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番外節 勇者のココロ(五)

 ドラゴンバットの襲撃を凌いだその夜。

 村の有り合わせの食料や酒を使っての宴が行われ、カヨとテータはその主賓席に座っていた。


「このアル村も何だかんだ長く続いてきましたが、もう流石にやっていけませんわな……」


 まだ五十歳のはずなのに老け込んだ村長が、窓の外に広がる荒廃した村の様子を見て皺だらけの虚しい笑みを浮かべる。

 テータは最後の晩餐に酒を煽り騒ぐ村人たちと、窓の外のもう復旧はできないだろう村の様子を見て複雑な気持ちになった。こんな村なくなってしまえばいい、そう思ってはいたが実際になくなるとなると寂しい気持ちもある。


「梺の街にあてがある者はそちらに、ないものは国の援助を受けて働き口を探すなり老人ホームに入るなりですかね……まあ、カヨさんとテータくんのおかげで命だけは助かってよかったです」


 村長は寂し気な、しかし吹っ切れたような笑みを浮かべていた。


「カヨさんは、どうなさるおつもりで?」


 村長の質問にカヨは一気にグラスの酒を煽ると、


「決まってる、この山を登って異次元に通じる入り口を探すさ」


「しかし、そんな古代遺跡なんて――」

「古代遺跡は、ありまあああす!」「うわあ!」


 しっとりとした雰囲気のカヨと村長の間に、急に長老のシミだらけの禿げ頭がにょきっと生えてきた。

 カヨは衝動的に長老をグラスでぶん殴ってしまい、グラスは粉々に割れて長老の頭も割れて血がだらだらと噴き出した。


「わしの古代蔵書コレクションによると、あのドラゴンバットはこんな山頂付近に生息する魔物ではない、海抜近い湿地を好む――しかも絶滅したはずの魔物じゃ。つまりワープでもしない限りこんな村までは来れないじゃろう」


「つまり、古代遺跡の話とドラゴンバットの出現が関連してるってこと?」


 バキッ!


「黙れ小僧! ……正解じゃっ♡」


「じゃあなんで殴ったんだよ……」


 テータは謎に殴られた頭をさすりながら、長老を睨む。

 長老は頭から流れる血を気にせず「これ実質ダンピールじゃね?」と言いながら血の混じったビールを飲んでいる。いろいろな意味で何者だ。


「……ジジイの与太話を信じたわけじゃねえが、私の直感がこの山の上に何かがあると言ってるんだ。明日の朝にはここを出る、アンタらとは逆方向になるがな」


 カヨはフッと笑った。

 お別れが、近づいている。カヨと自分の行く道は違うんだ……。テータは当たり前の事実に気が付くと急にやるせない気持ちになって、グラスに入ったオレンジジュースを飲みほした。


「カヨ、俺……」


「テータ。お前に会えてよかったよ。本当に、よかった」


 カヨはそう言って、柔らかくて暖かな、惜別を思わせる笑みを浮かべた。テータはそれを見て何も返す言葉がなくなって、俯くしかなかった。



・



「……んっ……?」


 目をこすり、テータはゆっくりと頭を起こす。

 どうやら公民館のソファの上でいつの間にか眠ってしまったみたいだ。恐らく長老にすすめられたビールを飲んでしまったのが原因だろう。カヨと過ごす最後の夜だったというのに……。

 周りを見渡すと、村人たちがいびきをかきながら床で雑魚寝をしている。


「カヨ……?」


 公民館の中にカヨがいないことに気付き、テータはたまらず外に出た。

 外はまだ薄暗く、太陽が顔を出すか出さないかの明朝だった。壊滅した村に吹き抜ける風が冷たくて気持ちいい。

 カヨの姿はどこにも見当たらない。もう、出て行ってしまったのか。


「なんで……カヨ……」


「――テータ」


「えっ!? ――って母ちゃんかよ、びっくりさせないでよ!」


 テータが振り返ると、いつの間にいたのかドルシーの姿がそこにあった。

 今日村を去って梺に下るからか、余所行きの白いワンピースを着ている。年の割に若々しすぎる格好だが、薄暗くてよく顔が見えないので今のドルシーはまるで十代の少女のように見えた。


「カヨちゃんは、たった今村を出てったよ。今から行けば間に合うよ……」


「……母ちゃん、何言ってんの?」


 テータは母の表情を窺う。ドルシーはいつものようなニコニコとした笑顔ではなく、どこか寂しげな瞳をしていた。


「ねえテータ、ママは一人でも大丈夫。行きたいんでしょ? カヨちゃんと……」


「母ちゃん、なんかいつもとキャラが違うじゃん。どうしたんだよ……」


 テータが困惑の目でドルシーを見つめると、ドルシーはギュッとワンピースの裾を握り締めて泣きそうな顔になりながら、訥々と語りだした。


「……わたしがずっと意地張ってたから。本当はこの村に残る意味なんてなかったのに、思い出から離れられなくて……。

 あの人と出会って、この村に来て、楽しかった思い出にしがみつきたかっただけなんだって……だからテータには、ずっと辛い思いをさせてきたから……」


 ドルシーのこぼした大粒の涙が、朝日を反射して煌めく。

 崩壊した村に、寂しさを覚えながらもどこか救われた気持ちがしていたテータは、何も言えなくなる。


 ――俺は、どうしたいんだろう?


 テータはそれなりの標高にあるアル村から見ても、なお険しくそびえるスアルプ山脈の頂を見つめる。朝焼けを背に黒々と立ちはだかるそれは、カヨの行く道の困難さを表しているかのようだ。

 そして、母と公民館からふらふらと出てきた村人たち一人一人の表情をうかがう。

 終わりがすぐそこに見えている村で、行くあてもなくただしがみついていた老人たち。でも、昨日の襲撃でみんなはそれでも『生きたい』ということがわかった。


 ――生きたい、自分の人生を。


 テータは、スアルプ山脈の頂を目に焼き付けると、背を向けてドルシーの肩を叩いた。



「……母ちゃん、一緒に下に降りよう。俺たちの場所を、探そう」



 ドルシーは少し驚いたような顔をしていたが……涙をぬぐい、「うん」と笑顔でそう頷いた。

 カヨの行く道と自分の行く道は違う。

 自分は外の世界をよく知らないから、これからこの村の外で自分のやりたいことを見つけよう。そして自分の選んだ道の先で――カヨにまた逢えたらいいな。その時に改めて言おう。

「ありがとう」って。


「テータくん、ドルシーさん、そろそろ行きますよ!」


 気が付けば、太陽が顔を出して辺りがすっかり明るくなっていた。

 高山の涼しい風に、朝の匂い。もう二度とこの村の匂いを感じることはないだろう。それでいいんだ。

 振り返ると村人たちはみな少しだけ強張った顔で、重そうな荷物を背負って門の辺りに集まっていた。外の世界で生きていくと決めた彼らは、昨日までより生き生きとして見えた。

 テータはドルシーの手を取り、「今行きます!」とゆっくりと歩みだした。荷物はほとんど必要ない。外で一から始めるから。


「行ってきます、“父ちゃん”!」


 テータはそう言って、村人たちと共にアル村を後にする。

 大きな世界へと飛び出す彼の背中には、古ぼけた盾が背負われていた。



・



「……一声、かけてから行ったほうがよかったか」


 次第に険しくなる山道を黙々と登っていたカヨは、不意にそう呟いた。来た道を振り返ってみても、もうアル村が会った場所がどこかなんてわからない。ザクッ、ザクッと雪の積もった道を踏みしめる。


「あれは強い子じゃからほっといても大丈夫だ……それより、伝説に聞く遺跡はこのあたりだぞ?」


「そうか……気を引き締めないとな――ってジジイ!?」


 カヨの真横にはいつの間にか口髭がボーボーで、防寒のためか小汚い毛皮で身を包んだ、口髭がボーボーの小汚い老人――長老が並んでいた。


「ジジイ、どうして……」


「テータとカヨちゃんの雄姿を見て、わしも勇気づけられてな……新しい自分を見つけるために、来た」


「老い先短いジジイの言う台詞じゃねえだろ……」


 カヨはため息をつきながら長老を見た。身なり特に口元の髭が死ぬほど汚いわりに、相変わらず目だけは謎にキラキラしているので非常に気持ち悪い。長らく山間の村に住んできた老人の心の導火線に火を点けてしまったらしい。


「お前も会いたい人がいるんだろ? わしも新しい自分に会いたいんだ。だからよ……仲良くやろうぜ」


「ヘンな影響受けすぎてキャラがおかしくなってるじゃねえか!」


 グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 カヨが突っ込むのと同時に雪の降り積もる地面が轟々と揺れだした。



「な、なんだ!?」


「おいカヨちゃん、あれ……!」


 長老が指差す山道の果てに……氷山の塊を削り出して作ったかのような、大きな洞穴があった。

 その洞穴から地響きを鳴らし湧き出てくるもの……。


「きい……」「きいい」「きいーー」「きい!」「きいきい」


「……なるほど。半信半疑でここまで来たけど、無駄足じゃなかったみたいだな」


「あー、わし、やっぱ帰ろうかな……」


 おびただしい数のドラゴンバット。極寒地にもともと生息するはずのない奴らが震えながら次々洞穴から吐き出されている。


「ジジイ、死にたくなけりゃ私の傍を離れるなよ?」


 カヨはにやりと笑うと、如意棒を取り出した。

 多勢に無勢だが、やられるわけにはいかない。旅の目的を果たすまで、絶対に死ねないし、死ぬつもりもない。

 如意棒をさすって大きくし、握り締める。その感覚がカヨの昂った気持ちを静め、落ち着ける。

 ドラゴンバットの群れは極寒の環境に慣れていないのか悲鳴のような声を上げのたうち回りつつも、カヨと長老の元へと向かってくる。環境に対する適性ならこちらの方が上、勝機はほとんどないがゼロではない。



「――行くぞ!!」



 向こう見ずなカヨの旅の結末は、誰も知らない。

 これにて本当に『勇者はそう何人もいらない』は完結となります。本当にここまで読んでくださった方はありがとうございました。



 以下は雑感です。


 本編で最初の方にネタとして話だけ出した『盾』の勇者についてのお話を書きたくて、高校卒業時に番外編として執筆を始めました。……が、長らく途中で放置して最近になって前のサイトからこちらに小説を移設するにあたってようやく加筆を行いようやく世に出すことができました。

 今回の番外節の(一)以外はすべてこの三ヶ月以内に執筆したものなので、高校生時に書いた本編の文章とはかなり違ったものになっているかなと思います。それでも、長年未完のまま放置していた小説の終わりを何とか出すことができて満足しています。

 カヨの旅の行方や、ショウやピーター、セシローに他の勇者らのその後、そしてナイトの行方などについては皆さんの想像にお任せしたいと思います。そして、この物語のその後について思いを馳せてくださる方がいらっしゃれば、僕は泣いて喜びます。

 今後、長編はどれくらい書けるかはわかりませんが小説を書くこと自体は細く長くでもやっていきたいなと思っています。ありがとうございました。

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