力の軋む音が耳に刺さる


 …間に合わなかった。 イブちゃんは確実に吸血は出来ていた…スキルの使い方がわからなかったのか、取得できなかったのか……。


 私がもっと早くレイの異変に気づいていれば?

 イブちゃんに吸血を経験させていれば?

 未来は違ったのだろうか…。


 今更…後悔しても遅いことはわかっている。

 それでも――後悔せずにはいられない。

「レイ…ごめんなさい。 本当に頼りないお母さんでごめんなさい…」

短く、けれど濃い時間を思い返しながら、私は膝を崩した。


「いつまでオレの前に立っている? 絶望するのならよそでやってくれ。 目障りなんだよ」

悪魔は右手を振りかざし、目の前に立つイブちゃんに振り下ろす。


「イブちゃん!!」

反応が遅れた。


 レイに続いてイブちゃんまで失うなんて――耐えられない。

 心を殺し、レイの姿をした悪魔に魔法を放つ。


 イブちゃんまで…奪わせてたまるものですか!


 ……え?


 悪魔へ向かうはずの魔法は…触れる前に霧のように消えた。


「これは…”龍燐”スキル?!」

思わず悪魔を見る。

 体が覚えている感覚―― 咄嗟の魔法とは言え、あれほど容易くかき消される威力ではない。 拘束魔法も、この影響で弱まっていた……?


 ……その瞬間だった。


 悪魔の後ろ姿で見えなかったイブちゃんの顔と… 瞳と重なる。 イブちゃんの瞳は黒紅に染まる。 その瞳を見ていると、底のない闇に引きずり込まれる感覚さえ覚えるほど存在感を放っていた。

 私でさえ見たことのない瞳。


 吸血鬼にとって吸血行為は特別と言うけれど… これは、ただの吸血で起こる変化ではない…わよね。


「……一体、何が… 一体何が起きているの…」

状況を把握できず…ただ立ち尽くすしかなかった。

胸の奥がざわつく。

イブちゃんの中で“何か”が目を覚まし始めている――そんな気配。


その時だった。


 悪魔はイブちゃん目掛けて振りかざした右手を―― 振り下ろさなかった。

 振り上げたまま、まるで時間が止まったかのように固まっている。


「……え……?」

理解が追いつかない。


 拘束魔法でも、私の攻撃でもない。 悪魔自身が動きを止めた……?

 嫌、そんなはずがない。

 依代を得たばかりとはいえ、あの悪魔が自ら動きを止める理由など――

 

「レイ先生… 待っててね。 今助けるから。『精神干渉マインドダイブ』」

イブちゃんの小さな声が響いた瞬間、悪魔とイブちゃんの身体から力が抜け、二人は同時に崩れ落ちた。


 床に倒れ込む音だけが、静寂の部屋に響く。



「…何が起こったんだ? レイはもう戻らないのか…?」

静かに見守っていた騎士団長さんが、倒れた二人を見てようやく声を発した。

その声には、恐怖と戸惑いが滲んでいた


「……確証ないのだけれど… イブちゃんは意識を失う直前に『精神干渉(マインドダイブ)』と言ったことを考えると…

 今、レイの精神世界でイブちゃんは悪魔と対峙しているのだと思うわ。」

 自分で言いながらも、信じがたい話だった。


 『精神干渉(マインドダイブ)』―― 対象の精神世界に入りこむ高度な魔法。 

 ただ仲が良い、血が繋がっている……その程度では発動すらしない。

“魂の深い結びつき”がなければ成立しない魔法。


 それを、イブちゃんは―― たった一度の吸血で、眷属スキルと共に発現させた。


「……本当に、そんなことが……?」

自分に都合よく解釈しているだけかもしれない。

 でも、他に説明がつかない。


 悪魔がレイの身体を乗っ取るまでの猶予が異様に短かったことも気がかり。

 イブちゃんが精神干渉を使えたことも気がかり。

 不可解な点を挙げればキリがない。


 それでも――


「今の私にできるのは……イブちゃんを信じて待つことだけね。」

私はそっとイブちゃんの身体を抱き寄せた。 その小さな体は、確かに温かい。


「イブちゃん……信じているわよ……」

胸の奥に湧き上がる不安を押し込みながら、

私は静かにそう呟いた。


お疲れ様です。 杯の魔女さんです。


 またまた、書き方が少し変わったのかな? 違和感があるかもしれませんが… 慣れて~~ お願いします。


 レイの精神世界までの話を入れてしまうと、投稿が遅れる気がしたので「35話」はここで一度切ります。

 次回は私があまり書かない『戦闘シーン』回ですね~ 私としては書かず、結末だけ書いて読者に想像して貰う流れで終わらせようとしていたのですが… なろうだもんね… 戦闘は書かないとだよね…


 先に言っておきます。 戦闘シーンは余り期待しないでね?


 次回もお楽しみに…

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