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番外節 勇者のココロ(四)

「あったぞ! あの魔物の名はドラゴンバット! 魔界から来たといわれる竜の亜種じゃ」

「おい、ジジイ……そんな辞書引いてなんか役に立つのかよ……」


 テータとドラゴンバットが一触即発のさなか、長老は一心不乱に探していたぶ厚い書物の中からようやく目当てのページを見つけ出した。ドラゴンバットの超音波をもろに喰らったカヨは肩で息をしながら座り込み体力を回復させている。


「打撃による攻撃はほぼ無効……倒すにはこちらも超音波を使って攻撃するか、あるいは冷気による攻撃をするしかない、とな」


「んだよ、相性最悪じゃねえか……」


 テータの盾による反射がドラゴンバットにダメージを与えた理由はわかった。

 しかしテータはこと戦闘に関しては素人の子供。そしてカヨの自慢の如意棒もドラゴンバットには通じない。限りなく勝ち目のないこの戦いでは、逃げるのが一番賢いだろう。

 だが――カヨは立ち上がると、ゆっくりとドラゴンバットの方へと歩いてゆく。


「おい、カヨちゃん! お前の如意棒は通じないんだって! 行っても無駄だって!」

「うるせえジジイ、テータのやつが身体張って時間稼いでるのに黙って見てられるかよっ!」

「ええから待て! 少しはモミモミ落ち着けモミモミモミ」


 長老は今にも走り出さんカヨに背中から抱き着き乳を揉みしだいた。カヨは無心で長老を引き剥がし、思い切り長老を地面に叩き付けた。

 長老は鼻から血を垂らしながら起き上がり、一冊の古びた本をカヨに見せる。


「この本の中には氷の魔法の呪文が書かれておる。わしが若いころに集めたマジのマジで貴重なコレクションじゃ」

「おい、ジジイお前……まさか魔術師だったのか!?」

「いや、魔法には一回も成功したことはない! 村の運営金をちょろまかしてこっそり旅の行商人から買ったコレクションだ!!」


 カヨは盛大にずっこけた。

 長老は昔名を馳せた魔術師だった……という展開はなく、ただ村民の血税をゴミ同然の古本につぎ込む最低の人間だった。アル村が寂れているのもこの長老が原因なのでは……。


「おいおい、悪いけど爺さんのボケ予防に付き合ってる暇はねえんだよ」


「いや、カヨちゃん聞いてくれ。わし、今なら何だか行けそうな気がするんだ! 見てくれ、このわしのキラキラした目っ! 御年九十にはとても見えない少年のような目っ!」


「お、おお……」


 長老の瞳は星空を閉じ込めたかのようにキラキラと輝いている。自身の成功を疑わないまっすぐな少年の瞳だ。なんだかこの目に自分の命運を託してもいいような気がする……。

 しかし目以外を見ると、完全に禿げた所々にシミのある頭、骨と皮だけのヒョロヒョロの身体、がくがくと無自覚に震えている足元、股間の付近にある謎の黄色いシミ……。

 悲しいくらい長老は、目以外はただのジジイだった。


「テータ! 今助けてやるからなっ!」


「あっ! ちょっ! わしを信じろって!」


 カヨは長老を無視してテータに向かいにじり寄るドラゴンバットへと突っ込んだ。

 自慢の脚力で大きく飛び上がり、如意棒をぐるぐると円を描くように指でさすり、巨大化させ、プレス機の要領で上から柱のごとき太さになった如意棒をドラゴンバットの頭上へと振り落とす。

 ドラゴンバットはカヨの方に目もくれず、右腕を上げて軽々如意棒を押し止めた。カヨが全身の体重をかけ、必死の力で押し込もうとしてもピクリとも動かない。カヨの膂力を持ってここまで歯が立たない相手がかつていただろうか。

「きい!」と鬱陶しそうにドラゴンバットは右腕を振り上げ、肥大化した如意棒ごとカヨを払いのけた。カヨは吹き飛ばされ地面に転がる。身体がしびれて本調子じゃない。まだドラゴンバットの超音波攻撃が残っているのだろうか。


「カヨ! 大丈夫か!?」


 テータはカヨの元へと走り寄った。

 カヨは苦しそうな顔をしながらも、のっそりと立ち上がった。目前にいるドラゴンバットは自分がこの土地の新たな王だと言わんばかりに悠々とした足取りで弱ったカヨの元へとゆっくり闊歩する。


「テータ……お前の力を借りないと、あの蝙蝠みたいな化け物ーードラゴンバットには勝てねえ。

 ……力を貸してくれるか?」


 交わるカヨとテータの視線と視線。

 テータは唾を飲み込み、額から吹き出る汗を手で拭うと……ゆっくりと頷いた。

 この村で、あの化け物を倒せるのは自分だけだ!


「私がやつの攻撃を誘うから、放たれた超音波をお前のその盾で反射してくれ!」

「わかった!」


 言うが早いか、カヨは機敏な動きで立ち上がると地面を蹴り上げ、再びじりじり近寄るドラゴンバットの元へと跳躍した。超音波攻撃を二回直撃したとは思えない身軽さだ。とても人間の動きではない。

 ドラゴンバットは超音波を放たず、爪や尻尾を振り回して攻撃する……がその攻撃は百戦錬磨のカヨには当たらない。音速に満たないレベルの攻撃など、カヨにとってはスロウリィすぎるのだ。

 痺れを切らしたドラゴンバットは、首を大きく後ろに反って息を吸いこみ、超音波攻撃の構えを取る。

「今だ!」カヨが指示を出すのとほぼ同じタイミングで、テータはカヨの真後ろに回り込む。最大限息を溜めたドラゴンバットの渾身の超音波が口から吐き出され、大気を激しく振動させ伝播する――カヨはその直前に地面へと着地すると、すぐさま脚のバネを使って大きくバク宙で後ろへとかっ飛ぶ。そして代わりに、イージスの盾を構えたテータが前へ出る。

 周囲の地面を抉りながら超音波は一瞬でテータの目の前まで伝播し、イージスの盾へとぶつかった。

 共振で激しく盾が震え、高周波の鼓膜をつんざく不快な音が鳴り響く。テータは鼓膜が敗れる事さえ厭わずに、両腕を思いっきり伸ばして震え上がるイージスの盾を必死で支える。溜めがあった分、先程の超音波とは比べ物にならない威力だ。少しでも気を抜くと、両腕ごと吹き飛ばされそうな衝撃。盾はどんどん振動を介して熱を持って熱くなってゆく。ただの少年に過ぎないテータにはとてもこの攻撃は抑え込めそうにない。


「くっ……もう……無理だ!」


「男が泣き言を言うんじゃねえ!」


限界にまで達して青紫になったテータの指に、暖かくて大きな手が重なる。

カヨが後ろからテータを支えているのだ。


「カヨ!無理だよ!この攻撃は重すぎる!逃げてよ!」

「私たちがやらなきゃみんな死ぬぞ! お前の親父が命懸けで守った村のみんなを、お前は犬死させる気かよ!」

「くっ…………!!」


 カヨの熱い言葉と共に鳩尾の辺りが熱くなった。身体の芯から力が入る。背中はカヨが支えてくれる。自分はただ前だけを見ればいい。


「テータ、ママもついてるよ!」

「――母ちゃん!」


 両肩にのしかかる重圧がさらに軽くなった。

 カヨの後ろに、さらにドルシーが現れテータとカヨを支えているのだ。



「バクラーのせがれ一人だけに村を任せていいのか!?」

「わしらだって……戦える!」

「“今度は”わしらも力になるぞ! 十年前の恩を返す!」


 次々、身体が軽くなる。

 ドルシーの後ろを苦労人の村長が、その後ろをノム婆さんと木こりのフジ爺さんが、それに続いて問屋のリキさん、彫刻師のイドさん、年金暮らしのイイヅカ、シノハラ、ホソネさん――村のみんながテータの背中を支えてくれる。

 ドラゴンバットの超音波は鳴りやまない。

 だがしかし、アル村の一同が全員団結した今、一人ならば到底堪えられない攻撃も耐えられる。もう少しだけ踏ん張れる。攻め続ける敵が疲れ果てて見せる一瞬のスキを突くまで、じっと我慢できる――



「――っ!!」



 超音波を口から放ち続けていたドラゴンバットがほんの少し、首を下げたその一瞬。

 わずか一瞬のスキをテータは見逃さなかった。

 身体から力が沸き起こる。くたびれて棒のようになっていたはずの脚を大きく踏み出す。川の中の大きな石を水がよけて流れるように、超音波はテータの盾を迂回するように流れてゆく。イージスの盾はもう太陽を握っているかのように熱く、超音波による共振ももはやテータの耳に聞き取れるレベルを超えた高周波数になっている。そして盾は再び、まばゆい光を放ち始めた。『盾』の勇者の血を継ぐ者の小さな勇気が生み出した、暖かな光。

 少しだけ振り返って後ろを見ると、カヨは優しい顔で何も言わず、ただ頷いた。テータはそれに応えるかのように光放つイージスの盾を――



「――でえりやあああああああああああああああああああ!!」



 思い切りぶん投げた。

 ヒュルヒュルヒュルとイージスの盾は光輝きながら物凄い速さ――音速を超えた光速――で回転し、超音波の奔流を切り裂きながら直進する。

 そのままイージスの盾は、ドラゴンバットの喉笛を――



「――きいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」



 真っ二つに切り裂いた。

 声にならない断末魔の叫びと共に、ドラゴンバットの頭がずれ、ゴロンと足元の草むらに転がり落ちる。


「……やった」


 ふらり、安堵したテータはそのまま自分を支える力を失って膝から崩れ落ちる。

 カヨはしっかりと小さな勇者の身体を抱き止めた。


「テータ、お前は立派だったよ。お前は立派な……勇者だ」


「勇者……」


 テータは、不意に自分の右手の甲を見た。そこには何の文字も書かれてはいない。

 父の大きくてゴツゴツとした右手を不意に思い出した。頼もしいあの勇者の手に、自分も近づけたのだろうか。


「テータ―!!!!」


 ドルシーがわんわんと子供のように泣きながら、テータに抱き着く。

 テータは「みっともないよ、母ちゃん」と優しい声でドルシーの背中に手を回した。

 続いて村のみんなが次々とテータに駆け寄ってくる。父が守りたかったのは、きっとこれだったんだろうな……不意にそう思えた。


「おい! みんな見ろ! わし、ついに氷の魔法使えたぞ! 足掛け五十年でついに! これであのドラゴンバットも――って、ええ……?」


 長老がこぶし大くらいの氷の塊とぶ厚い本を抱えて嬉しそうに駆け寄ってきた。が、首ちょんぱになったドラゴンバットの亡骸を見て手に持った氷の塊を思わず落としてしまった。

 村のみんなはその長老の様子を見てどっと笑いだした。


 長すぎた一日が、ようやく終わりを告げる……。

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